第8話 ~弟子視点~ 少女と悪魔と歓楽の街
~レイシー視点~
雨降りの儀式と勇者像の破壊という依頼を無事にこなした私達は、それから数日、竜神祭りに沸く町でお祭りを楽しみ、お世話になったレーゲンバッハを出て行くことになった。
お祭りで買ったお土産が入ったリュックは屋敷を出た時よりも少し重くて、それがなんだか嬉しい。
(お師匠様と見た花火、とっても綺麗だったなぁ……)
夜空に上がる祭りの花火を見て歓声をあげる私に、お師匠様はそっと右手を差し出した。
てっきり手でも握ってくれるのかな? なんてロマンティックなことを期待していると、その手に火の元素が集まって、小さな花火を作ってくれたの。
風や土の元素を同時に操って花火の素になる元素を変えているのか、小さな花火は次から次へと形を変えて、様々な色を私に見せてくれた。
ドヤ顔で。『こっちの方が綺麗だろ?』って……
まさかとは思うけど、お祭りの花火に嫉妬したのかな?
(お師匠様、たまに子どもっぽいところあるんだよね。なんか可愛い……)
思い出して笑いそうになるのを堪えながら、私は尋ねた。
「次はどこへ行くのですか? お師匠様?」
「んー、そうだなぁ。街道沿いならどこでも構わないが、レイシーはどの町に立ち寄りた――」
ふらりと、隣でお師匠様がよろめく。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
身体を支えるように抱き止めると、おもむろにぎゅうっと抱きしめられた。
「は、はわ!? お師匠様!?!?」
「レイシー……」
「ななな! なんでしょう!?」
「このあいだの舞は、綺麗だったぞ」
「あ、ありがとうございます……?」
(まさかお師匠様、遂に私の色香に気づいて……!? 町中だと人目があるから、出るまで待ってたの? これって、すごい進歩ですよね!? 恥ずかしい巫女衣装を着た甲斐がありました……!!)
あんな露出度の高い衣装で喜んでくれるなんて、お師匠様もやっぱり男の人なんだなぁ……って。
思った私がバカでした。
「さすがは、私の見初めたオモチャだ」
「……!?!?」
(目が、赤い……!!)
「悪魔!? どうして!? 満月の夜まではまだ時間があるのに!」
「さぁ? どうしてだろうなぁ? こいつがいつにも増して隙だらけなので、出てきてしまった」
「引っ込んでてよ! 私とお師匠様の旅路を邪魔しないで!」
「恋の旅路は応援してやろうと言っているのに?」
「うっ……! うるさ――!」
「ははっ。顔を赤くしながらすごまれたところで、愛いだけだぞ? ほれ、次の町まで抱っこしてやろう」
「えぇっ!?」
そう言うと、悪魔はふたり分の荷物を背にしょって、私をお姫様抱っこで抱え上げた。
(お、お師匠様の腕の中……♡)
って、違う、違う。
「待って! どこ行くの!?」
「よりヤミの濃い方へ」
「冗談言わないで!」
「冗談ではないぞ。ほれ」
悪魔が顎で示した先には、数十キロ離れた先に少し大きめな街がたっている。
風の元素で強化した、動物並みの視力でようやく見えるか見えないかという距離。
「では、行くか」
「へ――?」
悪魔が、跳躍した。
空高くジャンプしたかと思うと、次の瞬間。
「【――転移】」
街に着いていた――
「え? なに? 何が起こったの?」
まさかとは思うけど……
「瞬間転移術式だ」
「嘘でしょう!? だってアレは、お師匠様でもできない次元超越魔法の一種で、できる人間なんて――」
言いかけて、やめた。
「悪魔、だったわね……」
「理解が早いな。良き、良き」
にしても、この悪魔……本当にただの悪魔なのかしら?
