第7話 運命と言い因果と言い
クロバルトは、楽しそうに嗤った。それはもう、体の傷なんて気にしない程に。腹を抱えて、とてつもない笑顔で、子供の様に笑ったのだ。
その有様は、アリウムにとって不吉で不穏で、恐ろしい怪物としか映らない。
「はっはっはっは! ……はぁ、笑った笑った。それで、その根拠はどこにある?」
愉快そうに不敵に笑うクロバルトを前に、アリウムは背筋を凍らせる。 しかし、両手を力強く握りしめ、どうにか耐えた。子供モンスターの前に立った時と同じだ。少しでも気を緩めれば、自分の意識なんて木っ端みじんに消えてしまう。
未だに、アリウムの脳内の危険信号は、けたたましくクロバルドに跪け、泣いて詫びろ、懇願しろ、服従しろと告げているのだ。
その警告を精神だけで、無理にはねのけている。今のアリウムは、細く途切れそうな糸一本でどうにかぶら下がっている人形の様なもの。
「根拠はあります。私は、いえ……僕は――ぼくは、あの子と取引をした!」
突如、アリウムの声と一人称が変わったかと思うと同時に、クロバルトは背後の存在に気が付いた。
そこには、もう一人のアリウムが存在している。そして、こちらの首先に剣先を突きつけているではないか。
「一か八かの賭け、私達の勝ちみたいですね」
「ほう? これはどういう事だろうなぁ? あの種は幻術を使えなかったはず」
「しらばっくれるな!」
クロバルトの目の前に居るアリウム。否、あれはアリウムの助けた子供モンスターが幻術で化けている姿。とはいえ、術の限界が来たのか、特徴的な獣の尻尾が出ている。
「クロバルトさん、貴方。依頼内容を偽装しましたよね?」
「……興味深い。聞こうじゃねぇか?」
普段の落ち着いた口調から一転、何処か飄々とし、フレンドリーな物に変わる。恐らく、これが彼の素。表情も普段の天然そうで穏やかな好青年から、怪しくもどこか快男児の様なものへと変化した。
「セツナさんから一枚のメモを貰いました。よくあるいたずらや迷惑行為の防止のために、初心者には必ず一枚渡してるそうです。――依頼内容の偽装、依頼書の偽装が行われた場合、元の依頼内容が記載されるという、魔法道具」
「…………さて、俺はそんなもん貰った覚えはねぇな。あぁ、そういう事か。あのカマ野郎、俺だけには渡さなかったのか」
クロバルトは何か納得したかのような、何処か気だるげに淡々と答える。いつもの彼とは良くも悪くも逆だ。しかし、彼がそういうという事は――。
「クロバルトさん、残念です。引っ掛かってくれましたね」
「――あぁ、そういう。さっき、お前が言った事の方が嘘って訳か。しくったな、お前が何処までも純粋な単純でアホなちびっこだと信じてた俺が一本取られたのか」
そう。先に嘘を吐いたのは、アリウムだ。アリウムが貰ったメモ、其れには本当はこう書かれていた。
「クロバルトちゃんが、依頼を偽装するかもしれない。気を付けて」
たったこの一文だけ。だからずっと、アリウムは半信半疑だった。それに、アリウムがメモを見てたのはクロバルトのいない時間帯だけ。故に、見えるとなると彼にとっての空白の時間。子供モンスターを抱きしめた時に腰ポケットからメモが転げ落ち、其れに気付いた子供モンスターが促して、二人で読む。そして――疑心を抱き、二人で策を練ったのだ。
「クロバルトさん、教えてください! どうして依頼を偽装したんですか!? どうして私を連れて行ったんですか!? どうして――私が子供モンスターを庇う性格だと理解したうえで利用したんだ! クロバルト・ガーデナー!」
アリウムが悲しみに打ちひしがれながらも、震える必死の声で叫ぶ。そんな姿を見て、彼は……クロバルトは爽やかな笑顔で心底嬉しそうに、こう告げた。
「うん、いいな! 最高!」
アリウムも子供モンスターも、予想だにしなかった言葉に、思わず絶句する。すると、今度はクロバルトが楽しそうな調子のまま語り始めた。
「ロマンチックだと思わねぇ? 一目見て、あ、こいつ俺の運命の相手だ。って思った相手が、手塩かけて育てたやつが。俺の手で
「なにいってんだよ……なにいってるんだよ! おまえ! おまえのせいで、ぼくの村が、ぱぱやままがどうなったか分かっているのか!」
子供モンスターはけたたましく叫び、クロバルトに殴りかかろうとした。けれど、その幼い拳は、彼の体に届かない。それもそうだ、子供モンスターが近づいた瞬間、クロバルトが……親の時と同じく一刀両断したから――。
「さてね。一体どこの村の事か忘れたけど、やっぱあれだな。ガキを残すとろくなことにならねぇなぁ?」
「あっ……ああぁ……!」
「おっ、どうしたアリウム? なんてな。そういえばこのガキ庇って守ったのもお前だったからな。あっはっはっはっは! それがこうして無残に死んだんだ。なぁ、せっかく救った命が死ぬのってどんな気分だ? 俺さぁ、その辺の感覚忘れたんだよな」
アリウムは、クロバルトの喉を切りつける。さっきの子供の攻撃は受けなかったのに、自分の攻撃は受けたのは、最悪の気分だ。
しかし、首の切り口から白い煙が吹き上がり――あっという間に傷を完治してしまった。一瞬アリウムは高度な回復魔術化と疑ったが、その考えをクロバルト自身が読み取ったのだろうか。
「魔術だけど魔術じゃねぇよ。特殊体質みてぇなもんだ。いやぁ、お陰で結構難儀してんだぜ? 頭ぶっ飛ばしても、潰しても、心臓抉っても死なねぇし。ついでに18の頃から体が更けなくなっちまったしな。実年齢詐欺ってな」
「なに……それ……」
要するに、何をしても殺せない。不老不死の男。だからか、幼い頃から見ても、姿が一切変わらない。何より、桁違いに強い。アリウムにはどうあがいても勝ち目がないのだ。
あぁ、だから……あの殺気だけで、あんなに、遺伝子レベルで敗北を認めろと訴えて来たのか。勝てない相手だから、当然。
「いいねぇ、良い具合に絶望してるな。じゃあもう、薄々気付いているだろうし、サクッとネタ晴らしでもするか」
クロバルトが指を鳴らすと、周りの景色が一転する。そして、アリウムの前には今まで以上に信じられない光景が広がった。
「アリウムさ、前に協会がボロくてやだなーっつってたろ? たしか神父殿もどうにかしたいって言ってたよな。街の皆も、もちろん俺も募金しようと思ったのに、お前達は受け取らなかった。謙虚な精神だよなー。という訳で、優しい俺は感動して補強の協力をしてあげました。――
それは、人間を広げた集合体。魚の干物の様にぱっくりと、骨も皮も内臓も、何もかもむき出しになった、けれど蠢いている……人の肉壁が教会全土を補強するかのように覆いつくされていた。
「まさか、皆……」
「おっと安心しろ。これでもお前らには恩義を感じてるからな、苦痛という苦痛が全身に回っちゃいるが、皆生きてるぜ?」
「なんで……私に何の恨みが!」
アリウムの恨みという言葉に、クロバルトは否を答える。
「お前に恨みなんて一つもねぇよ。さっきも言っただろ。お前を絶望させたい、殺したい。飽きるまで壊して直して壊して直して、愉しみたい。それが俺、クロバルト・ガーデナー。この世界の魔王だ」
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