第14話(最終話)世界で一番お熱い師弟


「お師匠様! お師匠様!!」


 という顔をして、レイシーが駆け寄ってくる。


 いけない、いけない。


 そう思っているのに口に出せない。


 両腕でレイシー抱き止める自分の口からは、思いもよらない言葉が飛び出してくる。


「このときを、待っていた……」


「やりましたねお師匠様! 遂に、お師匠様の願いが――」


「その魂、貰い受けよう」


「……!?」


「レイシー。お前の魂はこの魔術師の元に来てからというもの、様々な変化を見せ、私を楽しませてくれた。その眩さ、幸と不幸のない交ぜになった儚さ故の尊さは、今まで何度刈り取ろうと思ったかわからぬ。だがしかし……散々我慢してきた甲斐があったというものよ」


「ま、待って! 私はまだ、お師匠様としたいことが沢山――!」


「嘘をいえ。ずっと見てきた私にはわかる。魔術師の心を手に入れた今、この瞬間。お前はいかにも美しい……!」


 驚きに固まるレイシー。

 妖艶な笑みを浮かべ、魔王は魂を引き抜こうとレイシーの懐に手を入れようとした。


 その時――


「ぬ……!?」


 鋭い痛みが走る。

 伸ばした手とは反対の自身の左手が、短剣で脇腹を刺したのだ。


「おのれ……ヨハンか!」


『復讐は終わった。お前にもう用は無い……いい加減、俺の中から出て行けよ』


「私という存在を失えば、邪なる元素を動力にすることはできなくなるぞ!? そうなれば、ゆくゆくは動けなくなる。それでもいいというのか!?」


『ハッ、心中上等。弟子に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシだ。一緒にくたばってもらおうか! 魔王!!』


「貴様ァ――!」


 目標達成を前にして焦りが出たのか、彼が意識を取り戻しかけていたことに注意を払えなかった。身体の主導権がヨハンに奪われる。


 と、同時に。ヨハンは口から血を零した。


「ごほっ……痛ったいな……」


「お、お師匠様!?」


「レイシー、よく聞け。時間がない。俺はこのまま、魔王と心中する」


「え――」


「俺の身体が動かなくなれば、魔王は出てこられない。奴はおそらく邪なる元素を使ってこの身体を無理にでも再生、動かそうとするだろう。そうなる前に心臓を一突きにして、即死する」


「ま、待って――!」


「どうしてレイシーが魔王と魂の契約なんかしているかは知らないが、どう考えても俺のせいだろう。俺がいなければ、レイシーは魔王に会うことなんてなかったんだから。その責任は取る……」


「ち、ちがうの! お師匠様、ちがうの!」


 言葉を絞ろうとするが、目の前に迫る喪失という恐怖に唇が震えて開かない。


「すまない、レイシー。俺はどの道長くないんだ」


「??」


「この身体は、魔力と邪なる元素を源に動いている。俺が復讐を遂げ目的を完遂したあとは、その『復讐』という邪な原動力が失われ、次第に動かなくなっていく。そういう風にできてるんだよ」


