第二章 思春期編
第4話 思春期の弟子はモテるようだ
月日は過ぎ、レイシーはみるみるうちに成長していった。
歳は十四。買ってきたときはぼさぼさだった髪も胸元まで伸びて、美しい金色を湛えている。背が伸びて、顔立ちもより女らしくなってきた。
ちなみに、発育もかなりいい方だと思う。ここ一、二年は目を離すたびに胸が大きくなっているような……まぁ、あまり気にしても意味のないことではある。俺はロリコンじゃないからな。
魔法は火、水、風、土に加えて生命の、五つの属性を使いこなすようになった。
あの日、レイシーが初めて使った生命魔法、リザレクション。生命に活力を与え、邪なる死を追い払う魔法。アレが使えるのであれば、コツさえ掴めば大抵の魔法は扱える。
何より、その過程にあたる癒しの魔法が使えるのであれば、医学魔法士として国家資格を得ることができるし、職や金に困ることはまず無いだろう。
それに、戦闘を行わずとも金を稼げるようになったということは、育ての親としては喜ばしいことだった。
そんなレイシーに、朝一番に声をかける。
「おい、レイシー」
「なんですか、お師匠様?」
「もう添い寝は要らないって、先週もさんざん言ったよな?」
ベッドで横になり、俺にぴたっと寄り添ってくるレイシーにジト目を向ける。
「お前ももう年頃だ、少しはそういうのを気にして、親離れしたらどうなんだ?」
「いやです」
「昔は『お役に立てないと死んでしまいますぅ~!』とか言うから添い寝を頼んだが、今では料理や洗濯、家事全般を任せているし、村に薬を売りに行ったり、買い物だってきちんとこなしているだろう。役に立つという意味では、十分すぎるくらいだ」
「それは――」
「魔法で洗濯をしても水と風では太陽の元へ干すようなあたたかさは得られない。料理にしても、火の魔法ではできない細かな火加減を、お前は十分に理解し、かまどを使いこなしている。おかげで、飯のクオリティは数年前と段違いだ。ここ数年で、俺もにんじんが食べられるようになった。レイシーのおかげだ」
そう。にんじんを食べられるようになったのだ!
レイシーが料理を始めたての頃は少し入っているだけでぎゃあぎゃあと騒いでいたあのにんじんを。俺が。嫌な顔をせずに食べられるようになった。レイシーの料理に対する創意工夫は本当に素晴らしい。
素直に褒めると、レイシーはさも嬉しそうに頬をすり寄せた。
「えへへ……♡」
「だから、添い寝はもう要らない」
そう言うと、レイシーは寂しそうにぎゅぅっと手を握る。
「でも、お師匠様の手は、今でもこんなに冷たいです。身体も、まるで氷のよう……」
「それは言い過ぎだ。俺にだって、血ぐらい通っている」
……多分。
「それに、お師匠様は……」
「なんだ?」
「全然、歳を取らないのですね……? いつまでもあの日のまま、私を買ってくださったときのままです」
「…………」
ここで、『何者だ?』と聞かないあたり、レイシーは聡い子だと思う。
その顔だと、絶対に勘付いているはずなのに。
「まぁ、ある程度位の高い魔術師なんて、皆そんなものだ」
「そうなのですか?」
「生命魔法を扱えるんだ、皮膚の老化を防ぐこともできる。だからそういうものだ」
……俺はしていないけど。
「だから、気にするな」
「…………」
その顔は、納得していない顔だ。
レイシーは俺の教えをきちんと守って、納得していないときは頷かないようになった。イヤなものはイヤ、とはっきり言えるようにもなった。
だが、深く踏み入って関係が破綻することを恐れたのか、それ以上は聞いてこなかった。
「今日は大目に見るが、今宵は満月だ。絶対に寝室には入ってこないように」
「はい……」
ここで、『何故ですか?』と聞かれたこともない。
本当に聡い子だ。昔から。
「で? 今日の予定は?」
「あ、はい。午前中は麓の村にお買い物に。午後はお師匠様に攻撃魔法のお稽古をつけていただきたくて……」
「わかった。じゃあ、今日は風魔法で見えない糸を紡ぐ鍛錬をしよう。遠距離から一方的に攻撃ができ、強度によっては相手を拘束することもできる、とても便利で気持ちのいい魔法だ」
「でも、いいのですか? 満月の日はお師匠様は体調が優れないのでは……?」
「今日は比較的まともな方だ。天気もいいし、久しぶりに外にでも――」
「本当ですか!? 是非! 是非一緒に行きましょう! お買い物!」
さっきまでとは一変して、ぱぁっと顔が明るくなる。
「ほほぅ。さては欲しいものでもあるのか?」
「べ、別にそんなんじゃありません! 私は、ただ……お師匠様と……」
「ただ? なんだ?」
「な、なんでもありませんっ!」
「気になるじゃないか。言えって」
「言いたくありません」
「なら、いい」
