第6話


《直己》


 要が、教科書片手に教室に戻ってきた。


「なにお前、また和泉に借りたのかよ」

「そうだよ」


 席でたむろしていたクラスメイトが、机に置かれた教科書の名前を目にして、話しかけた。要は友達の悪意に気づきもしないで、さも当然だと言わんばかりに答えた。


「カノジョはどーした」

「まだ付き合いたてだからさ」


 友達の質問にも、要は悪気なく答える。


「落書きしたいだけだろ」

「あ、ばれた?」


 ふざけた口調で要は返して、輪の中に戻っていった。


「落書きぐらい良いんじゃね? 愛してるとか書いたら、喜ばれるんじゃねぇの?」

「一生大事にするなんて言い出したりして」

「誰が?」

「カノジョが、だよ」

「あ、でも俺の兄ちゃん、普通に中学の教科書持ってるわ」

「なに? 愛してるって書いてんの?」

「違ぇわ。なぜか捨ててないだけ」

「なにそれ」


 目の前で繰り広げられる会話は、チャイムと同時に終わった。


「置き勉、してないんだな」


 背中越しに、要に呟く。


「んー? 必要ないじゃん。和泉いるし」


 要はこちらを振り向くことなく、答えた。


「そう」


 シャーペンを滑らせる背中に、俺は視線を反らした。

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