第58話
《和泉》
最近、心臓の音を感じる。
「デート?」
「そう」
むつみは目を見開いたかと思うと、すぐに真顔に戻った。
勉強会の、手が止まる時間。
「今までどこに行ってたの?」
「カレシの、行きたいところ?」
「場所は?」
「モールとか、遊園地とか、夏祭りとか、あと」
母が用意してくれたお菓子をつまみながら、むつみはベッドに凭れた。
「それさ、ただのデートスポットじゃない? もっと違うとこ、行かなかったの?」
「行ってないと、思うけど」
「スポーツ洋品店でもいけば? バスケやってるんだよね?」
むつみが大仰にため息をついた。それがまるで、私を責めているように見えた。
デートでデートスポットに行くことの、何が悪いんだろう。
「それ、デート?」
「拘らないでよ、今さら」
睨み目で言われると、さすがにイラっとするんだけど。
「良い傾向なんだろうけど、私に聞かれてもね」
良い傾向って何。言い返そうとして、やめた。
確かに今まで、こんなこと、考えたことがなかった。デートもなにも、すべてカレシ任せだったと思う。一緒に行きたいなんてことはもちろん、私が行きたいと思うところもなかったんだ。
「むつなら、どこに誘うの?」
「カレシが好きそうなところとか? それか、そうだね、一緒に行きたいと思ったところとか」
むつみの言葉に、ふとあの雑貨店が浮かんだ。でも、すぐに振り払う。
「行きたいところはあるけど、そうじゃなくて」
私は息抜きデートをしたいんじゃない。今回は。
「例えば、特別なときって、どういうところに行くのかなって」
言葉にすると恥ずかしくて、顔が赤らんでいくのを実感して、俯く。
「そうだねぇ」
唸る声が聞こえて、顔をあげる。むつみは難問を解くときのように、机に頬杖をついて上空を睨んでいた。
少しの沈黙のあと、息を呑む音がして、むつみに閃きが訪れたことを知らせてくれる。
「公園はどう?」
いたずらに、むつみは笑う。
私はその普遍的な答えに、眉根を寄せた。
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