第36話


《直己》



 呼び出した先で、愛想よく振る舞うなんて、俺にはできなかった。

 和泉の顔、久しぶりに見た気がする。

 ベランダの手すりを掴んだ手に、力がこもる。向き合う和泉は、視線をさ迷わせている。


「こんなこと、俺が言うのはずるいけど」


 涙が滲んでしまいそうだった。

 なぜだろう。怒りより、悲しみが勝る。


「俺だって、傷つくよ」


 和泉が要を好きなことは知っていたし、分かったうえで、付き合おうと言った。多少、情に流されたのは否めないけど。だからって、好きでもない相手に告白なんてしない。


「和泉。俺は本当に、和泉のことが好きなんだよ」


 だから、知っていてほしい。俺はまだ終わりにする気はないし、本当に、本当に、和泉のことが好きなんだってこと。

 和泉は目を見開いて、ただ驚いていた。

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