第22話 1歳編⑤
襲撃の翌朝、僕とママは屋敷=本邸の地下牢にいた。
地下牢の前の牢番部屋には、昨日のゴーダン隊長が護衛についている。はじめはもっと下の兵隊さんが付きそうことになったけど、念話で隊長じゃなきゃやだと泣き叫べ、っておっさんに言われて、それを行動に移したんだ。いやぁ恥ずかしかったよ。生まれてこのかた、泣き叫ぶようなことなんてしたことなかったんだから。おや?赤ちゃんとして、これってだいぶ変?
まぁ、そんなわけで僕の名演技のおかげか、護衛として牢番の部屋にはゴーダンのおっさんが暇そうに座っている。
なんでこんなことになったか?
襲撃の後、捕まった賊はすぐにやってきた憲兵が連行した。
ここトルネの町は、風光明媚なこと、貿易の要というか、中継地点になっていることから、たくさんの貴族が居を構えている。いわばこの国を代表する大都市の1つとして、栄えているわけだ。
たくさんの貴族がいるから、貴族同士のつきあい、なんてものも盛んだ。お互い牽制したり嫉妬したり、足の引っ張り合いは貴族のお仕事の内。自慢できるときはしっかり自慢して、自分の力を見せつける、という点で、魔力を持った傀儡をたくさん所持している、というのは格好の材料となる。
魔力を持った人材というのは、そういう意味からも引く手あまたであって、使用人の引き抜き、なんて、日常茶飯事。本人も分かっていて、より条件の良い雇い主を常に求めている。魔力の多い人間を引き抜くのも采配なら、引き抜かれないように雇用条件を整えるのも采配。取った取られたを口にするのは、さもしい行為、とされている。
そんなこんなで、引き抜きをされない人材の確保は重要だ。血縁を結ぶ。心の底から忠誠を誓いたくなるような人徳で魅了する。なんてのが普通の人のとるべき方法。さらに、奴隷として魂の契約をする、という方法。裏切られる可能性皆無ではあるが、いかんせん出物が少ない。魔力所有者は、外見上わかりやすいから、わざわざ奴隷落ちする者は本当に少ない。たまたま奴隷の子に魔力が多い子が生まれるのはなかなかの奇跡。魔力量は遺伝的要素が多いからこその、階級社会ともいえる。
そんなこんなで、僕らはご主人様にとって自慢のコレクションだった。髪色からして開花すれば特上品。それを敢えて開花させずに愛でるためだけに飼う。なんて贅沢で粋なんだろう。というのが、理解しがたいけどご主人様の矜持、だそうだ。僕もママもまだ未成年。未成年の奴隷契約は貴族的にNG。そんなことは絶対にご主人様はしない、というのが周知されている。
てことはだ、悪い奴は考える。今の段階でかすめ取って自分と奴隷契約をすれば、この上物、自分の物になるんじゃね?よし金はいくらでも出す。自分が犯人と知られず、あれをかっさらってこい!
この命令、というか依頼、裏組織に複数流れたらしい。とりあえずかっさらって、一番条件の良い貴族に売ろうぜ!と、彼らは考えた。こんな情報、光の速さで裏世界に飛び回る。早い者勝ちだ!と、まずは昨日の襲撃とあいなりました。というのが昨日の襲撃の結論のようで・・・・
この辺は、家の者を集めて、執事長からお話がありました。あ、執事長が言ったのは襲撃の原因が奴隷契約のされていない魔力保持者の確保が目的だよ、てなこと中心で貴族云々とか奴隷云々なんて背景は僕からの補足ね。こっちの話は、ママに話すという体で、ゴーダンのおっさんが、今さっきくっちゃべってた内容です。
まぁ、端的に言えば、昨日の襲撃はママと僕をさらうのが目的だったわけで。幸いこちらに死人は出なかったけど、結構な重傷者は出たらしい。しかも、僕らが別邸の使用人棟に住んでいることは分かってたようで、賊はそちら側に集中。建物も人的にもそちらの被害が多い。僕らがまだ契約がされていないだけのプレ奴隷だとみんな知っているから、平民や貴族の子弟である、普通の使用人さんからしたら、奴隷のせいで大迷惑、なんて思っている人たちもいるだろうし・・・
