第5話 無知の因果応報

 グレロア大森林。私達の住む街の近くにある森林地帯だ。

 様々な種類のモンスターが住み、社会構成を生み出している。らしい。私が知っている知識はクロバルトさんから聞いたこの程度だ。

 モンスター図鑑とかそう言ったものは高価なのでうちの教会にはない。そもそも神父様とシスターマザーがモンスターについて聞けば、話してくれるから図鑑要らずなのもある。

 けれど、誰もグレロア大森林に行こうとしなかったから、特に知らないままで終わっていた。


 けれど、今私は凄く後悔している。クロバルトさんが私と共に馬車で向かった先が……まさにそのグレロア大森林だったから。

 到着して、馬車から降りて、クロバルトさんが御者さんに支払いをする。


「それじゃあ、あっしは指定の時間にはこちらに戻ります。それでは」

「あぁ」


 御者さん、一旦街に戻るのか。それもそうだよね。街でも仕事はあるから、効率よく働いて稼がないとね。大変だなぁ。


「どうした、アリウム嬢」

「御者さんって大変だなぁと思いまして。それより、クロバルトさん。ここってどんなモンスターが出るの?」

「いろいろいっぱい」


 ざっくりにも程があるアンサーが返される。いろいろいっぱいじゃ何もわかんねぇじゃん! えぇい! もっとツッコんで聞くしかない!


「そのいろいろとか! いっぱいとか! 詳しく!」

「ついて来い。実物を見ながら教えればわかりやすい筈だ」


 相変わらずクロバルトさんは私の手を引っ張って、森の中へズイズイと進む。事前知識としてしっかり知るのが良いと思うんですけど。


◆◆◆


「あれがベノベニモドキ。巨大なキノコに擬態したモンスターだ。比較的大人しく、人間を滅多に襲わない」


 あぁ、あの木陰で寝そべってるキノコぬいぐるみみたいな親子ね。


「こっちはガルガンハ。人狼種だが知能が高い。群れ社会を形成し、人間と同じように役割分担して争う習性がある。人懐っこいから訓練して相棒にする冒険者もいる」


 あっちの小さいぬいぐるみわんちゃん集団か。あ、一匹こっち見て尻尾振ってる。可愛い。


「ちなみに俺はニャンゴロロン派だ」

「にゃ……ニャンゴロロン?」

「猫ちゃんモンスターだ。殺人毛玉だ。可愛いぞ」


 恐らく、犬より猫派と言いたいのだろう。帰ったら神父様にニャンゴロロンのちゃんとした情報を聞こう。

 多分だけど、クロバルトさんからちゃんとしたニャンゴロロンの情報は得られない気がする。


 私達は森林をサクサクと進みながら、様々なモンスターを見て回った。どのモンスターも、人を襲わない。それが何故かとクロバルトさんに聞くと。


「今の時期、人を襲うモンスターは魔王の影響で力を蓄えに行っている。だから基本、自分達の棲家以外に生息し始めたケースが多い」

「わざわざ自分の棲家以外に住むの?」

「生き物が成長するには、常に危機が必要だからな」


 との事。そして私達の討伐対象は、その外来種モンスターらしい。うぅん。外から来たなら、ここ一帯のモンスターの事知ってても意味なかったのかも。


 しばらく歩いて、私達は開けた場所に出た。そこには巨大で厳ついモンスターが、何故か傷だらけで大人しく座っていたではないか。全長は多分3Mぐらい。実にビッグサイズである。

 ぱっと見、狼とゴリラを足して割った様に見える。今は大人しいからか、小さな色とりどりの小鳥達がそのモンスターの体に止まっていた。

 なんだろう。妙な違和感を感じる。この子、ホントに人を襲うの?


