第15話 生後9ヶ月編⑤
僕らは石けんで何回もごしごし洗われて、ぴかぴかにされた後、用意された清潔な服に着替えさせられた。ママは目を白黒させている。被るだけの生成りのワンピースだけど、初めての服。そう、布で巻き付けるのではなく、すぽっと被るタイプの長袖の服。初、袖だよ。着方も分からず、おろおろするだけのママに手早く着せた女の人は、マジマジとママを眺め、大きなため息をついた。
「こんなべっぴんは初めて見たよ。」
「どんなお貴族様よりきれいねぇ。」
口々に言う女性達。
うん、本当にきれいだ。栄養不足で多少痩せすぎは気になるけど、それでもなお、きれいだ。特に髪。アンが隠そうと泥まみれにして汚していた髪。
白銀、とは聞いていたけど、本当に輝いているよ。しかも純粋な白というよりも少し黄色寄り。まさに月光だ。満月の光り輝く月の光が宿ったよう。僕は、思わずママに手を伸ばす。
「この子もすごいわよ。」
僕を洗っていた一人が対抗するように言った。何を競争するんだろう。
「まだ1つにならないんでしょう。もうすでに美形が確定しているじゃない。」
「それに見て、この髪。これ、宝石でできてるんじゃないかしら。」
そっと僕の髪の毛をすくい上げる僕の係の少女。うっとりとした声で、なんかヤバイ。髪の毛、まだ短いのにむしらないでね。
「月と夜空ね。」
「本当ね。」
かしましく、ママと僕、どちらがきれいか、なんてつまらない言い合いが始まる。
パンパン!
そこへ大きな音が聞こえた。
年配の男性がこの場にやってきて、手を打ち鳴らしたのだ。
「いつまで騒いでるつもりです?終わったら、その者達を部屋へ連れて行って、食事をさせなさい。ああミミ、といいましたか。おまえにミサリタノボア様からの伝言です。旦那様はあさってまでお仕事でその翌日ご帰宅なさります。それまでは、部屋から出ないように。いいですね。おまえ達、この子らの世話、しっかりお願いしますよ。」
「はい。」
女の人たちは、いっせいに返事をして頭を下げた。
男の人が出ていくと、僕とママは、大きな部屋へ連れて行かれた。ベッドとその横に小さな机と椅子で1セット。それが何セットも用意されている。そのうちの1つにママとママに抱かれた僕は案内される。
「ここを使ってね、赤ちゃんと一緒だけど、ベッド1つでいいわよね。」
「ベッド?」
『寝床のことだよ。板に布が乗ってるでしょ。』
ベッドを知らないママに助け船を出す。
「これ、ダーと二人で使って良いんですか?」
ママは目を白黒させながら言った。そうだよね、こんなきれいなスペース、使うの緊張するよね。
「ちょっと狭いかもだけど、使用人部屋はこんなもんだから。」
「全然、狭くないです。」
ママはブンブンと首を振る。それをほほえましく見て、彼女たちは声を上げて笑う。
「それは良かった。ここは、お泊まり客の使用人用女子大部屋なの。他にも泊まる人がいるけど、仲良くしてね。何か分からないことがあったら、私、女中のナニアを呼ぶように、宿の誰かに言えばいいから。私か、このメンバーの誰かが来るようにするからね。」
「あんたのご主人様は、あんたたちはこの部屋から一人で出ないように、と、言ってるみたいなの。ご飯と水浴びは私たちが用意するよう言われてるから、悪いけど、私たちの言うこときいてね。」
「じゃあ早速夕飯持ってくるから、それ食べたら、ベッドで寝ると良いわ。」
口々に、そんな風に言うと、来たとき同じように唐突に去って行く。
ママは、この状況についていけないようだ。
でも、せんべい布団の敷かれたベッドに感動して、僕を抱きしめつつ、何回も布団を触っている。
使用人用の女子部屋か。良かった。男がいたらママを放っておかないよね。それにしても、ママ、こんなにきれいだったんだ。僕はちょっと自慢に思ったり。でもママの境遇を考えると、複雑で・・・僕がなんとしても守らなくちゃ、と改めて思う。
そんな風に考えていたら、すっごいごちそうがやってきた!
いや、ママ基準だけどね。
初めて見るよ、おそらく味がついているんだろう、うっすら赤いスープに、数種の野菜や何かの肉が入ったスープ。黒じゃないパン。ママは触ってびっくりしてた。おっかなびっくり力を入れると、ママの握力でもちぎれた!いっつもは黒いパンを地面や石に打ち付けて、粉にして食べてたもんね。ママはそぉっと、口に含む。ビックリの顔をしていたと思ったけど、なおさらビックリ度アップ!ママ、感動してるんだね。分かるよ。きっとそのパンだって、普通よりずっと下の品質なんだよ。でも、黒じゃなくて茶色だもんね。うん、僕にも小麦っぽい香りが分かる。他にも果物かな?赤い色のミカン?みたいなものが付いてる。うん。僕が生まれて一番のごちそうに見える。ママ、良かったね。僕はママの幸せそうな表情に嬉しくなる。いっぱいお食べ。そして、たくさん栄養つけておいしいミルクもくれるといいなぁ。
それから2日。まさかのお昼ご飯もある3食付。暇を見つけてはやってくる、あの女の人たちとお話をしつつ、楽しく過ごせたよ。寒い中の井戸での水浴びを、出発前日の夕方にもう一度させられたのは、ちょっと辟易したけどね。
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