セキュリティ的に考えても当然本邸がしっかりしている上、一番安全なのは捕まえた人が逃げられないように堅牢に作られたここ地下牢なわけで。まぁいろんな理由で僕とママは、襲撃後ここに移動した、というわけです。
「まぁ、なんだ。悪いのは襲ってきた奴で、拉致の目的になったおまえらにはなんの責任もない。その点は気にするな。」
おっさん、気の毒そうに話すけど、ママはその辺りの機微にはうといんだ。家畜小屋に比べて、ここだってとっても良い環境。しかも表面上とはいえ守るためにここにいれられているから、ベッドだって机や椅子だって、いままでの部屋と同じものが運ばれている。食堂に食べに行けないけど、ちゃんと3食同じものが運ばれてくるし、何不自由ない。ただ外に出られないだけ。トイレやお風呂は本邸のものを使うように言われているから、むしろこの点では今までよりさらにラグジュアリー。
ママは人の悪意に鈍感で、意地悪されてる、とかの発想ができない人。そこがママの良いところだから、危ないなら僕がちゃんとサポートすればいい、と思ってる。だから、おっさん、ママに対してその気遣いはいらないよ。
「ただなぁ、ちょっとばかり問題も起こったんだ。」
ここに来てまた問題?
「おまえさん達はご主人に買われてここに来た。つまりだな、その金がそのままおまえらの借金扱いになってるんだ。自由になるならこの金を返す必要がある。返せるまでは、貸し主が望めば、借金奴隷として奴隷契約を結ばなきゃならないってのがこの国の法律だ。わかるか?」
「また家畜に戻るの?」
「いや、あそこに戻るわけじゃない。今の生活と、そう変わらんとは思う。」
「ここは、いやじゃない。みんなも優しいし、食べるものも寝るところも、全部ある。だけど、何か、違う気がするの。ずっと、は、私はいいけど、ダーはかわいそう。」
ママ、てば、なんて良い子。僕のこと心配させてごめんね。
「ここだけの話、抜け出したかったら奴隷契約前に逃げ出すしか方法はないわな。」
おっさんは、こう言うと、僕をギロッと見た。念話は飛んでこないけど、おまえもそう思うだろ、と目が言っている。
「じゃあ逃げなきゃね。」
ママが何でもないことのように言う。ママが成人するまであと1年。どうやって逃げようか。ずっと思案している。どっちにしろ僕はまだ赤ん坊。2歳ぐらいで生活費をかせいだり、そんなのは無理。ママに働いてもらうしかないわけで、変な仕事はさせたくないから、なんとかお師様として、世間に出られる教育を実はしていたりできなかったり・・・せっかく二人だけの部屋があるから、二人の時間には簡単なお金の勉強をしているんだ。物の値段やおつりの計算の仕方。もともと指の数だけはカウントできるから、おつりも加算式の方法をお勉強中。僕が文字を読めればいいんだけど、僕自身もこれはなんとか学ばなくちゃいけないんだよね。文字が読めて計算ができれば仕事の幅はぐんと広がるだろうけど。
「そう、おまえ達は自由のために逃げなきゃならない。が、そこで問題が発生だ。時間がなくなった。」
「?」
時間がなくなった?どういうこと?
「昨日の襲撃でご主人もまずいと思ったんだろうな。近々、おまえ達と奴隷契約を結ぶことにしたようだ。」
成人する前なのに?
「本来なら成人してからのものだが、これはいわば倫理を全うするためであって、未成年ができないわけじゃない。昨日の襲撃でおまえらが狙われたことは周知の事実となった。まだまだ狙われる危機は続くだろう。せっかく手に入れたお宝をかすめ取られるよりは、自衛手段としてやむなく奴隷契約を行う。そういう建前で面目を保てる。いやむしろそうせずに2度目以降の襲撃で奪われた日には、自衛もできない馬鹿な奴、とみなされる。」
分かったような分からないような。つまり何か?僕らが盗まれる確率が上がったから自衛手段を取るのは貴族として格好がつく、てのか?お貴族様の理屈なんてどうでもいい。襲撃のせいで、タイムリミットが近づいた。なんてこった。
「でだ。おまえらが望むなら、逃亡に手を貸そうか?」
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