第14話 生後9ヶ月編④

 僕らは馬車で放置か。

 ま、いいけどね。

 むしろ今までよりもずっと環境が良い。

 座席はクッションになっていて、ふわふわだし、窓を開けて外を見ると、車庫だろうけど、隙間もなく雨風の心配はない。

 どういう仕組みだろうか、うっすらと明るくて、周りが見えない程じゃない。前世で言う豆球ぐらいの明るさ、だ。

 僕と二人きりになったママは、ほっと力を抜いた。知らない人に囲まれて、心細かったろう。いつも頼りのアンもいない。

 「ダー、ママが絶対守ってあげるからね。」

 僕を揺すりながら、そんな風に声をかけるママ。

 自分だって、いっぱいいっぱいだろうに、僕に笑顔を向けるママ。ああ、ママ。僕が守ってあげる。絶対、ママと幸せになる。


 ひとつだけ、希望ができた。

 ママと僕が人間らしく生きる道。

 僕らは家畜であって奴隷でないということ。僕らのことを奴隷、とか言う村人もいたようだし、本人達も家畜奴隷、とか言ってたけど、根本的に家畜と奴隷は違うらしい。この足につけている革紐だけが、僕らが物であるという証拠になる。これを外すことができたら、そして逃げおおせたら、僕らは人として生きていける。


 もう一つ、僕らにとっての朗報。いわゆる魂に刻む奴隷契約は子供にもできるけど、貴族的には、それは忌むべき事、なんだそうだ。ご主人様は、そんな無粋なことはしたくない、と、言っていた。「奴隷にするにしても、成人してからだね。」と言っていたけど、この世界の成人は15歳らしい。ママは、もうすぐ14歳。あと1年とちょっとの猶予がある。この間に逃げるなり、何か方法を見つければ、奴隷、なんて、ならなくていい。魂に刻む契約、なんて、いいことは一つもないはずなんだから。


 僕はそんな風に1年以内の脱出を心に決めているところへ、何人かの女の人ががやがやとおしゃべりしながら、車庫に入ってきた。

 彼女たちは、気負いなく、僕らの乗る馬車へと近づいてくる。

 ママと僕は、息を潜めて、様子をうかがっていたんだけど、

 ・・・トントン、パカッ。

 軽いノックをしたかと思ったら、続けざまに、馬車の扉が開かれた!


 「あれ、ほんと、きったないねぇ。」

 扉を開けた女の人が、こっちを見るなり、あきれたような声で、そう言う。

 ママは、僕を腕の中にしっかり抱きしめると、彼女らから逃れようと、ずりずりと後ろへ下がった。

 「あぁ、怖がらなくても良いわよ。びっくりさせてごめんね。あんたのご主人様から言われて、あんたを案内しに来たのよ。」

 「?案内?」

 ママが、首を傾げる。

 「おやまぁ、かわいい子たちだこと。よごれてるけど、洗ってきれいになりましょうね。」

 後ろから顔を覗かせた、別の女性が言う。

 残念ながら、ママは僕を抱く以外、フリーズしている。

 僕は、女の人たちを注視した。彼女たちから、悪意は感じない。

 『汚いなぁ。』と、『かわいい子たち。』という、口から出ている言葉と変わらない感情があるだけだ。(この子達を洗って、部屋に連れて行く。)最初に扉を開けた人がリーダーっぽくて、そんな風に考えているのが感じられる。良かった。ちゃんと言葉として感情が読めて。うん。悪さをしようとしていないね。少なくとも彼女たちは。

 『ミミ。大丈夫だよ。彼女たちについていって。』

 僕はママにビックリさせないように優しく念話で語りかけた。

 「お師様!」

 ママはびっくりして宙を見ながら叫ぶ。ダメだって。みんなビックリしてるじゃない。念話=知の精霊の存在は秘匿だよひとく・・・

 『声を出さないで。僕のことは内緒に。悪いようにはしないから。僕はずっとミミといる。何かあっても助けるからね。とりあえず、彼女たちにおとなしく従おうか。』

 言葉を出さないけど、ママは、大きく何度も頷いている。だからダメだって。


 「あの、どうかしたの?」

 ほら、女の人たちが不審がっているよ。

 「へっ?いえ、何にもない、です。あの、そうです。びっくりしたのです。人が来て、ビックリなんです。」

 「そ、そう・・・」

 ちょっとおかしなテンションのママに、引き気味の女の人たち。でも彼女たちは大人で、小さな子がパニクったのだろうと、優しく納得してくれたみたい。

 「じゃあ、ついてきて。」

 ママは、今度は大きく頷いて、僕を抱いたまま、彼女たちの後ろについていった。


 連れられてきたのは、衝立で囲まれた井戸だった。

 ママは自分と僕の服を脱ぐように言われ、僕たちは裸になる。

 ママの腕から、二人の女の人に僕は奪われた。焦るママに、別の女の人が笑顔で何か告げると、ママはこちらをちらちら見ながらも頷く。

 結果・・・

僕もママも、石鹸で頭の先から足の先まで、何回も何回も、ゴシゴシ洗われた。

 なにげに僕、この身体で、初石鹸です(うわぁ)

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