第47話


《要》


 日常が壊れていく、気がした。

 現状に満足しているし、さしあたっての不満もない。

 確かに母は忙しく手料理なんて早々食べられないし、単身赴任の父とは顔を会わせる機会も少ない。家に帰れば誰もいないなんて普通で、よく和泉の家族に世話になってた。おばさんは優しい人で、おじさんは気の良い人。和泉とは仲が良かったし、冷静で頼りになる直己や、賑やかな俊二や宮、源太もいる。今のままで十分。不足はないんだ。

 朝早い練習も、苦じゃない。あくびしながら帰る夜道も、楽しかったんだけどな。




 昼休みの外廊下。最初は遠くで冷やかしていた生徒たちも、今はもういない。


「先輩、今度から一緒に帰りませんか?」


 突然の申し出に、驚いた。


「あれ? 同じ方向だっけ?」

「違います! けど、私、一緒に帰りたいんです!」


 叫ぶように言われて、思わず後ずさる。


「部活もあるし、待たせるよ? それに、別方向じゃ効率悪いし」

「大丈夫です。私が先輩を送るので!」


 鼻息荒くガッツポーズを決めるカノジョに、それは違うだろうと思わずツッコミそうになった。


「申し訳ないから、良いよ」

「いや、ですか? 家、知られるの」


 子犬が耳を垂らしたように落ち込むカノジョ。その落差に疲れないかと心配になる。


「そういう訳じゃないけど」


 これをタジタジというんだろうな。初めての経験だ。


「私、センパイのこと好きです! ちょっとでも多く先輩と居たいですし、誰よりも深く先輩のこと知りたいんです!」


 また元気になって声を張り上げるカノジョは、体がぶつかるかと思うほど歩み寄ってきた。


「私、カノジョなので」


 とうとうカノジョが触れた。真っ赤になったカノジョは弾けるように僕から離れて、その反動でバランスを崩した。思わず、腕をつかむ。顔も見えなくて、「大丈夫?」と聞いてみた。が、反応がない。

 恐る恐る、掴んだ手を離す。


「先輩が断っても、嫌だっていっても、私は先輩と一緒に居たいです」


 カノジョが勢いよく顔をあげたので、今度は俺が転ぶかと思った。


「だから待ってます! それで」


 離した手を、捕まれる。


「一緒に帰ります!」

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