第3話 生後数日編③

 そして今、僕は、死にかけている・・・

 腹を下し、水分も足りない。

 朦朧とする意識、襲い来る悪寒と刺すような腹の痛み。

 生後ン日。僕、死ぬのか?


 何でこうなった?

 ・・・原因は想像がつく。

 同居人(?)からいただいた乳のせいだ。

 ご承知のとおり、僕は今、首も据わらない赤ちゃんだ。

 で、その母親はどう見ても子供。しかも、ガリガリに痩せたゴボウみたいな手足の、明らかに栄養失調気味。

 てことで、当然、ろくに乳は出ない。

  乳が出なきゃもらう。

 周りに赤ちゃんがいることから、普通に他のお母さんからもらえそうなもんだけど、周りのお母さんも似たり寄ったりの栄養状態。

 そこで、同居人達の出番、ということだ。

 

 ここで、ちょっと僕の住環境に触れなきゃならないだろう。と言っても、五感が発達していないので、完璧に分かる訳じゃないが・・・

 どうやら、ここの床は土だ。何本か柱が立っていて、天井は高い。柱に木の屋根が乗っている。壁も木だ。屋根も壁も所々朽ちている。

 ガランとしたそれだけの空間は、杭に木を組んだだけのフェンスでいくつかのブースに分けられている。そのブース内にはモコモコのでっかい動物がいっぱいと、別のブースには馬っぽい動物が数匹、別の場所にはずんぐりした鳥が、これもいっぱいいる。そして余った場所に、僕たち、人間、だ。

 ハハハ、生後数日。多くの同居している人間と、ママが作業に行くときに、僕ら赤ちゃんを寝かせている場所で偉そうにしている人間とのやりとりを見るに、この世には家畜扱いの人間がいる、らしい。そして、僕は家畜のほう、てことのようだ。へへ、泣いて良い?


 家畜、といっても、少なくとも僕の周りで暴力とかそういう非道なシーンは見たことがない。こちら側の人間は、けっこう協力し合っているようで、僕もママもいろいろ助けられている。特にやたらと世話を焼いてくるおばさん。ひょっとしてママのママか?そんな感じの接し方をする人もいる。


 とまあ、これが僕の住環境。

 そして、話を戻して、僕の同居人。乳をくれているもの。

 あ、今、ママがまた持ってきた。

 やめて!それ、飲ませちゃだめ!

 ママは、衰弱し力の出ない僕を心配そうにのぞき込む。

 そして汚いなんかの動物の乳房から作られたのだろう、ほ乳瓶代わりの皮袋を僕の口に近づてきた。むせるような乳の匂いが近づく。最近飲まされている、あの同居人、もこもこの動物の乳だ。


 「○☆□◇・・・」(お願い、飲んで・・・)

 僕の口にそれを含ませようとしながら、ママがなんか、言っている。

 ?同時に頭に届く言葉?

 「○☆□◇・・・」(お願い、飲んで・・・)

 繰り返す、ママ。

 頭に響くのは翻訳?

 違うな。

 これは・・・

 そうだ、心の声!直感的にそう分かる。

 心の声だから、分かる言葉で理解できるのか?

 ご都合主義?かまうもんか。逆は?逆に僕の言葉を届けられないか?

 『ママ、やめて!それを飲ませちゃだめ!』

 僕は必死で心に込める。

 なんとか口に触れさせないように動かない身体を無理矢理動かしながら、必死で訴え続ける。

 どのくらいそうしただろう。

 ふと、ママが顔を上げた。そしてキョロキョロと周りを見渡した。

 そんなママにいつものおばさんが何かを語りかける。

 それに答えるママ。

 興奮するように何かを語るおばさん。困惑するママ。二人のしばしのやりとり。

 ママは、ぐったりする僕から乳袋を離す。

 「◇▽○(飲ませちゃだめ?)」

 ママが、困ったように空中に語りかける。

 『そう、飲ませちゃだめ。』

 良かった、通じたのか?

