第8話


《要》


 別に、カノジョのことをめんどくさい存在だとは思っていない。

 好きって言えることへの尊敬が、付き合っている間に消えるなんてことはない。

 むしろそれが過剰に表れた結果だと俺は思ってる。

 迷惑はかけたくない。

 笑われるようなことはしたくない。

 カッコ悪いところは見せられない。

 尊敬する人に見せたい姿は、誰だって一緒のはずだ。




「要くんさ、教科書忘れるといっつも和泉さんに借りてるよね」


 デートの帰り道、カノジョが上目使いで聞いてきた。


「私も、同じクラスだから、教科書もってるんだよ?」


 自転車を挟んだ向こうで身じろぎして、カノジョは笑う。

 愛してるって書けよって茶化されたことを思い出して、吹き出さないように奥歯に力を込めた。不思議に思ったのか、カノジョが首をかしげて「どうしたの」と聞いてくる。


「ああ、でもほら。和泉、置き勉してるからさ。授業なくても持ってるんだよ。俺、他のクラスの授業まで覚えてないからさ」


 なんとかまぎらわせようと返事をすると、カノジョの顔が曇った。


「そっか。でも、和泉さんより先に私に聞いて欲しいの」


 また見上げる目に、困った。


「だって私、カノジョだからさ。頼って欲しいんだ」


 カノジョの言い分に、思わず唸ってしまった。


「でも、カノジョに頼るってなんか、カッコ悪くない?」


 俺の言い分に、カノジョは納得してはいないようだ。

 ただ、反論はされなかった。


「俺は、そう思うからさ。や、考えとくよ、ちゃんと」


 納得したような、していないような言葉で話を終わらせる。


「あ、タピオカとクレープ、どっちがいい?」


 目についたお店を指して、俺は奢るよと提案した。

 これで大丈夫。

 きっとカノジョの苦笑は、メニューを眺めているうちに、笑顔に変わるはずだから。

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