第39話


《直己》


 ホームルームが終わって、隣の教室に急いだ。

 帰ろうとした和泉を、なんとか捕まえることができた。


「和泉、今日一緒に帰れる?」


 和泉は、少し驚いた顔をしていた。

 あの時から、まともに顔すら合わせることがなかった。気まずかった。今も、痛いくらい心臓が跳ねている。


「部活あるから、待っててもらうことになるんだけど」


 息が詰まったように、和泉はなにも言わない。

 不安にかられて、途切れ途切れに言葉が募る。


「なにか、用事があるなら、無理にとは言わないけど」


 視線を反らされて、とうとう言葉が尽きた。

 和泉のなかではすでに、幕が閉じてしまったのだろうか。にわかに感じていた不安が広がりはじめる。

 いつのまにか俯いた視界に、和泉の手が映る。

 この手を、掴まえてしまいたいと思う。


「ないよ」


 動きかけた手が、止まる。

 顔を上げると、和泉と目があった。

 泣きそうで、なにかを決断したような目だった。


「なら、待ってて」


 滑りでた言葉に気持ちはこもってなくて、全身から力が抜けていくようだった。


「うん」


 和泉より先に背をむけて、部活に走る。

 終わらせたくない思いが、喉から溢れて、強引に捕まえてしまいそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る