 「★▲○■▽(ひょっとして知の精霊様ですか?)」

 『?誰?』

 「●▲▼●○○○△▽・・・(私が生まれた時に、私には知の精霊様の加護があると言われたんです。ああ良かった知の精霊様。どうか、私のダーを助けてください。お願い。ダーが、私の赤ちゃんが死んでしまう!)」

 ダーって僕のことか?知の精霊?なんだそりゃ。でも、知、てのはいいかも。知識を出すだけなら、今の僕でもできる。この念話でどこまでできるか。


 今の状態。

 明らかに食あたり。原因は汚い入れ物に入れた生乳を飲ませたから。これは間違いない。とりあえず補水して栄養補給。煮沸は必須。うん、これだけでもママにさせなきゃ。

 とりあえず、ママの音声は無視して、心の声を繋げよう。

 『ダーが死なないように、僕の言うとおりにできる?』

 「(もちろん。お願いです。ダーを助けて!)」

 『まずはその皮袋が余裕で入る鍋にいっぱい、お湯を沸かして。皮袋の中身を出して、そのお湯に入れる。最低でも15分、そのままぐずぐず煮るんだ。』

 時間の単位とか、分かるんだろうか?念話だし、うまく翻訳して伝わることを祈る。

 ママは頷いて、おばさんや周りに集まってきた人に、たぶん伝えたんだろう、何か言っている。半信半疑で何か言う人たち。それに隣に立っていたおばさんが一喝!集まっていた人たちは口々に何か言いながら、走り去っていく。

 「(精霊様、今、お鍋を沸かしに行きました。他はどうすれば・・・」

 『きれいなお水ある?』

 「(井戸のお水はきれいです。)」

 井戸か。ある程度濾過された水、だよね?ピロリ菌とか色々心配はあるけど、煮沸すれば、まいいか。あとは・・・

 『塩、砂糖、レモン汁、とかはさすがに・・・?』

 ママの顔が暗くなった。そりゃそうだよな。きっとこれらは高級品だ。

 沈んだママにおばさんが声をかける。数ターン会話して、ママが言った。

 「(そんな高価な物は用意できません。代わりになるかわからないけど、下賜されてます岩塩と、この前若様にもらったオレンジのジャムがあります)」

 岩塩?そういや、一人一つポッケに岩みたいな塊を入れて、休憩中に舐めていたな。あれか?岩塩だったんだ。オレンジのジャムってのはどうだろう?まあないよりマシか。水と一緒に煮立てれば経口補水液もどきになるか?よし。

 『さっきのとは別に、飲めるきれいな水を鍋に入れて沸騰させ、いったんそのお湯を捨てる。(これで鍋、消毒できるよね?)捨てたらもう一度その鍋でお水沸かして、沸いたら火から下ろす。そこに岩塩とジャムを入れて一応かき混ぜよう。後はそれが冷めるまで待って、冷めたらその上澄みをダーに飲ませられる?』

 これで、補水液もどきになる、予定。舐めてスポーツドリンクっぽい味がしたらOKてことで・・・かなりいい加減。でもないよりマシだよね。

 ママは心の中で反芻している。だんだんと何を考えているのか分かるようになってきた。これって念話の能力UPてこと?

 とか、ぐだぐだ考えてるけど、本当はおなかも頭もぐだぐだで、マジ死にそう。てか、死にかけてる。その間も大人(?)たちがママに聞いて仕切ってるおばさんに命令されてキリキリ働いてくれてる。・・・僕の言うこと信じてくれてるんだ。ちょっとビックリ。そんなこんなしているうちに、皮袋を入れたお湯が15分経過したらしい。ママが空中を見て報告。えっと、話してるの僕なんだけど・・・ま、いいか。

