第42話


《直己》



「あの、先輩」


 突然、要のカノジョに呼び止められた。


「要先輩って、いつもパンなんですか?」


 唐突な質問に、急いで惣菜パンを食す要を思い出す。あんな風に味わうことなく食べるようになってどれくらい過ぎたのか。見慣れ始めた光景は、新しいカノジョが出来てからだ。


「たまにね。お母さん、忙しい人だから」


 たまにと返すより、稀にお弁当と返すべきだったかもしれない。

 こちらに向かってくる女子生徒の後ろで、見慣れた影が動いた。


「なにされてるんですか?」

「看護師なんだよ!」


 カノジョの頭上で大声をあげる源太は、驚くカノジョの反応にご満悦だ。遅れてやって来た俊二と宮は、源太の横に立った。まるでカノジョを囲っているみたいだ。


「要とうまくいってる?」

「ボチボチです」

「それはそれは、相手変えた方が良いんじゃない?」


 悪気がなくても言うべきではないだろう、なんて呆れる。


「いえ! 好きなので!」

「うっわー、すごいね。君」


 お調子者の三人に、まったく怯まないカノジョに、俺は少し驚いた。


「要先輩、お昼は皆さんと食べてるんですか?」

「そうだねー」

「仲良いんですね」


 三人は女子と会話できていることに、実に嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「私も要先輩と一緒に食べたいです」


 もじもじと下をむいたカノジョは、羨ましがっているというより、残念がっているように見えた。

 そしてカノジョは、上目使いで三人を見る。


「お昼、要先輩のこと、誘っても良いですか?」


 三人が、二つ結びの下級生に目を奪われたのは、ほんの一瞬だった。要のカノジョという言葉が、彼らの理性に呼び掛けたのだろう。


「誘ってやって!」

「なんなら、良い場所教えるよ!」

「ありがとうございます!」


 いつもの調子を取り戻した三人に、見事カノジョは馴染んでみせた。同じテンションで、同じ早さで、三人は言葉を交わす。それは教師の姿が見えるまで続いた。

 そろそろ授業が始まる。


「あ! そうだ! 先輩」


 教室に戻ろうとしたら、カノジョにまた呼び止められた。

 トイレから戻ってきた、要と遠目に目が合う。


「私、先輩と和泉さん、すっごくお似合いだと思います!」


 笑顔で、しかも響く声でカノジョは告げた。俺に向けられた言葉なはずなのに、どうしてか俺宛じゃないように感じた。


「あ! 失礼します! 要先輩!!」


 タイミングよく要を見つけて、カノジョはすぐさま要の元へと駆けだす。


「ちょー良い子」

「今回は長続きしそうじゃね?」

「あんな積極的な子、今までいなかったよな。な、直」


 要と話をして去っていくカノジョをみながら、三人は感心しているようだった。


「そうだな」


 俺は一人、なにかを当て付けられたような、そんな嫌な気持ちを覚えた。

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