第4話 警告/予兆
私が掲示板についた頃には、クロバルトさんが既にどの依頼にするか決めていた頃だった。
「遅かったな」
「数分なので遅くないですー!」
「数分なので遅いでーす」
思いっきり頭を掴まれ、わしわしと乱暴に撫でられる。私に身長があれば……! 同じ目に合わせてやる! あと何年か必要かって話になるねやめよう解散。
「ところでクロバルトさん、どんな依頼内容にしたの?」
「モンスター一体の討伐だ」
「一体って事は……強い?」
どうしよう。一体とかってなんだか強そうな気がする。ちらっと他の依頼を見たけど、基本複数討伐っぽいから余計になぁ。
あぁぁああ……初討伐で死にたくないー! 初依頼で大怪我したくないー! いかんせんシスターなので回復専です。一応、教会の守護聖女様の影響として、剣術を覚えるという教義がある。
そのためちょっとは剣術できるけど。殺生がダメな流派じゃないから、近くの森で動物狩ってご飯にしてた程度には。うぅん、我ながら情け無いなぁ。
「戦うのは俺だ。アリウム嬢は俺の軽度の回復しながら邪魔をしなければいい」
おっとこれは、大人しくしてないと死ぬのかも。ではお言葉通り、大人しくさせて頂くとしますかね。……でもそれって役に立つより、お荷物な気がする。ちょいちょいクロバルトさんが、剣の稽古してくれるから実力差は知っていたけど、そうだよなぁ。しょんぼり。
などと私がしょげていたら、彼は私の背中を軽く叩いてこう言ってくれた。
「アリウム嬢が居てくれるだけでいい」
はぁ、こうして世の中のマダムを骨抜きにするんですねぇ。貴方が居てくれるだけで強くなれるみたいな。結構ロマンチックなんだよなぁこの人。……並行世界か前世でも何かを大量に口説いてそうだな。
何故か浮かぶのが家庭菜園の野菜達相手にだけど。昨日、ドライフルーツならぬドライ野菜を彼がうちに持ってきてたせいだわ。
うぅん。でもこんな状況が今後続くと嫌だなぁ。……そうだ!
「ねぇねぇクロバルトさん! 私ずっと足手纏い嫌だからさ、この依頼が終わったらビシバシ鍛えて下さいよ!」
「ほう?」
「クロバルトさんみたいに強くなったら、きっといっぱいいっぱい役に立てると思うんです! クロバルトさんを助けられると思うんですよ!」
私がピョンピョンとエビの様に跳ねると、彼はいつにも増して嬉しそうに笑っているではないか。よ、良かったぁ。笑ってくれて私もなんだかとても嬉しい! 思わず釣られて笑顔になっちゃう!
「そうだな。君を強くするのは楽しそうだ。けど、俺の特訓は手厳しいぜ?」
「うっ……! が、頑張る!」
「よろしい」
私はこの時夢中になって、気付いていなかった。クロバルトさんは確かに笑顔だったけれど、あの紅い瞳が濁り切っていたことに。
◆◆◆
私達は依頼の受付承認を、専用カウンターで行う。一瞬だけカウンター席のアルビノのお兄さんが、不安そうに私の方を見つめてきた。
「クーくんさー。こういうのよくないと思うよ? ねぇーアリーちゃん?」
「アリーちゃん?」
初対面でいきなりあだ名をつけられるとは思わなかった。名前を知ってるのはおそらく、従業員連絡でもされたのだろう。
わかる。うちもお得意さんは皆で顔と名前覚えようねってしてますから。
一方でクロバルトは、案の定相手に塩対応。
「いいからエイガ、承認しろ」
「ちゃんとアリーちゃん守らないと承認しませーん。ねー? あーくん!」
エイガさんが後ろに振り向くと、そこには書類の山に隠れた緑の……巨大マリモ? あ、違う。人間の頭部だ!
