第2話 それを目指す過去

 私は訳も分からぬまま、クロバルトさんに俵担ぎされる。何をやってるのだこの人は。


「あのー、クロバルトさん。つかぬ事をお聞きしますが……何してるんです?」

「冒険者ギルドに行くぞ」

「私まだうんともすんとも言ってませんよねぇ!?」

「……人助けができる」


 うん? なんと? 今何とおっしゃったんだこのお人は。

 彼は穏やかな声で私にはっきりと告げる。


「神父殿や他のシスター。それに孤児達からよく聞いた。君は人の役に立つのを生き甲斐としていると。人を助けたいと」

「そ……そうですが」


 私は、戦争孤児だった。私が3歳の頃に戦争で両親を亡くした。周りにも同じような子供が居て、子供を亡くした親が居て。私と同じように皆……大事な物を亡くした。

 

 幼い私はお父さんとお母さんを呼んだけど、燃え上がる炎の中から出てくることはない。

 後に知ったのが、私達の住んでた村は偶然紛争地帯に巻き込まれただけだったらしい。ただの、不幸の偶然で、大魔術師様が味方の方々を助けようとした魔法防壁の範囲に入らなくて。

 敵の、魔王軍の大魔術に巻き込まれた。それだけ。たったそれだけで私の両親やあの人達の大事な人達は死んだの!?


 10歳になって、それを知った私は神父様やシスター達に泣き叫んだ。癇癪を起こした。

 大魔術師様がもっと強い魔法防壁を、沢山貼ってくれたら私達は大事な物を失わなかったと。強く強く何度も叫んだ。

 私達の第一発見者だったのは、まぐれもなくその大魔術師様とその付き人で回復役だった神父様なのに。

 大魔術師様もといシスターマザーは、何度も謝ってくれた。ごめんなさい、ごめんなさい。貴方達は私をゆるなさないでくれていいと。


 見つけるタイミングが都合が良すぎると、周りは彼女と神父様に義心の目を向けていたらしい。実際私も向けていたのだ。

 彼女達は、何も知らない私達を騙して育てたんじゃないかって、力一杯叫んだ。

 すると、彼女の娘であるシスター長に強くビンタされて、泣き叫ばれた。


「お母様とお父様は嘘の情報で踊らされたの。上層部の罠で、冤罪を掛けられて田舎に厄介払いされるために! 幻術効果のある偽の地図を、国王陛下から直々に渡されて……地図上にも視界にある風景にも……貴方達の村を消した上で! それを、何も知らないで!」

「やめてアンジェリカ! この子に知らせなかった私達の罪よ!」


 私はびっくりして、痛くて、さらに泣いた。けど、それ以上に普段滅多に怒らない、優しいアンジェリカさんを怒らせてしまったことが悲しかった。

 私が知る限り、アンジェリカさんも、シスターマザーも神父様も……私達を騙す人ではない。教えなかったという意味では騙していたのだろう。


 けれど、なぜ教えなかったのか。今は少しだけわかる気がする。


 彼女らは買収されていたのではない。利己的に除外したのではない。自分達が無実だと証明するものが、なかったのだ。

 偽の幻術効果のある地図は、間者の手によって燃やされたらしい。証拠隠滅だ。そもそも味方内部に間者が潜んでいた地点で、彼女らは騙されていたに過ぎない。


 そもそも、大魔術師だったのに幻術に気づけなかったのも、恐らくは……王宮魔術師様が絡んでいたらしいと神父様は言っていた。

 魔術師にはランクがある。初級魔術師、中級魔術師、上級魔術師、魔術師、大魔術師、王宮魔術師、魔法士、大魔法士。

 他の魔術は見た目で属性が分かりやすい。だから自分のランクより上でも分かりやすいが、幻術だけは別だと。幻術はそもそも、対象に幻術だとバレてはいけない。だからこそ、術者以外に分からないように進化したのだと。

