第8話 一つ目

 時はさかのぼり、私があの子供モンスターにクロバルトさんの事を知りたいと告げた時。

 

「じゃあ、おしえるね。あのオトコは、この世界の魔王。ホントの名前はだれもしらないけど、みんなはクロバルト・ガーデナー。庭師とヒニクをこめて読んでる」


 そういえばそうだ。クロバルトさんは、出会った時からファミリーネームを一度たりとも名乗った事が無い。言うのが面倒なのか、それともフレンドリーなのか。分からずじまいで聞いた事は無かったけれど。

 

「庭師って、どういう事?」

「そのまんまだよ。魔王だから、モンスターをヒキいて世界を思うままにホロボしたり。ぼくたちみたいに、にんげんからモンスターに変化させたり」


 余りの事実に私は絶句するしかない。あのクロバルトさんが……。

 

「ホントに、ホントの事なんだね」

「うん。ぼくの実体験としってる事という意味ではほんと」


 それから彼は、自らの心の傷を抉るような、苦しそうな声で自分がどんな目にあってきたかを教えてくれた。

 元々は一人の人間の少年で、名前はルク。彼は大よそ15年前は、南に遠く離れた集落に住んでいた。毎日が楽しく、平和で、外の世界に行かなくてもいいや。なんて思って過ごしていたそうだ。

 

 しかし、ある日集落に来訪者が訪れた。それがクロバルトさん。彼は集落にしばらくの間滞在し、周りととても馴染んでいたらしい。

 ルクくんも、クロバルトさんに良くなついて、剣術や魔術を教えてもらった。

 

「ホントに毎日楽しかった。ずっと続けばいいとおもってた。けど……」


 その日は訪れた。モンストロという、一人の伯爵が集落に訪れたらしい。彼は、ルクくん達を見て苦虫を噛んだような表情を浮かべ、クロバルトさんに向かって叫んだ。

 

「テメェが主犯だな?」

「何のことだ?」

。しかも、!」


 伯爵の叫び声をきっかけに、集落に掛かっていた幻術はあっさりと解けたそうだ。――――そう、既に集落の何名かが、誰かを喰い殺してしまっていた後に。

 誰も気付かなかった。誰も気付けなかった。ゆっくりゆっくり、じわりじわりと、まるで少しづつ毒を盛られるかのように。


「お前の叫び声で幻術が解けたか。だとすると……」

「あぁ、。俺様が、この地を離れるに当たって最大出力の防御結界を貼ったってのに。お前、外来の化け物か? ?」

「さてな。2000だろ? 俺とは無関係だ」

「そうかそうか――じゃあ死ね。人間モドキ」


 それから二人がどうなったのか、ルク君は知らない。自分達がモンスターになり、人を食べてしまっていたショックから、皆集落から逃げ出したらしい。

 しかし――一度、人の味を知った者は。理性が、焼き切れるように、仕込まれていた。

 

「ぱぱ! ぱぱ! ままが、ままがぁ!」

「ルク、ママはもう駄目だ! ママはもう……周りの人達を……ッ!」

「まま食べないで! まま、おじいちゃんを! おばあちゃんを食べないで!」


 彼は必死で叫んだらしい。必死にお母さんに何度も、親しかったおじいちゃんやおばあちゃんを食べないでと叫んだらしい。

 けれど、彼女は自分の実の父親と母親を喰らいながら、激しく叫んだ。


「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない! 私がッ! ! やっと、! どうして!」


 ルクくんは、良く分からないと言っていた。けれど、私はなんとなく、憶測だけれど、理解する。彼のお母さんは、きっと外の世界に行きたかったのだろう。私も以前、クロバルトさんにこう言った気がする。

 

「あのね、クロバルトさん。叶わないかもしれないけどね、ちょっとした夢があるの」

「うん?」

「まず一つ目は、このぼろっちい教会が補修されること! そして、二つ目がこの教会と街以外の世界に出てみる事!」


 私の言葉に、彼は笑いながら「じゃあ、両方してみればいいじゃないか」と優しく言ってくれた。けど、当の私は……。

 

「うーん。両方するには、お金いっぱいいるよね?」

「まぁ……そこそこの金額が必要だな。要るか?」

「むやみやたらに人から大金貰っちゃダメって神父様から教わったから要らない。シャッキントリっていう怪鳥が襲って来るらしいです」

「またそりゃ、大体あってるけど間違った知識を……。けど、それでアリウム嬢はいいのか?」


 問われた瞬間、少し後ろめたい気分になった。当時の自分は多分12歳ぐらい。外に興味もあるが、自分がこの教会で何を求められているかも察することができる年齢。私は、教会の為に自分の夢を見ない選択を取った。

 

「別に良いかなぁ? お金が突然いーっぱい出てくるわけないですからね。チャンスがあれば良かったなって」

「――――――そうか」


 私は笑顔で答えたが、その時の彼の表情は夕焼けの光が強すぎて全く見えなかったのも覚えている。なんてことはない。恐らく、ほとんどの人が経験のある、夢から目を逸らした瞬間。

 ルクくんのお母さんの事は分からない。けど、彼女ももしかしたら一度は夢を叶えたけれど、諦めたのかもしれないのだ。

 

