第3話


《直己》


「そういえば、和泉、別れたって?」

「そうなの?」


 問いかけられて、案の定、要は俺に聞いてきた。

 ボールを脇に抱えて立ち、部活最中の順番待ちという小休憩。シュート練習中の列で要を挟めば、高確率で和泉の話題になる。

 どちらかと言えば奇麗どころ。派手ではなく、どちらかと言えばおとなしいグループにいる女性で、バスケ部内ではマネージャーに欲しい逸材として注目されていた。幼馴染みが部内に居ればなおさら、名前は挙がる。


「俺に聞くな」

「直己に聞いてどうすんだよ。お前だろ、お隣さんは」


 またそれかとでも言いたそうに、要は口を尖らせた。


「だから、何でも知ってるわけじゃないんだって。お前ら和泉の情報に詳しすぎだよ」


 何言ってんだよと、今度はチームで最も小柄なスモールフォワード・俊二が


「三日くらい前だよな?  別れたの」


 要ごしに俺に聞いてきた。俺は分からないと、相槌で返す。

 実際、俺はそんな細かいことまで知らない。

 男と校内を歩いていればカレシができたのかと思い、一人でいれば別れたのかと思い、新しい男と歩いていれば新しいカレシができたのかと思うだけだ。

 気づけば、横で要が逡巡していた。

 何を考えていたのかは分からないが、一人で頷くと


「じゃあ俺、自分のことでいっぱいだったかな」


 要が導きだした答えに、今度は俊二が考える。


「その頃だっけ?  お前に新しいカノジョできたの」

「そう」


 笛の音に俊二が走り去り、ボールがテンポよくリズムを刻む。シュートの独特の音がすれば、すぐに要の番になる。

 なあ。と、笛の合図を待つ背中に呼び掛けた。要は肩越しに振り返る。


「好きなのか? そいつのこと」


 俺の問いかけに、要は苦笑した。


「だから、同情じゃないってば」


 笛が響いて、シューズが擦れる音がする。ボールが床に打ち付けられ、7の背番号が遠ざかった。


「そうか」


 返した言葉に、返事はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る