 上になればなるほど、術が解けるまで術者以外に分からなくなる。……クソッタレ。


 事実を知れば知るほど、私は世の中の理不尽を感じた。だって結局私の近くに、私の身分で責め立てられる人物なんていなかったのだ。

 国王様が悪い。と、言えたらいいのに。でもそんな事をすれば私の首が飛ぶ。

 いや、それ以上に国王様とて理由があった気がするのだ。アンジェリカさんが言っていた「何も知らない」はきっとダメだと思う。


 それからだ。私は人を助けたいと、その為に人の事を知りたいと思ったのは。

 私が相手を知って、私が助けれる範囲で助けたい。


「俺は、君のそれは偽善だとおもう」

「あぁん!? 」


 おっといけない。つい脊髄反射でメンチを切ってしまった。でもですよ? 人が大事に大事にしてる志を偽善と申すか? 無礼じゃん?


「お嬢さんがはしたない声出すな」

「私は無性別なのでノーカンです。というより、ぶっちゃけクロバルトさんが超失礼なんですけども!」


私はジタバタと暴れ抗議する。しかし、クロバルトさんはノーダメージなのかとスタスタと歩き続ける。おのれぇ! これじゃ私はまるで猟師に釣られて元気に暴れる行きの良い巨大魚じゃないの!


「いいか、アリウム嬢。俺は偽善とは言ったがやるなとは言ってない」

「まずはその偽善の偽を抜いてからおっしゃられては如何です⁉︎」

「…………」


 おや、黙った。暗黙は認めた事になるぞ!


「君は、君のその考えが、完全なる善だと思ってるのか?」

「うん。私は、相手を知って助けたい! その気持ちに偽物なんてない! だから偽善だって言わないで欲しい。神父様やシスターマザーやアンジェリカさん達みたいに、なりたい」


 もう一つ。彼女達が私に真実を早く教えなかった理由は……、私の心を守る為。

 幼いとは言え、あの事実をもし3歳そこらで知っていたら私はきっと……。人に対して心を閉し、何も信用しないまま世の中に絶望して生きていたかも知れない。心を壊していたのかも知れない。

 真実を知った時も、裏切られたと思って、強いショックはあった。けれど、その前に優しくしてくれた記憶があったから、どうにか立ち直れた。

 それが無かったら……考えたくもない。


 私の言葉を聞いたクロバルトさんは、なぜか一瞬だけ険しい表情を浮かべる。え? 何?私は彼を怒らせる様な事を口にしたの?


 けれど、すぐいつもの笑顔に戻っていった。なんだろう、いつも思うのだけど、この人はわからない。

 分かろうかと何度も試みてはいた。いつものやり取りのついでに好きな事とか、嫌いな事を聞いたこともある。けれど全部はぐらかされた。

 いや、天然で料理が効率厨でマダムキラーなのは知ったけど。逆に言えばそれ以外が分からない。年齢もだけど、どこに住んでいるのか、どこの騎士団の騎士様なのかも。


「アリウム嬢、だとしたら俺の事も知りたいか?」

「えっ」


 一瞬、心を読まれたのかと思った。けれど、同時にチャンスだと。彼の事を知れば、彼の事も助けれると。彼の役に立てると。

 いつも会いに来てくれるお礼ぐらいしたい。だから――。


「うん! 知りたい! それとクロバルトさんの役に立ちたい! いつも会いに来てくれるお礼!」

「あははは! あっはははははははは!」


 何故か分からないけれど、クロバルトさんは大爆笑している。う、嬉しいのかな? それにしてはなんか……違和感を覚える様な気がする。


「そうか。くくっ……じゃあ、今日受ける依頼が終わったら全部教えるか!」

「えっ!? いい!? っていうか、冒険者になるのは決定事項なの⁉︎」

「人の役に、俺の役に立ちたいんだろ?」


 にっこりと、よりにもよって私が一番好きな笑顔で笑われる。こうなったらもう、大人しくハイというしかない。

 けれど、同時にワクワクしていた。私はもっと人の役に立てるんだと!


 最低な日が始まるだけだったのに。

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