「で、でも! 魔力と邪なる元素さえ補充できれば……!」


「そんな邪に満ちた世界、俺は望んでいない。ヒルベルトさえ倒せれば、魔王と一緒に消えるつもりだった。だから、これでいいんだ」


 愕然と自分を見つめる弟子に、師は笑った。


「ごめんな、レイシー。最後まで、面倒みてやれなくて……」


 そうして、そっと頭を撫でる。


「胸を張って生きろ。お前は俺の……自慢の弟子なんだから」


「お師匠様ぁ!!」


「じゃあな」


 ――『幸せに、なれよ……』


 そう呟くと、左手の短剣で胸を一突きにした。

 鈍い音を立てて沈みゆくナイフ。柄の根元からは赤黒い血がどくどくと泥のように流れ出てくる。


「やだ! やだ! お師匠様ぁ!! 【癒せヒール】!!」


「…………」


「【癒せヒール】! 【癒せヒール】! 助けて! 誰か助けて! 【今、再びリザレクション】!!」


 恐怖で冷たくなった手を支えるように、その隣から、そっと指が添えられた。

 レイシーの肩付近でふわりと揺れる栗色の髪。


「生命を司りし父よ、母よ。今ひとたびこの者に立ち上がらせる勇気を。祝福を授け給え――【今、再びリザレクション】」


「アメリアさん……」


「逝ってしまってはダメ。どうか帰って来て、ヨハン……」


「「【今、再びリザレクション】……!!」」


 ふたりは、声が枯れるまで唱え続けた。


      ◇


 魔力が空っぽになり、声も擦れて出なくなる頃。

 アメリアはヨハンの心臓から手を離した。


「ダメ……これ以上は、何回やっても……」


「ま、まだです! 私はまだやれま――けほっ、こほっ……!」


「レイシーちゃん、少し休んだ方が……それに、ヨハンももうこんなに冷たくなってしまって……」


「お師匠様の身体がひんやりしてるのは、いつものことです……まだ、大丈夫……」


「レイシーちゃん……」


 青ざめたヨハンの身体に必死で回復魔法をかけ続けるレイシーに、掛ける言葉が見つからない。


 しかし――


「そうだ――三回復活の呪文……」


「え――?」


「リザレクションの効果は通常、死後数分以内にかけなければ蘇生ができないと言われているわ。でも、ヒルベルトが先代の王より授かった『三回復活の呪文』は、どんなに酷い怪我でも、時間の経過に関係なく『死』に反応して『蘇生』が行われると聞いたことがあるの」


「それって――」


「王家に伝わる秘術のひとつよ。ヒルベルトは旅立ちの日に先王よりその祝福を賜ったと。もしそれが本当なら、秘術書がまだ城に眠っているかも……!」


 僅かにさした光明に、レイシーは思わず立ち上がる。


「じゃあ、それを使えば――!!」


「でも、王家の血を持つ人間はヒルベルトが全員殺してしまった……いい考えだと思ったのだけど、これじゃあ打つ手が――」


 しょんぼりと俯くアメリアの手を、レイシーは引く。


「私、王家の人間です! 生き残りです! 僅かでも可能性があるのならやってみましょう! 書庫はどこですか!? 早く! 早く案内して!!」


「え? 生き残り……? そんな話――」


「いいから! 早く!」


 そう急かすレイシーの目は、未だ諦めていなかった。

 いや、そうではない。

 何があっても諦めないという、強い意思を灯していた。


 その想いに、絶望と後悔に打ちひしがれていたアメリアの脚が力を取り戻す。


「わかったわ、やりましょう。書庫はこっちよ!」


      ◇


 王家の者しか立ち入れないという禁書庫。ヒルベルトの亡骸から鍵を入手したアメリアは、その権限を自分に移し替えて扉を開いた。


 中はまるで美術館のような造りになっていて、ひとめで貴重とわかる古びた本が展示されている。


「間違いないわ。これね……」


 レイシーは、『何かあったら困る』と言ってヨハンの傍に置いてきた。

 彼が身を挺してまで守ったあの子に万一があれば、自分はこの先後悔と自責で生きた心地がしないだろうから。

 しかし、予想に反して禁書庫に罠等は無く、急いでレイシーの元に戻る。


「ありましたか!?」


「ええ、これを――!」


 ページをめくって『三回復活の呪文』についての記載を探す。

 すると――


「あった! これだわ!」


 文献によると、『三回復活の呪文』は王家の人間にのみ使用できる秘術であり、それには玉座の間に施された天井の魔法陣と王家の魔力を反応させて対象に加護を与えるというものだった。


「でもこれ……膨大な魔力が必要で、普通なら先王から代々伝わる宝玉の魔力を利用しないといけないって書いてあります……」


「王家の宝玉? ちょっと待ってて」


 アメリアは玉座の間に放置していたヒルベルトの亡骸の懐を探る。


「これ、かしら……?」


 見ると、宝玉の表面は融解してヒビが入り、中から魔力が漏れ出しているのがわかる。


「ヨハンの最後の攻撃を、これが緩和していたのね……」


 王家の宝物に最期まで守られていたヒルベルトに何ともいえない気持ちになりつつも、それを持ってレイシーの元へと帰った。


「レイシーちゃん、これを――さっきまで回復魔法をかけ続けていたせいで失われた魔力をある程度は補えるはずよ。私も手を添えて、残った魔力を全部、あなたにあげるから」


「魔力を全部、ですか? でも、そんなことをしたらアメリアさんだってただじゃあ済まないんじゃ……」


 その問いに、アメリアは微笑んだ。


「いいの。たとえ私の魔力が枯渇して生命活動に支障をきたしても。それで私が死ぬことになったとしても。ヨハンを救うことができるなら、私は本望よ。それが彼への償いになるとは思っていないけど、せめてそれくらいさせて欲しいの……」


