第20話 1歳編③

 その日・・・

 夜も更け、僕らはすでに夢の中。

 屋敷中、静まり返ったそんな時刻。


 ドンドン、ドンドン!


 突如、乱暴にノックされるドア。


 ガチャッ。キーッ・・・


 返事も待たず乱暴に開けられる扉。


 「起きろ!早くついて来い!」


 寝ぼけ眼のママの腕を引っ張り、ベッドから無理やり引き起こした男は、横に寝ている僕を、乱暴に抱き上げる。


 「ダーッ!」

 慌てて、僕に腕を伸ばすママに、

 「ダーは俺が連れて行く。緊急事態だ。今から屋敷に行くぞ!」

 男は左手で僕をだき、右手に何かを持っている。


 何か?


 僕は、それに目を釘付けられる。


 闇夜よりさらに濃い闇色の、ソレ。

 僕の背丈を優に越える長さを持ち、禍々しく廊下からもれる光を反射するソレ。

 剣?

 僕は、何度となく、鞘に入れられ腰にはかれた剣を、ここでも見てたけど、鞘とその中身じゃまるで違う。

 ヒッ!

 僕は小さく息を呑む。

 男がこちらを見る気配を感じ、僕を抱く手が少し動く。僕は男の身体に顔を押さえつけられるような角度で、抱かれなおされたのだと気づく。

 僕の目に、剣が入らないようにしてくれた?


 「いいか、ミミ。このまま、屋敷に、本邸の方に走るぞ。屋敷に入れば、警備もいるし、守りも固い。分かるか?今、ここは、賊の襲撃を受けている。お前はとにかく、自分の身を守って屋敷へと走れ。ダーは俺が絶対に傷つけない。命にかえても守る。分かるな。分かったら走れ!」

 呆然とするママに男はまくしたてる。

 ママは、僕を見て躊躇する。が、この男からは、一切の悪意が感じられない。僕らを守る、その強い意志だけ。

 『この人の言うとおりに!後ろを見ず、素早く屋敷に逃げ込んで!』

 僕は、ママに念話で叫ぶ。

 ママは、一瞬、目を見開くと、「はい!」と言って、走り出した。


 念話をした際、僕を抱く腕が、ピクリと動いたような気がした。男の意識が怪訝な様子で、僕に向く。

 バレた?

 どうする?と考える間もなく、男が走り出したママの後に続き、走り出す。男の意識は、こちらにはない。バレたと思ったのは、勘違いか?



 廊下に出て、出入り口に向かうと、すぐに尋常じゃない雰囲気が伝わってくる。


 激しい足音。

 響く悲鳴。

 あれは剣戟の音か?

 爆発音も?

 何を言ってるか聞き取れない怒声。

 出入り口に近づくにつれ、喧騒は大きくなる。

 と、同時に血や反吐の跡。

 時折、転がっている見知った人、知らない男女。


 それらに、足を止めそうになるママに

 「いいから走れ!」

 叱咤する男。

 ママは、ビクッとするも、健気に走り出す。


 飛び出してくる、覆面の人。

 気づかない内にママの前に飛び出し、僕を抱く男が、右手を振るう。

 崩れ落ちる覆面。

 「走れ!」

 男はさらに叫ぶ。

 走るママ。

 出入り口に到着すると、扉は壊れ、大きく開かれている。

 庭に飛び出した僕たちは、異様な光景を目にした。

 美しく手入れされた庭園は、あるところは地面がえぐれ、あるところは隆起している。まるで槍を建てたように鋭く尖った場所も。

 火炎や、小さな竜巻、水の刃が飛び交う、見慣れた庭園。


 これが、魔法?

 僕は驚愕する。

 前世、これに似た光景を何度も見たよ。テレビ画面の向こうで。ほとんどは二次元の美しく加工されたものとして。

 だけど、コレは何?

 テレビの中とは違う。

 地面や動物の焼け焦げた匂い。血肉のリアルなむせかえる臭気。空気が混ぜられ、熱いところと冷たいところが混沌と同居している。

 金属の打ち鳴らされる音。歯医者の不快音なんて、草原の草を揺らす音だ。革と金属、そして肉。

 僕は、たまらず、男の腕で吐いた。


 「しっかりしろ!いいから走れ!」

 男の声にはっとする。

 ママも僕と同様に繰り広げる惨劇に、自分をなくしている。

 「なぁ坊主、お前さん、ママを守りたいか?」

 その時小声で、男が言った。男はまっすぐに僕を見ている。自分の腕の中、嘔吐して正体をなくしている、たった1歳の僕の目をまっすぐに。

 あぁ、あの時のおじさんだ。

 僕は、逃避なのか、そんな風に思う。

 僕らをナッタジの家から連れ出した時に、一緒にいた部下の一人。アンに剣を突き出したのは、この人だったか。そういや、あの時は鞘のまま突き出していたんだな?剣を見た記憶ないもの。あの時は強面の年配の方の部下さん、という認識しかなかったけど、この人は違うのだろうか?僕を見る目に、愛?みたいな感情が宿ってる。