 えっと、生乳は雑菌の可能性あるから煮沸。でも、そんなに高温じゃだめなはず。温度によって、消毒時間変えなきゃならないけど、そんな細かい記憶は僕の中には、なさそう。だったら、人肌になるまで、お湯に放り込んでおくのがいいかな?煮沸してたお湯で、ま、いいよね。てことで、

 『沸騰したお鍋は火から降ろして。皮袋を出して、水気をできるだけ切って。水が切れたら、そこにさっきのお乳を入れる。しっかり口を閉じて、元のお湯に放り込んで。お湯が冷めて、人肌になったら、赤ちゃんに飲ませてみて。』

 ママが、またまた通訳。で同じ展開。おばさん仕切って、みんなわたわた。


 そうこうしてるうちに、補水液ができた模様。

 で、どうやって飲ませるのか、僕がとうとう働かなくなってきた頭で考えよう、・・・とする前に、!

 ママが、コップにすくった上澄みを口に含み、口移し?!

 いやん。生後数日にしてファーストキッスを奪われた!てか美少女にチューされてる??

 と、心ではプチパニックしてるけど、身体はされるがまま。もうとっくに動けないんだよね。

 流れ込んできた水は、うん初恋の味。じゃなくて、柑橘系スポーツドリンク?うん、たぶん成功!ほっとする間にママが何回も口移しして飲ませてくれる。衰弱した身体に染みていくのが分かる。弱々しかった僕の息が少し強まる。

 そこそこの量を飲まされた僕。おばさんがママを止めてくれる。うん、これ以上は無理。僕は気を失うように眠った、らしい。


 ん、苦しい。口の中がいっぱいで息ができない!

 と、僕は目を覚ました。

 口の中に何かが突っ込まれたようだ。うっすら目を開けると、ママが必死の形相で皮袋の先(たぶん何かの動物の乳の先)を僕の口の中に押し込んでる。なんかママ、パニクってる?心の中で叫んでるのが感じられる。どうやら、眠っていた僕=知の精霊様にずっと心で語りかけてたけど、返事がもらえなくて、パニックになったらしい。知の精霊様に見捨てられた!と半泣きだ。

 でどうやら、僕の口に入ってるのは人肌に冷めた牛乳(ま、牛じゃないけど便宜的に、ね)。

 腹が減った僕は、本能のまま、皮袋を吸った。

 ママは、一瞬ビックリした顔をしたけど、すぐにパァッと満面の笑顔になる。うんかわいい。僕はボンヤリ思考のまま、必死に牛乳を吸い、ママの笑顔に釘付け状態。なんだろう、心がぽかぽかする。なんか幸せだなぁ。この笑顔、守りたい。そんな風に思っている僕がいる。フフ、ヘンだよね。首も据わらない赤ちゃんが何を言ってるんだか。

 でも、いいよ。僕は全力でママを守るんだ。なんか、そんなこっぱずかしい気持ちが、今は真実。今できること。僕は考える。

 僕は、生きる。生きて、ママを助けて、二人で幸せになるんだ。あ、あのおばさんとか、手伝ってくれた人たち。まわりの赤ちゃん仲間。そんなのもできたら助けたいなぁ。もちろん、最優先はママだけれど。

 また、眠くなってきた。最後にママに伝えなきゃ。

 『衰弱した赤ちゃんや、大人も、さっきのジャムの水を飲んで安静にすれば、マシになるから。それと、赤ちゃんに動物のお乳をやるときは、さっきの手順を必ず踏んで。僕はしばらく語りかけられないと思うけど、ずっと側にいるから心配しないで。』

 ママは、空中に真剣な目を向けて、うんうん頷いてる。

 「(わかりました。必ず守ります。知の大精霊様。本当にありがとうございます。私の、お師様。感謝、尊敬)」

 最後は、言葉、と言うより感情の嵐だ。僕はちょっぴり照れ笑い。

 ?なんか言ってた? 

 私の、お師様?先生、ってこと?僕、息子なんだけど・・・ま、いっか。

 僕は、そこで再び気を失った。

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