 『お願い』と請われ、レイシーは頷いた。


「じゃあ、やりましょう。アメリアさん、お師匠様の心臓に宝玉を置いて、その上から手を当ててください。私は更にその上から手を当てて、詠唱します」


「頼んだわ、レイシーちゃん」


 こくりと視線を向けられ、レイシーは詠唱する。王家に伝わる秘術を。


「――来たれ、来たれ、来たれ。幾度膝をつこうと我らは彼の者の傍にあり。星は導きと共にあり。その輝きは鼓動となりて、再び彼の者を立ち上がらせん――」


 ふわりと宝玉に光が灯り、レイシーの手にどくり、と僅かな鼓動が届く。


(いける……!)


 更に魔力を込めるとその光は次第に輝きを増していった。

 しかし、ときが経つと共にその輝きが薄れていく。


「そんな、どうして……!?」


 落胆と同時に、自身の呼吸に乱れが生じていることに気づく。


「レイシーちゃん、さっきまでの回復魔法で魔力を使い過ぎたんだわ……そのせいで、足りなくなってる。かくいう私もこれ以上は意識が保たない……!」


 ふらり、とアメリアが倒れた。


「ごめんなさい、ヨハン……最後まで、あなたの為に何もできなくて……」


「アメリアさん!」


(魔力が足りない!? どうしよう、あと少しなのに……!!)


 『誰か、助けて――』


 縋るように周囲を見渡すと、胸元で光るネックレスが目に入った。

 同時に、師の言葉が蘇る。


『俺の魔力をコツコツ貯めて作った守りのネックレスだ。それを握って魔力を込めている間は、超強力な防御魔法が展開する。絶対に手放すな――』


(お師匠様……!)


 最後の力を振り絞ってネックレスを握りしめると、心臓に灯っていた光が溢れ、ヨハンを包み込んだ。


「――――あ。」


(…………!!)


「俺、は――?」


 目を覚ました彼を、レイシーは思い切り抱き締めた。


「お師匠様! お師匠様!!」


「レイ、シー……?」


「よかった、よかったよぉ……! うわぁあああん…………!!」



 一度目は無念のうちに処刑され、二度目は愛する者の為に失ったその命が。

 三度目の目覚めを迎えた――



      ◇


 ある晴れた日。街は、お祭りムード一色だった。


 教会は祝福の鐘を鳴らし、白亜の城のテラスからは色鮮やかな花弁が舞い降りてくる。街のいたるところで音楽が流れ、老いも若きも、この日ばかりは身分の差すら忘れて歌い、踊っていた。


 かの悪王ヒルベルトが崩御し、アメリア妃が即位してから、今日で一年になる。


 新たに即位したアメリア女王は、美しく、心優しい為政者だった。

 夫であったヒルベルトの犯した罪を認め、傷つけられた多くの民に謝罪し、贖罪のために日々公務に励んでいる。

 そんな彼女を支えるのは、まだ幼い彼女の息子たちだ。

 三人いる王子は皆勤勉で、仲睦まじく家族で支え合いながら国の復興に尽くしていた。


 ヒルベルトの崩御と同時期、何故か魔族による侵攻も沈静化した。

 街の者たちは口々に『ヒルベルトが魔王と繋がっていたのでは?』と噂をしたが、誠実なアメリア女王の執政に感銘を受けた人々は口を閉ざしたのだった。


 そんな平和が訪れた街を、ふたりの魔法使いが歩いていた。


「あれから一年ですかぁ。早かったですね?」


 腰まである美しい金糸の髪を靡かせ、少女が男を見やる。


「でも、びっくりですよね。本当に『三度目の復活』をしてしまうなんて。身体の調子は大丈夫なんですか?」


「ああ、特に問題はない。流石は王家の秘術だな。身体をまるっと新しいものにしまうなんて。おかげで魔王は『二度目の俺』と共に消えてなくなったし、きちんと歳も取るし。街は平和で空気も綺麗! 素晴らしいな!」


「でも、私の力不足のせいで一回分しか効力を発揮していないんですよね? お師匠様は、次に死んだらもう生き返れないんでしょう?」


 心配そうに見つめる瞳に、魔法使いは笑った。


「あのな? 普通、人間なんてのは人生一度きりなんだ。今生きていられるだけで十分なんだよ。いくら俺達が魔法使いといっても蘇生魔法だって万能ではないし、だからこそ日々を大切に生きようと思える。それが身に染みているだけ、俺は幸せ者だ」