 『オイ、ダーよ。どうなんだ?ママを守りたいの か?』

 僕はびっくりした。

 僕に、誰かが、いや状況から言って僕を抱いている男が突然念話で話しかけてきたからだ。

 ビクッと身体が震えた僕に、男はにやりと笑った。

 『念話は自分の専売特許とでも思ったか?それなりにできるやつはいるぞ。』

 からかうように、ニヤニヤしながら、男はさらに続ける。

 これは、どう受け止めればいい?

 僕は思案する。

 『考えてるヒマはねえぞ。細かいことはあとだ。ママを守りたいか?いや守り抜く覚悟があるか?』

 男は真剣な感じに聞く。1歳児に聞くこと?でも、もちろん僕の答えは決まってる。

 『もちろん!ママは僕が守る』

 『おう、いい答えだ。良く聞け。これから俺は魔法を使って戦う。その際、お前にも魔力を流す。んでもって、お前の魔力も貰う。この流れをしっかり覚えろ。戦う魔法を覚えるとママを守る力もつけられる。』

 僕は頷いた。

 魔力の使い方は覚えるつもりだった。教えてくれるんなら、是非もない。この人は信用できる、と、僕の勘も言っている。リスクは、ありそうだ。でも、チャンスであるのは間違いない。

 僕のこんな決意を感じたのか、男は剣を地面に置くと、大きな手で、ポンポンと僕の頭を軽くタップする。

 そして、ママの方に振り返った。


 「ミミ。これから、俺が屋敷に向かって道を作る。後ろを振り返らずに、全速力で、その道を走れ。玄関まで走れば、警備兵が守ってる。俺を信じろ。いや俺が信じられなくても、精霊様は信じられるな。とにかく走れ。ダーは俺が守る。信じろ。」

 ママを見つめながらも、男の意識はこちらに向いた。うん、そういうことか。

 『ミミ、走って。この人の言うとおりに。玄関ついたら中の人に守って貰って。ダーはこの人に任せてれば問題ないよ。』

 僕は、できるだけ優しく、念話でママに語りかける。ママは戸惑いながらも、頷いた。


 「じゃあ、いっちょうやるか!」

 男は、僕をしっかり左手で抱きしめると、その場にしゃがみ込む。僕を一瞥。ニヤリと笑って、地面に右手を置く。


 男に全身、包まれる形になった僕。その触れてるところ全部から、使い捨てカイロを持った時のような熱がじわりじわり、やってくる。その熱がやがて、質量を持ったお湯のように僕に入ってくるのを感じる。ただの熱だけなのか、質量があるのか、分からない。ただ何か暖かいものが、肌の表面から内側へと流れ込む。

 不快感は、ない。熱は、そおっと、うかがうように、優しく意志あるように、僕に浸透してくる。その熱が僕の全身に行き渡ると、僕の奥から、何かが溢れ出した。溢れ出したその何かを包むように、誘導するように、外からの熱が混じり合う。それは質量を増し、やがて大きな流れとなって、触れ合う肌から出て行くのを感じた。

 突然感じる脱力感。

 思いっきりスポーツして、へたり込む時のような心地良い脱力感が、僕を襲う。


 やがて、僕は、頭を優しく撫でられている感覚を感じ、意識を覚醒させた。目の前には、強面の、でも何よりも優しく感じる男の顔。

 「よお。気が付いたか?」

 僕は気絶していたのだろうか?

 見ると、先ほど男が手を突いた地面から、屋敷の玄関に向かって、ママの背丈ぐらいの塀が2

本、人が一人通れる幅で連なっている。

 なんだこれ?

 ハハ、正に道、だな。

 ママは、その道を玄関に向かって走り去っていく。

 そうこうしてる内に、ママが玄関にたどり着いた。玄関からこちらの様子をうかがっていた警備兵らしき人が、ママの手をグイッと引っ張り、中へ入れる。同時にその兵は、僕を抱く男に目を向けた。兵士と男は、目線を合わせ、お互いに頷き合う。こちらを確認した兵士は、屋敷の玄関をしっかりと閉めた。


 「よお坊主。気張れよ。ちぃっとばかり早いがお前さんの初陣だ!」

 再び僕を見た男は、おもむろに立ち上がり、少し揺すって僕を抱き直すと、ニィっと笑顔で剣を手にした。

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