第3話 冒険者になる

 クロバルトさんに俵担ぎされたまま、冒険者ギルドに到着してしまった。まぁ、楽ちんで便利だったけどね。


「そろそろ下ろすぞー」

「はぁい」


 スルスルと丁寧に下される。おそらく、シスター服のワンピース部分が捲れない様にしてくれたのだろう。しかし、私はスパッツを履いているので全然平気なのであった!

 ともあれ、仲良く手を繋いでいざ冒険者ギルドへ! たのもー! と扉を開けたところ、受付の見目麗しい女性に笑顔で微笑まれた。

 すごい、美人さんである。右目が隠れた片目隠れのウェーブの髪を左側で優雅に三つ編み。髪の毛と同じ、オレンジ色の綺麗なまつ毛が映える紫の瞳。

 胸はないけど青い高貴そうなコートを、おしゃれに肩で羽織ってる。スレンダー美女だ。……ん? でも女性にしては身長高いしガタイがいい様な?


「あらまぁ、可愛らしいお二人ね」


 声が男性でした。いや、こんな見目麗しい女性の声が男性だなんて。別の方の声を間違って聞いたのかも知れない。

 私は気になり、クロバルトさんの腕をぐいぐい引っ張りながら受付に向かう。


「どうした。アリウム嬢、そんなに急かして」

「ええと……お姉さんこんにちは!」


 私がお姉さんと呼ぶと、その方はとてもとても嬉しそうな笑顔で気持ちよく返事を返してくれた。


「あらあらまぁまあ! こんにちは可愛子ちゃん。うふふ、お姉さんだなんて。そこの引っ張られてる真っ黒けの騎士様は一度も言ってくれなかったのよ。とっても嬉しいわぁ」


 お姉さんはオネェさんでした。男性だけど恐らくは性自認が女性のタイプ。でもすごいな、とても美人だな。やっぱお姉さんのままで呼びたくなる。

 一方のクロバルトさんは「いや、男だろ」と言った瞬間、眉間に羽ペンを刺されそうになってて避けてました。世の中言わなくていいことが有るんだね。


「もぉぉおほんっと、クロバルトちゃんは失礼ね。改めて、お嬢ちゃん。私はセツナ。この冒険者ギルドの支配人であり看板娘で受付嬢よ」


 すごい……称号キメラだ! 様々な称号がチグハグになりつつも妙にマッチングしてる! でもセツナさんだからで納得できそう! 恐るべしオネェさん!


「私はエルス教会のシスターのアリウムです。無性別なのでお嬢ちゃんじゃなくても大丈夫です!」

「そう? じゃあアリウムちゃんって呼ばせてもらうわね。無性別ってことは、うちのエクロスちゃんと仲良くできそうねぇ」


 セツナさんが楽しそうにしていると、私よりちょっと背の高い人物が彼の背後から現れる。

 薄緑色のセミロングに、深緑の可愛い服。パッチして愛らしく大きい青い瞳。この人がエクロスさん?


「セツセツさん。エクロスは今日はお出かけなのです」

「あらまぁ、そうだったわね。ありがとう、ルキノアちゃん」

「ルキノアはお手伝いさんですから! 初めましてさんにもご挨拶するのです!」


 私より少しだけ背が高く、何歳か年上そうな人物……ルキノアさんはこちらを見てにこりと笑う。なんというか、全体的に愛らしい人だ。


「こんにちはおチビさん! ルゥはルキノアと申しますです」


 前言撤回。誰がチビだ! 一応これでも140cmはある! 大体相手は150ぐらいだろうに! それとも180超えのクロバルトさんと横に並んでるから小さく見えるのか⁉︎


「小さくないです!」


 私は机に両手をバシバシと叩きつける。するとルキノアさんははわはわと慌てふためいているではないか。人にいっちゃいけないことはあるんだぞ!