 晴れやかなその笑みに、少女もつられて微笑んだ。

 そんな少女に、男は尋ねる。


「なぁ、そういえば。一年前のあの日、魔王がお前に手を出そうとしていたけれど。あの契約はなんだったんだ?」


「え?」


「魔王はレイシーの魂を手に入れようとしていた。だが、レイシーは代わりに何を得るつもりだったんだ? 経緯はさておき、魔王と契約をしてしまうような見返りが、何かあったんだろう?」


「そ、それは――願いが、叶うって……」


「願い?」


「欲しいものが、手に入るって……」


「へぇ。魔王と契約するなんてよっぽど――で、何が欲しかったんだ?」


 その問いに、少女は顔を赤らめる。

 そして、首をぶんぶんと横に振ったかと思うと勇気を振り絞るように一度頷き、まっすぐに男を見上げた。


「お師匠様ですよ」


「は?」


「私……魔王と契約する代わりに欲しいものを聞かれて――お師匠様って、答えました。正確には、魔王に見抜かれちゃったんですけど……」


 恥ずかしそうに俯くその姿に、見ている男の方まで顔が熱くなりそうだ。


「でも、もう要らないですよね! 契約なんて!」


 にっこりと手を握る少女の手を、男はそっと握り返した。

 少し、いや、かなり恥ずかしそうに。


「…………だな」


 街のお祝いムードにも負けないような幸福に満ちた空気の中で。ふたりは歩く。


「ねぇ、お師匠様? 今日のお夕飯は何が食べたいですか?」


「うーん。なんでもいいが、強いて言うなら白身魚のポワレかな? それに、『師匠』はやめろと言っただろ、レイシー」


「でも、私にとってお師匠様はずっとお師匠様ですよ?」


「魔法使いとしてはもう一人前なんだ、もう師は必要ないだろう。それに、依頼で得た報酬であの寂れた娼館を買い取って始めたメイドの派遣業も、業績はうなぎのぼりだそうじゃないか。若くして経営者としてのその手腕。むしろ俺の方が師と仰ぐべきなんじゃ?」


「お師匠様、人を動かすお仕事は苦手ですもんね。自分ばっかり動いちゃうから」


「だってその方が早いし」


「そういうとこですよ?」


「いずれにせよ、俺を師と呼ぶ必要はないな」


「え~?」


 残念そうに笑ってみせる少女に、男は尋ねる。

 少し、いや、かなり気恥ずかしそうに。


「……名前で呼んで欲しいって言ったら?」


 少女は驚きに目を丸くし、これ以上ない笑みを浮かべた。


「え~? ど~しよ~うかなぁ~?」


「なんだその意地悪な顔は。ふん、もう二度と言わん」


「あ、拗ねないでくださいよぉ! 本当は、まだ『お師匠様』って呼びたいだけなんです!」


「どうして?」


 その問いに、少女は――


「私、夢があるんです」


「夢?」


「そう! お師匠様と一緒に世界中を旅して、色んな人に会って……そうして、私達が世界で一番お熱い師弟だって証明するんです!!」


「うわ。なんだその恥ずかしい夢」


「なんですかその嫌そうな顔~!! お師匠様のばかぁ!」


「そんなことより田舎でのんびり暮らそう。隠居生活こそが至高の贅沢だ」


「え~! 何それ枯れっ枯れ! おじいちゃんですか!?」


「枯れっ――!?」


「田舎って、なにもないじゃないですかぁ~」


(レイシーがいれば、他は別にいらないけど……)


 魔法使いはその心中を語ることはない。

 そんなことも知らず、ぽかぽかと男の背を叩く少女。

 幸せそうな彼らの声はいつまでも、花吹雪の舞う王都にこだましたのだった。



                               Fin







◇◇◇


※こんばんわ。ここまで読んでくださった方々、いつも応援してくださる方々、本当にありがとうございます。おかげさまで一作書ききることができました。これもひとえに皆様の応援のおかげです。


つきましては、もしよろしければレビューや☆評価、感想をいただけるととても励みになります。

頂いたレビューは次回作以降にも活かして参りますので、是非よろしくお願いします。

 

長くなりましたが、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。

今後とも是非、よろしくお願いします。



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魔法使いは娼館で十歳の少女を買った 南川 佐久 @saku-higashinimori

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