「うっさいエイガ。今書類整理で忙しいから話しかけるな殺す」
「ぴえんぴえん。ボクのあーくんが超ドライだよぉ〜。クーくんもそのうちアリーちゃんに絶対零度対応されそうだよね!」
ころころと表情が変わる人だな、エイガさん。あーくんさんに塩対応されたら泣いてたけど、すぐに機嫌を直してクロバルトさんに毒舌吐いてる。切り替えが凄まじい!
「お前達の茶番など興味無い。それに、アリウム嬢は俺が居る限り守れる」
「クーくんさぁ、生きづらそうな性格してるよねぇ。難儀ってやつだねぇ。うぅん……しょうがないなぁ。はい、承認」
エイガさんは何処か不満気ながらも承認してくれた。やっぱり、私が死にそうなのかな。
「あの、エイガさん。どうして承認を渋ったんですか? やっぱり私が実力不足だから……」
「違うよ」
スッパリとそれを言い放ったのは、さっきの緑マリモもといあーくんさんだった。
「エイガが承認したく無いのは、そこのクロバルトのせいさ」
「……理由を聞こうじゃ無いか」
あーくんさんの言葉に、クロバルトさんは不満気ながらも聞こうとする。うぅ、さっきからこの二人妙に空気を重くするから嫌になっちゃうなぁ。
「クロバルト、アンタは渇いた血の匂いがするんだよ。だから皆警戒してる」
「お前のその口は俺の生まれを侮辱しているのか?」
「アンタの生まれは関係ないよ。あんたの業だよ業。自覚あるんじゃないの?」
あーくんさんの言葉にクロバルトさんは……ため息をこぼすという態度で返す。
「俺のこれのどこが業だ?」
「……そう、そういう自認になったんだね。うん無理、僕の手には追えないわ」
あーくんさんは手をヒラヒラと振り、降参の意思表明をする。なんだろう、今日はやけにクロバルトさんの周りからの評判が良くない。街や教会では、天然だけどいい人って好評なのに。ここだけ妙に異質だ。
クロバルトさんは気分が良くないのか、再び私を俵担ぎしてギルドから外へと出て行ってしまった。どうしよう、どう言えばいいんだろう。
などと思っていたら、いつの間にか馬車に乗せられ、目的地に向かっていた。やっぱり、身長が大きいと一歩一歩が大きいから移動が早いのかな。それとも私がぼーっとしすぎているせいなのかな。
「ねぇクロバルトさん! わっ……私が足手纏いなら見捨てて良いからね!」
思わず、心にも無い謎の励ましの言葉を言ってしまう。正直言うなら見捨てないで欲しい。見捨てられた瞬間に死ぬ気がするんで!
すると、クロバルトさんはどこか気怠げにさらりと返す。
「死にたいのか?」
どこからどう聞いても「お前、見捨てたら死ぬぐらい雑魚じゃん」のニュアンスだった。知っておりますぅう! くそう! 悔しいわよ!
「死にたくにゃい」
「素直でよろしい」
素直になった瞬間、右頬をツンツンぷにぷにされる。なんだなんだ、ささくれ心をヒーリングしたいのか? 良いぞ!
と、無防備でいたら、また彼にカラカラと笑われた。ツボがわからないわ……。
「くくく! あっはっはっは! 本当に君は……はぁ」
「シスターだからね! 癒すのは得意です!」
「ははは! 意味違うだろっ……! くくっ!」
ゲラゲラと腹を抱えて大爆笑。なんだか失礼だが、彼が元気になってくれるならこれはこれで良いか!
「はぁ……はぁ……あー、笑った。ありがとうな、アリウム嬢。君は俺の癒しだよ」
感謝された。それがとっても嬉しくて、役に立てたのがとても楽しかった。
「癒し手だからですね! えっへん」
「いや、それはつまんない」
真顔で返された……めちゃくちゃ悲しい。辛すぎる。そしてビンタしてやりたいと思いました!
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