「ごっ、ごめんなさいなのです」

「ルキノアちゃん、伯爵に習わなかったの?」


 優しく宥めるセツナさんの問いに、ルキノアさんは狼狽えながら「トトはそんな事教えてくれなかったのです! トトは酷いのですー!」と、伯爵やらトトやら言われる人物を非難していた。うーん、これは流石に私の過剰反応だった気がする。謝ろう。


「えっと、ルキノアさん」

「ぴぃ!」


 鳥だけにチキンってか。いや、そういうのは置いといて!


「見た目気にしてそうな人に、そういうの言っちゃダメです。お勉強になりましたか?」

「はいなのです。ごめんなさいなのです。とてもとてもお勉強になりましたのです」


 私がゆっくり諭すと、ルキノアさんは少しだけ涙目になりながらペコリと謝ってくれた。おそらく、とても素直で純粋な人なのだろう。

 一方でクロバルトさんが、この空気を断ち切る様にセツナさんに話しかける。


「セツナ、この子とPTを組みたい。冒険者として登録してあげてくれ」

「うふふふふ。嫌よ」


 まさかの二つ返事でNO。何故? や、やはり私がチビ助だからか!?


「クロバルトちゃん、貴方……この子を守れるの?」

「守れるさ。それにこの子は人の役に立ちたいと言っている。理想の人材じゃないか」


 クロバルトさんは何故か羽ペンを勝手に使い、名簿に私と自身の名前を記入する。私はちょっと自分の字に自信がないので、綺麗な字を書くクロバルトさんが書いてくれてよかったけど。

 いや、でもそれ本人が書くもんでしょうに。


「クロバルトちゃん、私が嫌いな物知ってるかしら?」

「興味がない」

「そう。じゃあ私は貴方の味方をしないわ。きっとエイガちゃんもね。伯爵は知らないけど」

「どうでもいい」


 私が目の前で見せられた二人のやりとりは、親しい間柄に行われるそれではなかった。セツナさんがクロバルトさんに必死に何かを訴えようとしている気がしたけど、肝心のクロバルトさんは……冷めている。私が今まで見たことがないくらい、酷く無関心で冷めていた。

 ……やはり、さっきの偽善云々で怒らせてしまったのだろうか?

 クロバルトさんは受付を離れて、掲示板に向かう。私が急いで追いかけようとした時、セツナさんに右肩を掴まれて咄嗟に振り返る。


「えっと、セツナさん?」

「アリウムちゃん。何かあったら、誰でもいい。誰かにこの言葉を伝えて」


 こっそりとそれを、手渡される。それは折り曲げられた紙切れ。こっそり開けようとしたら、セツナさんに「今はダメ」注意された。


「大丈夫。おまじないをしたから、その時になったら紙がなくても貴方の脳裏に浮かぶわ。けど、この紙はお守り」

「お守り?」

「えぇ。大事にしてね」


 セツナさんはどこか不安そうな笑顔で私の右肩を離してくれた。

 あぁ、そうか。ここは冒険者ギルド。いろんな種類の討伐があるんだ。中には怪我や瀕死……最悪死ぬケースもある。だからこうして新人皆に渡してるのか。すごいな。

 私は一人納得し、クロバルトさんの元へと向かっていった。


◆◆◆


「……セツセツさん。本当に良かったのですか?」


 ルキノアは不安そうにセツナに語りかける。セツナもまた不安を交えつつも、ルキノアに優しく言葉を返した。


「私の出来るのはこれだけよ。それよりも、ルキノアちゃん。貴方はどうするの?」

「…………ルゥは……もう、あの悲劇は嫌です」


 惨劇、ルキノアから出たその言葉をセツナはしっかり噛み締める。ずっと昔の自分達の業績と業。それを思い出していた。


「そうね……私も、エクロスも、エイガちゃんやあけびちゃんもきっとそうね」


 セツナはまるで、見守る様にアリウムを見つめる。あの子の苦痛が少しでも訪れません様にと。

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