第5話


《要》


  教科書を忘れたとき、決まって和泉の顔が浮かぶ。

  友達から教科書を借りると、ちょっとしたイタズラはできても、いつかはそれに期待されて、恩を返すみたいにイタズラしなきゃいけなくなる。

 カノジョに教科書を借りると、イタズラはできないし、授業が捗ったと嘘でも大袈裟にお礼を返さなきゃいけなくなる。

 でも幼なじみほど気の知れた相手だと、気兼ねなくレンタルできる。

 気がむいたらイタズラして、気がむいたらお礼を返せば良い。

 和泉は気がむいたらで、全てを理解してくれる。

 とても気さくな幼なじみだ。




「和泉!」


  隣の教室の入り口で、大声をあげる。

 みんながこっちを見ても、大して気にしない。


「何?」

「教科書。数学の」


  慌てもせずに近づいてきた和泉に、貸してとねだる。

  いつもは呆れた顔ですぐに貸してくれるのに、今日はなんだか渋っている。


「カノジョ、いるでしょ」


  小さな声で言って、和泉は目配せをした。それに習って教室の中を見る。確かに、新しいカノジョがいる。こちらを見ていたから、軽く手を振った。


「いいよ。迷惑かけたくないし」


  和泉は目を反らすだけで、一向に教科書を貸してくれない。

  時計を見れば、中休みもあと2~3分しか残っていなかった。隣の教室だけど、ギリギリで駆け込むのは嫌だ。


「授業始まるからさ、お願い」


  和泉は俺を見て、分かったと言ってロッカーから教科書を持ってきてくれた。


「サンキュ」


  受けとって、教室に戻る。

  机について教科書をめくれば、この前のイタズラがまだ残っていた。思わず吹き出す。隣の席の女子に驚かれた。

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