第13話 生後9ヶ月編③

 元飼い主の商人の屋敷を後にすると、馬車は、ダンシュタの町に向かった。ダンシュタというのが、僕らが単に「町」と呼んでいた、元飼い主の出店している町の名だと、僕はこの時知った。

 馬車に乗ってる間中、ママは絶対離さないとばかりに、僕が苦しいくらい抱きしめてきた。ものすごく緊張していることが、ビンビン伝わってくる。きっと、僕みたいに人の心が分かる人間じゃなくても、ママの緊張は伝わってると思う。


 今回、僕らが売られて知ったことが、いっぱいあった。元飼い主の名前。ナッタジ商会というらしい。買ったのは、ミサリタノボア。下っ端貴族とか言ってたけど、貴族のランクとかはまだわからない。ナッタジはシミッタレで(買い主談)、奴隷でなく家畜だから、奴隷契約はしてないと言っていた。代わりに、所有の足輪なるものを付けているので、村人には、自分の物だと分かる、らしい。この所有の足輪は、村に住むまじないババアに作らせた魔導具で、魔力を通すと、所有者が分かるのだとか。買い主曰わく、モーメーとかの家畜につける首輪と同じ物、だそうだ。この道具と契約書が対になっていて、契約書に血を垂らすことで所有者が変わる。僕らの前で、いそいそと契約書に血を付けてたよ。


 二人の血がつけられると、しばらくして、足首につけられている革紐が、ピカッと光った。本当に簡単に名義変更できたんだね。にしても、足首に全員していたから、オシャレかなんかかと思ってだけど、コレにそんな意味があったとは。そういえば、誰も小屋の人間、靴を履いてなかったから、アンに何でか聞いたことがあったけど、買い主に靴を履くのを禁止されてるから、とか、足もとを見ると、村人かどうか分かるようにね、なんて言ってたっけ。案外、この紐を見せて家畜の主張をしてたってとこかな?


 こんなひどい魔導具(?)つけられてるけど、機能は本当に、「この家畜は○○の所有物です。」と分からせるだけのものらしい。しかも、その書き込みは紐の方にされているから、紐が外れればそこで所有者不明、てか、人間なら家畜とか奴隷を抜けられる、みたい。本当の奴隷契約は、本人の魂に刻むんだとか。怖っ。


 ちなみにこの所有者確認は、『鑑定』という魔法を持っている人なら、誰でもできるらしい。魔法にはレベルというものがあって、鑑定の初歩の初歩でも見られるようにする魔導具なんだそう。商売や契約する人はこの魔法を自分が持っているか、一人は持ってる人を雇ってるんだって。


 やけに詳しい、と、思うでしょ?僕らの新しいご主人様(と呼べと本人が言ってた)が、一人ゴキゲンに馬車の中でくっちゃべってた。この所有の足輪なんてもんは、普通は人間には使わない。奴隷契約の金銭がもったいなくて、代用したんだろう、て話だな。このあたりがご主人様のツボに入ったらしく、誰も聞いてないのに、ハイテンションで、そんなことをしゃべり続けてたんだよ。


 そんな話を聞かされながら、僕らはダンシュタの町に入った。町に入るのは、徒歩ライン、馬車ライン、VIPライン、がある。お貴族様の馬車はVIPラインから入る。たくさん先に並んでいる人や馬車の列を見ながら、高い塀に囲まれた町に、僕らは入場した。



 町は、壮観だった。

 僕は、前世の記憶があるから、こんな石造りの町も、中世っぽくてヨーロッパの観光地に来たみたいだ、で済んだけど、ママはそうはいかない。

 ママの世界は、土と木でできていた。雨の少ない土地の砂埃いっぱいの世界。森に囲まれた、うっそうとした世界。動物の家畜と寝起きして、すきま風もすごくて、着ている服はぼろぼろで、でも周りもみんなそんなだから、そこがひどい所だ、なんて思ってもいなくて。

 そんなママが初めて石でできた道路や家や塀を見た。色とりどりの服を身につけて、忙しげに通りを歩く人々を見た。カルチャーショックで息をするのも忘れてそう。僕はママがショック死しないかと、全身を揺すって、ママの気を引こうとした。揺れる僕をあわてて抱き直すママ。

 ご主人様はそんな僕らの様子を気にかけるでもなく、御者席にいる部下に何事か指示している。しばらく進むと、おそらく宿屋なのだろう。馬車は大きな建物の前で止まる。御者席の人が、宿屋のスタッフらしき人に何か言う。馬車の扉がうやうやしく開けられ、ご主人様が出ていった。

 僕らはどうするんだろう。そう思って見ていたが、ご主人様が降りるとすぐに、馬車の扉は閉められた。どうやら宿のスタッフが馬(といってもシューバだけど)の轡を引き、馬車をどこかへ連れて行くようだ。なにやら車庫のような馬車がたくさん止まっている倉庫のようなところまで馬車を運ぶと、馬車からシューバを放す。シューバ達だけを連れて、スタッフはどこかへ行った。そして、馬車の中には、僕とママが二人、ぽつんと取り残されたのだった。

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