いくら魔族が人間よりも元素の扱いに長けた存在とはいえ、次元超越魔法が使えるなんて聞いたことが無い。
種族によってはサキュバスの吸精みたいに固有の魔法を持つ者もいるみたいだけど、次元超越をする固有種なんて……
「さぁ、まずは物見遊山と参ろうか。この街、中々に良い
「さ、さいてー……」
もう、それしか言えない。
人の不幸をさも楽しいと言わんばかりに笑う悪魔の後について、私は酒場に入るしかなかった。
◇
そこは、私達の住んでいた村や前にいたレーゲンバッハよりも数倍大きな、ヴァーンヘイヴンという街だった。
ヒルベルト王の治めるこの国でも屈指の観光都市で、おまけに歓楽都市。
見たことのないお洒落なお店や高そうな雑貨屋が立ち並ぶ中、情報収集のため、一番栄えていそうな酒場に入る。
入ってみると、中はもう乱闘騒ぎだった。
喧嘩を止めようとした人、巻き込まれた店員、血だらけのまま未だに殴り合っている男の人達。そして、その様子をひとり静かに二階から眺めている綺麗な女の人がいる。
(わぁ……)
女の私でも思わず感嘆の息が零れる、絶世の美女。
胸元の大きく開いた夜色のドレスに身を包み、喧嘩の様子を酒の肴にワインを飲んでいた。
「ほぅ、これは……」
悪魔が何かを愛でるような眼差しで美女を見やる。
その視線に気が付いた美女は、こちらに妖艶な笑みを返した。
「いい女だな。私が取ってやろうか」
「冗談でも、お師匠様の身体で変なことしないで……!」
「それはお前の頑張り次第だな? この身体の主導権が私にあるときに性欲が溜まっていたら、うっかり手を出してしまうかもしれん」
「なっ――!」
「そうならないよう、お前が日頃から発散させておけ」
「それができたら、苦労しないです……で? どうして酒場に来たの?」
その問いに、悪魔はにやりと笑って、乱闘騒ぎの被害に遭わないようカウンターの隅で縮こまっていたウェイトレスさんの首根っこを掴んで引き摺りだした。
「おい女、どういう状況か教えろ」
(えええ~!? ちょっと、乱暴すぎ!)
私はすぐさま間に割って入る。
「あ、あの! 私達は旅の魔法使いです。この街は負の感情に満ちているから、何かお手伝いができないかと思いまして。この騒ぎ、何があったんですか?」
悪魔に女性を解放するよう促して、店の外に出る。
安全な店裏に移動すると、女性は語りだした。
「それがつい先日、街で一番の娼婦リリーが身請けされるという話になりまして。彼女はとても人気で太客も多く、今までどれだけお金を積まれても身請けを受け付けていなかったのですが……それが、突然……」
「で、この事態か」
ふむりと納得したような悪魔。
けど、私はちょっとわからない。
「あの、身請けされるのにどうして喧嘩するんですか? いくら揉めたところで、リリーさんは身請け主のものでしょう?」
「それが、身請けする主が誰かわかっていないんです。それなのに、ただリリーが身請けされるという話だけが流れて。リリーを欲していた人は大勢いましたから、皆が身請け主よりも多く金を出すからと迫っているのに、リリーは何も言わず、彼女のお客だった人同士がこうして日夜乱闘を……」
「えぇ~……それって、娼館としてはどうなんでしょう? 運営の仕方に問題があるのでは? そういう事情があるなら、普通身請け話は内緒にしませんか?」
「わからん。だが、おかげでこの街は日々治安が悪化し、リリーが街中を堂々と出歩いて目立ちすぎたせいで他の娼婦は儲からなくなった。更には平穏に暮らしていた男どもの目にリリーが入るようになり、世間の夫婦仲も悪化。至る所で負の感情が生まれているというわけか」
「え? どうして平和に暮らしていた家庭にまで影響があるんですか? あくまで娼館通いしていた人の問題でしょう?」
「ふっ。女のお前にはわからないだろうが、リリーという女。あいつは歩くだけで色香を撒き散らし、それに惑わされない男はいない。それぐらいずば抜けた魅力の持ち主だということだ」
ドヤ顔で女の良さを語る悪魔。できればお師匠様の顔でそんなことしないで欲しい。まるでお師匠様が女好きみたいじゃない? やめてよ。
そんなことを話していると、ウェイトレスさんはおずおずと口を開く。
「あの、おふたりは魔法使いなんですよね? なんとかできませんか? このままだと、いつかきっと私の彼氏も、リリーばかりを目で追うように……」
さめざめと泣き出すウェイトレスさん。
私は悪魔に確認する。
「ええと……リリーさんってそんなに凄いの? その……色香が」
「ふっ。女のお前にはわかるまい」
何故そこであなたがドヤ顔するの?
「あの様子だと夜のテクニックも相当なものなのだろう。レイシー、この際リリーに弟子入りでもしたらどうだ? ウチは掛け持ちOKだぞ?」
にやにや。
その顔! お師匠様の顔なのに! ムカつきます!!