 私が疑問を口にしようとした瞬間、それは一瞬の出来事だった。クロバルトさんが容赦無くモンスターの右腕を切り飛ばしたのだ。

 確か、クロバルトさんの獲物って片手剣だった筈。しかも左利き。……モンスターの腕って、そんなにスパって飛びましたっけ? そもそもこの現地点から、モンスターの前までの距離って10Mあったはず。数秒もかからないうちに、目前に行けるってどういう脚力してるんですか? やっぱり強すぎる。怖すぎる。人やめてそう。

 けれど、なぜかモンスターは悲鳴をあげない。そのかわり、穏やかに閉じていた目を鋭く見開き、残った左腕でクロバルトさんに襲いかかる! 危ない!


七銀杭よ、彼の鎧となれ!セッテプアルマドゥラ


 七角形の銀色の防壁が彼の前に生まれ、モンスターの攻撃を弾き返す。すると、モンスターは此方に視界を向けた。

 やばい! ヘイトを向けられた⁉︎ 襲われる⁉︎ 咄嗟に身構えた私を見て、モンスターは直ぐに視線を逸らす。……え? どうして?

 なんて思っていたのも束の間、私の一瞬の気の緩みで防壁はモンスターの攻撃で打ち砕かれる!

 ま、まさか! これを狙って⁉︎ 頭良いなモンスター!

 そして、モンスターは再び左腕をクロバルトさんに振るい落とそうとする! 一方で彼は、モンスターの右腕もあっさりと切り落とす。……やっぱり、私要らなかったんじゃない?


 けれど、モンスターは両腕がもがれても諦めなかった。大きな口でクロバルトさんに噛み付こうとしてきた。

 流石にこれは危ない! 私は咄嗟に再び防壁を貼ろうとする。しかし―—。


「それが遺言か? 醜いな」


 彼は気だるそうにそう呟き、モンスターを一刀両断する。嘘だと思った。目の前の3Mはある巨体のモンスターが、真っ二つになり、クロバルトさんは思いっきり返り血を浴びた。お、恐ろしい。もはやどっちがモンスターか分からない。

 私は恐る恐るクロバルトさんに駆け寄る。うっ……血の匂いがすさまじい。昔は両親を思い出す最悪なトラウマだったけど、私も動物を狩った経験はあるので大分慣れた。とはいえ、嫌な臭いであるのは変わらないのだけど。


「クロバルトさん! 大丈夫……そうですね。役立たずですみません……」

「さっきの防壁は助かった。ありがとう」


 役に立てたのならいいけど、あんまり役に立ったという実感がない。そもそもクロバルトさんが規格外に強い。強すぎる! やっぱ私要らないんじゃないんですかね⁉

 私が困惑していると、近くの茂みから一匹の子犬型のモンスターが現れた。さっき見たガルガンハより、幾分厳つい。どちらかというと……、まさか。


「きゅいー。きゅいきゅいきゅるる!」


 子犬型モンスターは、真っ二つになったモンスターの傍で泣いていた。瞬間、脳がざわざわと蠢く。

 アレは―—私だ。あの時の私だ。あの時もし、炎の中に駆け込んで……両親を見つけていた時の私自身の姿だ。

 あのモンスターは親子だ/あれはあったかもしれない私達だ。

 あのモンスターは親子だ/あれはありえたかもしれない私達だ。


 肌がひりひりした。思わず体が動き、子犬型モンスターの前に私はクロバルトさんと対面する形で立ち塞がっていたのだ。


「なんの真似だ、アリウム嬢」

「ダメです。クロバルトさん」


 声が震える。肌からクロバルトさんの殺気が伝わる。心の底から生気が抜き取られそうなそれは、今すぐ泣いて土下座して懇願して命乞いしたいほどに恐ろしい。

 彼の殺気の前に、私の人としてのプライドも人権も、生命としての命もただの木っ端になりそうなぐらい。彼が化物の様に感じた。


「どけ、子供だ。殺すべきだ」

「依頼内容は一体の討伐だったはずです! 規約違反になりますよ!」


 私は声を、心を振るえあげて言葉を必死で紡ぐ。


「どきなさい、アリウム。それは君の偽善だ」


 あぁ、駄目だわ。クッソ腹立つ。もう駄目です。もう丁寧にできないね、これ。

 足元で泣いている私/あの子犬モンスター。ごめんね、君を怖がらせるかもしれない。もしかしたら私は、致命的な何かを間違えるかもしれない。

 けれど、心が叫んでいるんだ。あの時の私を、救ってくれた人を知っているんだ。


「未来がありゃ、可能性があるだろうがクソッタレが! 賭けようぜ、クロバルト! 貴方は先に森を出ていく! その一時間後に私は続けて森を出ていく! その間この子供が私を殺すかどうか、賭けようぜ!」