 そして、人を食べなかった集落の人々は散り散りになって逃げた。ルクくんと彼のお父さんは、人を襲わないモンスター社会に馴染もうと、グレロア大森林を選んだらしい。


「べつにね、モンスターになったからってすぐ人を食べたくなるもんじゃないよ。もとがにんげんのモンスターって、個体差はあるけどリセイがとても強いから。キノミとか、クサとか、ジュエキでぼくとぱぱは事足りたよ。ここのモンスターは特に、街が近くにあるから、人を食べる事はタブーだし、食べたモンスターは村八分にされて追い出される」

「つまり、って事?」

「うん。から。


 瞬間、私の背筋にぞくりと悪寒が走る。思わず視界を地面へと逸らすと、そこにはセツナさんからもらったメモが転がっていた。私は咄嗟にメモを開く。メモには――


「クロバルトちゃんが、依頼を偽装するかもしれない。気を付けて」


 まるで、私の思考をなぞるかの様に、この一文が書かれていたのだ。

 残酷な真実。彼は私を騙した。何のため? どうして? そんな私の不安が表情に出ていたのだろう。ルクくんは悲しそうだが、何処か真剣な声色で私に告げる。


「様子をみよう。ぼくは元にんげんで、そこそこ魔術が使えた。そのうちいくつかは失ったけど、いくつかはまだ使える」

「一体、どうするの?」

「ぼくが君に化けて、あのオトコと同行する。君には念話魔術をとうしてそのジョウキョウをつたえる。そして、君に対してのアンゼンセイがかくほできたら、転移魔術で君を転移させる」

「それ、ルク君一人で出来るの?」

「ぼくひとりじゃ厳しい」


 彼がぱちんと指を鳴らすと、草むらから何匹かのモンスターがひょっこりと顔を出す。あの種は確か――。そうだ、ガルガンハだ。


「ガルガンハの魔術族、マジックガルガンハ数匹がぼくの援護をしてくれる。その間君は、ナイトガンガルンハに守ってもらって」


 ガンガルンハの数匹が私に視線を向け、こちらに来いと告げている。私は……彼らを信じることにした。メモを拾い、その場から立ち上がり、ガンガルンハの居る草むらへと身を潜める。

 すると、脳裏にルク君の声が響いた。恐らくこれが、念話魔術なのだろう。


『いいかい? ここから先は君は声をださないで。心の中にかたりかけるように、ぼくに念話をとばすんだ』

『こう? でも、念話って相手が強いと見破られたりしない?』

『そう、上出来。見破りについてはアンシンしていい。念話魔術には秘密契約という契約がある。秘密契約はウミにすむ聖人アスラが司っているから、ダレにもやぶれない。ついでだ』


 ルク君は私に魔術で化けると同時に、その場に幻術を掛け始める。すると、そこには私とルク君が何かやりとりを行っている――という幻覚が現れ始めた。

 幻覚の私が頭を抱え、幻覚のルク君と対話を行っている……。


「――いじょうが、ぼくのしってる事。そろそろ、もどったほうがいいよ。あのおとこがくる」

「貴方は、どうするんですか?」

「ぼくは――――」


 幻術はそこで途切れた。どうしてこんな事をしたのだろうか? ――まさか、クロバルトさんがどこかで盗み見ていた?


『あのオトコ、ついさっきこっちに意識を向けていたから一応ね。もしかしたら、ぼくの幻術じゃみやぶられるかもしれない。この変化も』

『もし、バレたとうきはどうすれば……』

『にげるんだ』


 彼は涙を零しながら一歩踏み出し、森の入口へと向かい始める。


『いいかい? その時になったら君は迷わず大森林からにげるんだ。南へはいっちゃだめ。あっちはもうあのオトコのテリトリーになっている』

『…………わかった』


 念話ではそう伝えたが、心の中のどこかで未だに間違いであってほしいと願っている自分が居た。どうかどうか、今日という日が寝ぼけた私の悪夢でありますようにと。目が覚めたら、いつもの教会で、皆におはようって言って。

 クロバルトさんも教会に来て、他愛もない毎日が続くんだって。

 どうかそうであってほしかった。


 けれど、彼とクロバルトさんのやりとりを念話で聞いて、確信してしまったのだ。

 依頼は偽装された。私は彼に騙された。彼はルク君を確実に殺そうとした――致命的な、その発言を……聞いてしまった。

 それは馬車内部で、ルク君がの事。一件、ごくごく普通に聞けば、そうだとはわからない言葉。


「まるで、あの日の夕焼けみたいだ。アリウム嬢、君が笑顔で夢を諦めた日の――だから、今日は運命なのかもしれない。?」


 この言葉は、彼越しに私に話しかけている。いや、只の独り言だったかもしれない。だとしたら、こんな事で確信する私もどうなのだろうと思う。

 そして、馬車が止まり、私はルク君に危険を承知でこう願い出た。


『もし貴方が、クロバルトさんと対面したときは……彼の背後に渡しを転移してほしい。大丈夫、武器は持ってる。勝てないかもしれないけど、不意打ちぐらいはできると思うから』

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