「お願いします!! お金は払います!! どうか、リリーを大人しくさせてください!」
その懇願に、悪魔は――
「よし、その願い。私が叶えよう」
にやつきながら、そう言ったのだ。
◇
「で? どうするんですか?」
街で一番良い宿屋以外は泊まりたくないという悪魔を引き連れて、私達はリリーのいる超高級娼館の付近にある一等地の宿屋に部屋を取った。
どうやらこの街は歓楽産業で潤う街らしく、至る所に娼館や酒場が乱立しており、外の街からも頻繁に人や客が出入りしているようだ。
少し路地に入ると男女が睦み合っているような、未成年の教育に良くないこの街で。私は二度目の依頼を受けることになった。
夕方になっても元に戻らないお師匠様、もとい悪魔にうんざりしながら話しかける。
「どうして未だにあなたがお師匠様の身体を使っているの? 満月でも、夜でもないのに」
「ふふ。この街には負の感情……邪なる元素が満ちているからな。私のような存在は、まさに水を得た魚というわけだ。満月でもないのにこうして表に出てこられたのも、大方この街のヤミに引き寄せられたということだろう」
「うわ、最悪。いい加減、お師匠様の身体を返してくれませんか?」
すると、悪魔は底意地の悪い顔をして笑う。
「いいのか? 今身体を返せば、こいつがあのリリーとかいう女に鼻の下を伸ばすことになるのだぞ?」
「う、それは見たくないかも……でもじゃあ、あなたはどうして平気なの? リリーさんに対して魅力は感じていても、街の人たちみたいに我を忘れて……って感じじゃあないみたいだけど?」
「それは、耐性があるからだ。魅了耐性。あの女がいかに妖しく美しくとも、あの程度では私は落ちない」
「へぇ、魅了耐性……」
「それに、リリーは魂の色がすこぶる濁っているからな。そういう観点ではお前の方が余程美しいぞ、レイシー」
「この、ソウルフィリアめ……」
呆れながらも、まんざらでもない気持ちになっている私はおバカなんでしょうか?
だって、たとえ中身が悪魔でも、お師匠様の声で褒められて嬉しくないわけないんですから。
お師匠様本人には、全く伝わっていないみたいだけど。
「はぁ……もういっそ弟子入りしようかな? リリーさんに……」
そう呟くと、ベッドに寝転んでいた悪魔はくるりと軽快に立ち上がった。
「それは名案だ! では早速、リリーのいる娼館に売り払ってやろう! 私(の身体)はお前の所有主だからな!!」
「えっ、ちょ、冗談よ……?」
「クク、お前は知らないだろうが、ヨハンの奴めは後生大事にこんなものを懐に忍ばせているのだ。存外、独占欲の強い男なのかもしれんぞ? だが、今回ばかりは残念無念。コレがあればお前を売り飛ばせるからなぁ!」
悪魔がにやつきながら取り出したのは、私の所有者であることを意味する買取証明書だった。
「え。どうしてそんなの、持ち歩いて……」
言いかけて、すぐに気づいた。
きっとお師匠様は、誤って買取証明書が誰かの手に渡り、私がまた辛くて寂しい思いをしないように、誰にも奪われないように、アレを持ち歩いているのだ。
「お師匠様……」
感動する私をよそに、悪魔は通信用魔法具を手に取る。
「もしもし? サーキュレスト娼館か? 若くてすこぶる発育の良い十四歳の生娘を売りに出したいのだが、査定を頼んでも?」
「え、嘘でしょ?」
「特徴か? ほれ、アレだ。先日の竜神祭で見えそうで見えない踊りが蠱惑的だとのことで、踊り子のオファーが殺到している、噂の――」
「何ソレ? 初耳なんですけど……」
「ほう! 言い値とは! 良き、良き! では、交渉は直接……」
ガチャン。
通信用魔法具を切った悪魔が、こちらに笑みを向ける。
「言い値だぞ! 良かったな!」
「全然よくない!」
「では、早速参ろうか!」
意気揚々と私の手を取り、歩き出す。
「あ、ちょっと。お師匠様の手で掴まれると……」
(ふりほどけない……!)
騙されているとわかっていても、盲目的な私はその手の感触につい頬を緩ませ、娼館の扉を叩いてしまったのだった。
後半につづく
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