第49話


《和泉》


 放課後の教室は、退屈だと思ってた。

 暗くなっていく空をみながら、復習や予習で、時間を潰すしかないんだって。

 だけど体育館が見える風景だけ。

 それだけが違った。




 いつもは一人の教室に、足音が響いた。


「なに? 部活終わるの待ってんの?」


 クラスメイトが、鼻で笑う。忘れ物をしたらしく、引き出しからなにかを取りだして、ポケットにしまっていた。


「珍しいじゃん。あんた、今までそんなことしたことないんでしょ」


 彼女はそこから動かずに、こちらを見ていた。だから、目があった。


「私、幸と付き合ってんの」


 その名前に思い当たるまで、少し時間がかかった。その間を、彼女は嘲笑う。

 幸。私は呼んだことがない、元カレの名前だ。


「あんたのこと、サイテーだと思ってるよ」


 さっきと変わらない口調で、淡々と彼女は言う。


「たまに嫌味言われてるの、知ってる? いい気味だと思ってるよ。あんた、男子の間じゃそれなりに人気だからさ。自覚ないみたいだけど」


 私は、なにも言い返せずにいた。


「あんたを嫌いな理由は、それだけじゃないけどね」


 黙っている私を、彼女は鼻で笑う。私は去っていく背中を、ただ見つめていた。

 その背が、振り返る。


「カレシ、待ってんだよね? 要のストーカーさん」


 また、目があった。


「今度は、長続きすると良いね。あ、でも、すぐばれちゃうか。そんなに鈍感じゃないよ、男だってね」


 去っていく背中は、足音を響かせて消えていった。

 なぜだろう。

 以前ならただ恥ずかしくて、悔しかった言葉に、今はなにも感じない。

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