第23話 1歳編⑥
「でだ。おまえらが望むなら、逃亡に手を貸そうか?」
まるで、ちょっと散歩に行くか?とでも言うような口調で、おっさんは、そう言った。
さすがに僕は訝しむ。
おっさんは、ご主人様の超側近だ。「隊長」て言ってるし、警備部門の偉い人だろう。
ご主人様はたくさんの人をかかえている。執事・メイド・警備兵・コックに庭師に事務官といった専門職。
僕らが出会うのはホンの一部の人で、実際、おっさんを、それと認識したのは、ここにつれてこられたあの数日間と、昨日、今日のみ。そりゃあ、すれ違ったりどこかでニアミスもあったろうけど、僕は思い入れがあるわけでもなく、まったく知らない人、と言っていい。
「俺が信用できんか?」
特に怒る風でもなく、おっさんはそう言う。
「そんなことないです。ゴーダンさんにはいつも親切にしてもらってるし。」
と、ママ。
え?ママ、おっさんのこと知ってるの?いつ?僕らほとんど一緒にいたよね?
「オイ坊主。何ヤキモチ焼いてんだ?ママを取られたとでも思ったか?」
おっさんが意地の悪い顔をして言った。
「フフ、ゴーダンさん、面白い。ダーは賢いけど、こんな難しい話、分かりませんよ。」
おっさんは、僕を見て意味ありげにニヤリとした。
「そうだな。きっと知らんおっさんとママが親しそうに長々としゃべってるんで、やきもきしてるんだろうさ。」
「私のダーは、そんな子じゃありません。」
「そうだったな。」
「ゴーダンさんには、ダーがおねんねしてるときに、色々教えて貰ってたから、ダーが覚えてないだけだと思いますよ。」
何?その衝撃の事実?確かに、この赤ちゃんボディのせいで、睡魔には勝てず、しょっちゅう寝てはいたんだけど。
この世界、時間に関しても大ざっぱで、朝、昼、夕、夜の区別しかない。それを、はじめ、中、終わりとこれまた大ざっぱに分割。2時間ずつ?というのも違って、日の出が朝の始まり。日の入りが夜の始まり。中天が昼の真ん中。そういう認識。だから夏と冬とじゃ時間の長さは違う。
そんなだから詳しい時間は分からないけど、夜はもちろん、その他も半分くらいは、僕は寝て過ごす。なんて怠惰な、とか言わないで。僕はまだ、やっと1歳になったばかりの赤ちゃんなんだ。
ここで問題なのは、朝昼夕の半分強の時間、僕の知らないママの時間があるということ。
そこに、こんな怪しげなおっさんとか、別の何かが入り込んで悪さしてる、とか、そんな可能性、今まで、思いつきもしなかった。僕はバカだ。僕がいるいないなんて、誰も気にしてないから、僕が寝てようが起きてようが、出会ってる人も態度も変わるはずないと、慢心してたんだ。
「フフン。坊主面白いなぁ。一人で百面相してらあ。なぁ嬢ちゃん、ちぃと坊主抱っこさせてくれや。」
「フフ、やっとゴーダンさんも、ダーの可愛さに目覚めましたね。さぁどうぞ。ダーの魅力にメロメロにされて下さい。」
ママは、上機嫌で、おっさんに僕を差し出す。
ママさん、やけにこのおっさん、信用してんのね。
(よぉ、ママと仲良しで妬いたか?)
僕を抱くと、すぐさまおっさんが念話で話しかけてきた。表面上は、僕をあやしてるようにしか見えず、ママはニコニコご機嫌だ。
(僕がいない間に、ママに取り入ったのか?)
ちょっとムッとして、返す。
(正直言うとそれもある。)
ムカムカッ。
(お前さん、不気味だからなぁ。)
はぁ?赤ちゃんつかまえて何言ってるんだか?
おっさんは、イヒヒ、と笑った。
(考えてもみ。泣きもせず、欲求も表現せず、明らかに意志あり状態の赤ん坊だぜ。魔力ダダ漏れで本人気づいてなさそう、というのが、こっちからしたらチト救い、だけどな。)
なぬ?マジか!でも、怪しむような感情、受けたことないけど・・・
(直接接してる奴らは騙せても、引きで見たら、こりゃヤバい、て、丸見えだぜ。)
うわぁ。なんかめちゃくちゃハズい。
(まぁ、ここまで把握してるのは、オレ様が超優秀だから、だけどな。普通の人間は赤ん坊にそもそも注視なんかせんしな。)
オロオロする僕を絶対面白がっているな、こいつ。ムカムカは増すばかり。増すばかりなんだけど、なんだろう、目から、涙?
「おいおい、ちょっと泣くなよ。アバババ~。ベロベロバー。ほらだから泣くなって。」
「あらあらダー君泣くなんて珍しいでしゅね。お顔は怖いけど、このおじちゃん、怖くないでしゅよ~。」
オロオロして僕を揺さぶるおっさんと、なんだか微笑ましくそれを見るママ。
マジ、泣くつもりなんて・・・そう思うのに止まらない。止まらないどころか、しゃくりあげ始めてしまう。なんだ、これ?
僕は自分の感情についていけなくて、戸惑いながら、しゃくりあげ続ける。
「あー・・・と。ちょっと外であやしてくるわ。ミミはここから出るなよ。誰か代わりの護衛、寄越すから。」
「分かりました。でもいいんですか?泣いてる赤ちゃん、お世話大変ですよ?」
「まぁ、何とかする。ちょっと外の空気でも吸えばご機嫌治すだろ。男同士、親交を深めたいしな。」
おっさんは、イヒヒと笑った。
「ではお願いします。ダーと仲良しになって来てください。」
おう、と、おっさんは言い、しゃくりあげる僕を揺さぶりながら、宣言の通り、途中でママの護衛を命じつつ、外に向かった。
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