第6話 亀裂
あれから数十分程経ち、アリウムは困惑する頭と心をどうにか抑え込んでいた。そして、子供モンスターの一語一句をその耳でしっかりと聞き捉えている。
「――いじょうが、ぼくのしってる事」
言葉が出なかった。知った事と知っていた事が一致するようで、一致しない。けれどどこか、つじつまが合う様に思えている。
「そろそろ、もどったほうがいいよ。あのおとこがくる」
「貴方は、どうするんですか?」
「ぼくは――――」
◆◆◆
クロバルトは森の入口を見つめて待っていた。アリウムは幼く、やや感情的になる節がある。とはいえ、人の約束をそう簡単に破るような子ではない事を彼自身、良く知っているのだ。
(とはいえ、少し遅いな)
流石に予定より遅い気がする。迎えに行こうかと踏み出した瞬間、森の奥から小さい人影が見えた。紛れもない、アリウム本人である。
感情に任せて泣いたのだろう。目元が赤くなっている。とはいえ、泣くという現象は感情をある程度落ち着かせる効果があるのだ。泣かないで溜め込むより、泣いてしまった方が本人の為である。
「く、クロバルトさん。その」
「落ち着いたようだな。帰るぞ、馭者を待たせている」
とぼとぼと歩くアリウムをひょいと抱きかかえ、さっさと馭者と待ち合わせした場所に向かう。抱えられたアリウムは困惑しながらも、何処か申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「俵担ぎじゃないんですね」
「そっちがいいのか?」
「いや、こっちが良いです」
「そうか。それで、あの子供は逃がしたんだな」
あっさりと、まるで何事も無かったかの様に話題に切り込むクロバルトに、アリウムは叱られた子供の様にか細く「はい」と答えた。
「呼べと言ったのに、呼ばなかったな」
「呼ぶような事態が起きなかったので」
クロバルトは理解した。恐らく、子供は逃げたのだ。そしてアリウムを襲わなかった。それもそうか、自分を見逃した本人を襲う程あの種は愚かではない。むしろ、成体になるにつれて知能が高くなる。
(今日の成体も最後まで悲鳴一つ上げなかった。近くに子供がいた事から、子が飛び出しで襲われるのを防ぐためか。だからなんだ。あの種の欠点は、子一匹では生存率が異様に低くなることだ)
クロバルト達の倒したモンスター種、ラミリングは親と子のグループ。もしくは親一体で活動する種族だ。賢いとはいえ、子供の頃はそんじょそこらの農民にでも倒せるほど弱い。故に基本、子は親元を離れない。
しかし、それが成体になれば逆となる。番のいない成体は一匹で十分行動可能なだけの力持ち脳も持ち合わせている種だ。
「クロバルトさん、依頼の内容は」
「成体一匹が外来種としてグレロア大森林に入ってきた。大森林の生態系を崩す可能性、近隣の街や村に被害が出る可能性が大きい為の早期討伐だ」
「被害が出たわけでは、無かったんですね」
アリウムの言葉に、クロバルトは深く呆れたようにため息を零し、苦言を呈する。
「被害が出ていないから見逃して良いという訳ではない」
クロバルトの言葉に対し、アリウムは何も答えない。恐らく、何か思う事があるのだろう。無論、追い打ちをかけるほど今のクロバルトには気力はなかったのか……。それとも、彼にも何か思う事があったのだろう。軽くアリウムの頭を撫で、ぽつりと言葉を零す。
「報告は明日にしよう。教会まで馬車で送る。心身ともに疲れただろうから、馬車の中で寝なさい」
「……馬車、揺れるから寝れないです」
「子守歌でも歌うか? 友人から永眠できると好評だ」
「それって不評の間違いじゃないですか?」
何とか軽口を言えるぐらいには回復したのだろう。アリウムは深呼吸し、そのままクロバルトの腕の中で眠ってしまった。
16歳とはいえ、親を亡くしたショックで精神年齢が実年齢より幼くなっている。きっとこの子供は、3歳の頃のまま止まってしまっているのだろう。
クロバルトは馭者と待ち合わせした場所に着き、そのまま馬車の中に入る。揺れる馬車の中、ふと窓を見たら燃え上がるほどに美しい夕焼けだった。
あぁ、そういえば――あの日もこんな夕焼けだったような。
◆◆◆
アリウムはふと目を覚ます。そういえば自分は、クロバルトの腕の中で眠っていたようだ。もう幼子ではないのに、恥ずかしい。などと思いながら、寝ぼけた顔で周りを見渡す。
目覚めた場所は、馬車の屋内。しかし、人は誰もいない。クロバルトも、馭者席にいる馭者も。何故か馬の姿も見えない。馬がいないのだから、馬車も止まっている。
何処か不安を覚えつつも、何かを決意したかの様にアリウムは馬車から外へと勢いよく飛び出した。よく飛び出した。瞬間、アリウムは我が目を疑う。
馬車が停留したのは、自分の家であるエルム教会。だが、教会一帯に人の死体と血の海が溢れていた。
「な、なんで……こんな……」
「アリウム、無事だったのか」
背後から声が聞こえ、思わず振り返る。そこには、あちこちに傷を負ったクロバルトの姿が。アリウムは思わず、息を飲み……彼に問いかける。
「クロバルトさん、一体何があったんですか?」
「教会が、モンスターに襲われたんだ」
「ま……もの」
どくりどくりと、アリウムの心臓が蠢く。これから先の言葉を聞きたくない。それはきっと――。
「……その、モンスター……って」
よせばいいのに、なぜ聞いてしまったのだろうか。この時のアリウムは酷く公開した。わざわざ、自分で自分が見たくないものをこじ開けてしまったような気分だ。
「お前が助けた子供のモンスターが、他の成体モンスターを率いて教会を襲った。周りを見ろ、モンスターの爪痕に足跡……あっちに転がってる頭部が分かりやすいか。今日、討伐したモンスターと同じものだ」
「…………じゃあ、これって」
アリウムは顔を伏せ、その場にうずくまり、震えながら声を絞り出す。
「お前が、あの子供モンスターを逃がしたせいだ。……だから、殺しておくべきだと言ったんだ。これは、お前のせいだ」
クロバルトの言葉を聞いた瞬間、アリウムは唇を強くかみしめ、力を振り絞り――立ち上がる。
そして、何故か意志の強い目で――彼をその瞳で強く見据えていた。
「いいえ、犯人は貴方です。クロバルト・ガーデナー」
幼くも、けれど意志の強いその声に彼は――――楽しそうに嗤うのであった。
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