 我ながら何を言ってるのか、提案してるのか全く分からない。クロバルトさんも、冷めた目で私を見下してる。馬鹿々々しいのは百も承知ですってよ。


「……何かあったら、直呼びなさい。駆けつける」


 あまりにアホすぎる提案だったのか、クロバルトさんはさっさと森を出て行った。ニュアンス的には恐らく、冷静になればか。頭を冷やせアホって事だろう。むっとしたけど、確かに頭に血が上り過ぎたと思う……。

 クロバルトさんが去って行ったあと、私はその場に泣き崩れながら子犬型モンスターを優しく抱きしめる。モンスターは何が起きているのか分からず、狼狽えていた。


「ごめんね、うるさいね。私が泣きたいだけだよ」

「きゅう?」

「君のお母さん、お父さんかな。殺してごめんね……」


 あぁ、あの時のシスターマザーも、神父様もこんな気持ちだったんだ。同じ事なんだ、知らないから、分からなかったから殺してしまったんだ。

 いや、私の場合もっとクロバルトさんにしっかりどういうモンスターか聞けば……。けど、彼もこのモンスターが子持ちだったなんて、知らなかったかもしれない。それでも、予兆はあったはずだ。

 この親モンスターはかたくなに悲鳴を、雄たけびを上げなかった。子供を守っていたと考えればわかる。自分が悲鳴や雄たけびを上げれば、子供が出てきて一緒に殺される。だから、押し黙る選択を取った。子供の為に。

 私がいち早く気付いて、其れをクロバルトさんに伝えて居れば変わったのかな? それとも、君たちが此処に来なかったら良かったのかな? 


 君達が、かつての私に重なる事が無かったら―—心がこんなに痛くて苦しい事は無かったのかもしれないのに。これってきっと、酷い事思ってるよね。


「……ねぇ」

「えっ」


 抱きしめていた、モンスターから人語は発せられ、私は思わず手を離す。すると、子どもモンスターは私をじっと見つめて語り始めた。


「ねぇ、なんで。たすけた?」

「貴方、喋れるの?」


 モンスターはこくりと頷き、続けて喋る。


「ぼくたち、ほんとは、にんげんだから。ぱぱは、もう、ほとんどだめだったけど」

「————それ、どういうこと?」


 人間だった? これは嘘? ホント?


「きいて! どうしてときみは一緒にいたの?」

「クロバルトさんを知ってるの?」

「しってる。ぜんぶ、しってる。きみはぜんぶしらないんだね」


 全部知ってる、全部知らない。胸騒ぎがする。どうしよう。


「いまから、ぜんぶしってることをきみにおしえる。たすけてくれたおれい。けど、きみはあのオトコとなかがよさそうだったから……くるしむとおもう」

「私が、苦しむ事」

「きく? きかない? きみはぼくに生きる権利をくれた。だから、きみもしるか、しらないか選ぶ権利がある」


 知るか、知らないか、選ぶ権利がある。だとしたら、私は―—。


「私は、知りたい」

「わかった。けどね、同時にしってほしい。本当のことは、さまざまな情報をあつめて、物事を立体的にとらえないとみえてこない。君のしってる彼の事、彼が誰にも言わない彼自身の事、ぼくがきみにおしえる彼の事、彼の仲間が知ってる彼の事。ほかにもいっぱい、情報のカケラを集めて。そして判断して」


 生き物は、多面性で出来ている。本当のことは、様々な視点を吟味しなければ何も理解した事にはつながらない。

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