第59話


《要》


 試合に負けそうなとき、心臓が早鐘を打つ。

 その音に耳は塞がれ、直己の指示やコーチの激励が徐々に遠くなって、視界から色が奪われ、景色がなくなる。

 集束感。

 世界が少しずつ、萎んでいく感じ。

 その中でボールとゴールを見失わないよう、必死に目を凝らす。

 今、試合でもないのに、同じ感覚を感じる。

 だけど、何に目を凝らして良いのか、分からない。ボールの代わりはなんだ。ゴールの代わりは?

 なんで、毎日がこんなに、息苦しく感じるんだろう。




 今日はじめて、お昼休みをカノジョと過ごすことになった。

 開け放たれた青空の下、膝の上にはカノジョお手製のお弁当がある。黒くて横長いお弁当が、カノジョのお父さんのものでないことを願う。


「すごいね」

「はい! 彩りから栄養バランスまで、考えました!」


 にっこにこの笑顔に、空に響く甲高い声。場所や天候によって、聞こえ方が変わるような。いつも新鮮でいつまでも聞きなれない声。その声はいつも、僕の十倍は喋っている。


「この卵焼き」

「はい! うまく半熟にできたんですよ」

「ほんとだね」


 笑顔に笑顔を返して、二切れの卵焼きをたいらげた。ブロッコリーにトマトに、ミニハンバーグに。口に運ぶたび、カノジョは手料理についてテンション高く解説してくれた。

 あんまり喋るものだから、「食べなくて良いの?」と聞くとカノジョは、小さなケースに入ったフルーツを昼食だと言い、俺の食べる姿でお腹一杯になるんだと言った。

 お昼休みの間、カノジョはずっとしゃべりっぱなしで、俺と過ごせる時間が嬉しくてと何度も繰り返していた。

 別れ際、「明日も」といったカノジョの笑顔に、「うん、楽しみにしてるね」と笑って返す。その様子を、俊二と宮はいつも通り茶化した。だからいつも通り、うるさいと返しておく。

 甘い卵焼きが、口の中に残ってしまって、胸焼けがしてる。


「俺、何してんだろ」


 呟きは、教師の声にかき消された。

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