第10話
《和泉》
気づかなければ良かったと、思うときがある。
私が気づかなければ、誰もその事に気づかずに居てくれて。
冷やかされたり、陰口を言われたりしなかったのにって。
気づかなければ、私は私の思うまま、要のことを応援できて、支えることができて。
なにも気にすることなく、笑い合うことができたのに。
気づいてしまった下心が、私の行動を制限して、余計に苦しめる。
下心が叶わないかもしれないって、気づいてしまった事実が、
余計に私を足止めする。
純粋だった思いが、純粋じゃなくなっていく。
『ああ、和泉?』
部屋でくつろいでいたら、スマホが光った。聞こえてきた声に、体を起こす。
「どうしたの? 今日練習試合でしょ?」
『そうなんだけどさ、タオル! 忘れて!』
要は慌てた口ぶりで、しかも大きな声で訴えてくる。
『悪いんだけど、持ってきてくれない?』
時間を確認する。今は午前11時過ぎ。
確か練習試合はお昼からのはずだ。今届ければ、間違いなく間に合うだろう。
「今日、カノジョ来るんじゃないの?」
『それ、関係ある?』
私は要の鈍感さに困り果てて、少し考えた。
でも、心は決まっていた。
「わかった。持ってくよ」
理由があれば、行くことを躊躇わない。
私は要の家に行っておばさんからタオルを受けとると、普段は使わない自転車を持ち出して、学校に急いだ。
いつも使っているバス停を過ぎて、一年前には使っていた通学路を走る。
要が、今でも使っている通学路。
一時間して学校についた時には、息切れをしていた。自転車を置いて、体育館に急ぐと、すでに練習試合は始まっていた。
試合中に手渡すわけにもいかないので、観戦のために解放された二階へ向かう。そこにはバスケ部OBや部員の友達、キャプテン、要のカノジョが友達二人を連れて来ていた。
私はキャプテンに挨拶をすると、俯くように試合を見やった。
居たたまれなさに、胸が押し潰されそうだ。
「なんで、あの子がきてるの?」
「うざ」
「ちょっと図々しくない?」
聞こえてくる会話に耳を塞ぎたくなる。
耳を塞ぐなんて違和感丸出しの行動がとれない代わりに、タオルをぎゅっと握りしめた。
練習試合が一区切りつくのを見計らって、階下へ降りる。要と目が合うと、軽く手を降った。要が駆け寄ってくる。タオルを手渡すと、ありがとうと要は笑った。私も笑顔で応えたかったけど、うまく笑えない。
余計気持ちが沈んで、このまま試合を見続ける気分じゃなくなる。
「和泉?」
簡単な挨拶だけして帰ろうとすると、要が私を呼んだ。
「応援してくでしょ?」
さも当然と言うように、要は首を傾げる。その言葉にすべてが吹き飛んで、気持ちが浮わつく。
「見てくよ」
階段を上がりながら、私の頬は自然と綻んだ。
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