年頃の娘だ、秘密にしておきたいことのひとつやふたつもあるのだろう。
俺だって、レイシーには言えないことが沢山ある。
「じゃあ、支度ができたら出発しよう」
「はい!!」
◇
ここ数年はレイシーに任せきりにしていたから、ふたりで買い物へ行くのは久しぶりだ。村へ行く道すがら、そこでは意外な発見があった。
「おはよう、レイシー。今日も綺麗だね?」
「おはようございます、エヴァンズさん」
「やぁ、レイシー! 買い物かい? 精が出るね! よければこのあと、一緒にお茶でも……」
「ごめんなさい、アーサー。午後も大事な予定があるの」
「レイシーお姉ちゃん、お花あげる! だから、将来はお嫁さんになって!」
「ありがとう、チャーリー? でも、お姉ちゃんはチャーリーのお嫁さんにはなれないわ?」
「どうして?」
「それは、大きくなったら教えてあげるね」
「おや、レイシーちゃん。今日はかぼちゃが新鮮だよ? よければ、コレもおまけに付けてあげよう。おじさんのきんのたまだ」
「まぁ、おじさまってば! うふふっ!」
ひとしきり買い物を終えた後、珍しく『ここへ行きたい』と提案してきたレイシーの後について、村の中で一番評判だという喫茶で紅茶をすする。俺は甘党な子ども舌なのでミルクティー、レイシーはさっぱりとしたレモンティーだ。
外に面した心地のいいテラス席。白くて華奢な脚の椅子に腰掛け、テーブルの向かいに座るレイシーに声をかける。
「アーサーと来なくてよかったのか?」
「え?」
「彼、お前をお茶に誘っていただろう?」
「ああ、それは――」
物憂げに、ちらりと視線を逸らす。ちらちらと俺を見やりつつ、なかなか言い出さないレイシー。なんだか、様子がおかしい。
思春期の女子というのはこういうものだろうか? それとも、親と出かけているのを村の人に見られるのは恥ずかしいとか? だったら、どうして連れてきた。
「というか、レイシー。お前、モテるのな?」
「ふぇっ!?」
「何をそんなに驚く? 他者から好意を寄せられるのは良いことだ。しかも、すれ違う人々が皆、お前に惹かれていたではないか。まさに無双。先程も、ライネス夫人に『レイシーちゃん、とっても綺麗になったわね! ヨハンさんのおかげかしら? ふふっ♡』と俺が褒められてしまった。ははんっ、親としては鼻が高いな?」
「お、親……」
「どうした? 浮かない顔をして」
問いかけると、レイシーは頬を膨らませ、どこか不満げに口を開く。
「ライネス夫人は、そういう意味で言ったんじゃないと思います……」
「は?」
「お師匠様の存在が、私を、綺麗に……」
「なぜ? 俺は何もしていないぞ? 強いて言うなら、化粧水の調合を――」
「わからないなら、いいです……」
それ以降俯いて答えないレイシー。俺は、話題を変えることにした。
「だが、モテすぎると親としては心配だ。特に、八百屋のおやじ。年甲斐もなく十四のレイシーに色目を使いやがって。ああいうのはセクハラっていうんだ、相手にしなくていいぞ」
「はい……」
「むしろ、今度言われたら水魔法をお見舞いしてやれ。顔面にビシャっとな」
「はい……」
「レイシー? 聞いているのか?」
「…………」
「まぁいい。だが、こうして俺を連れて来たということは、欲しいものでもあるんじゃないか? さっき売った薬の儲け、アレは好きに使っていいぞ」
「え!? 畑に撒く用の『魔物避け』ですよ!? 最近はまた魔物の被害が出始めてるからって、結構な額で売れたのに……」
「でも、アレはレイシーが調合したものだ」
「それは、お師匠様が教えてくれたから……私はただ、練習で作っただけで……」
「そもそも、年頃のお前にこれといった小遣いを与えていなかった俺にも問題があったかもしれない。それで、化粧品でもアクセサリーでも好きなものを買うといい」
「そ、そういうのは要らないです。もう、沢山持ってますし……」
「いつの間に」
「男の人が、くれるんです……」
「なんと」
そんなにモテるのか。すげぇな。
「ほとんど、売っちゃいましたけど」
「なんで」
「要らないからです。別にモテたいとも、思っていません……」
「へぇ。そういうもんなのか?」
自分で使うものは自分で選びたいって? 昔はあんなに為すがままだったのに。
なんとまぁ、意思のはっきりした子に育ったもんだ。俺は嬉しい。
レイシーの成長を感じて感慨に浸っていると、突如として、つんざくような男の大声が耳に入ってきた。
「おい! レイシー!!」
通りをずかずかと大股で歩いてきた青年。見るに、この村では珍しくそこそこ良い身なりだ。ひょっとすると、領主のとこの坊かもしれない。
剣術を習っているのか、レイシーより少し年上くらいの割に体格も良かった。
そんな奴に急に怒鳴られると、結構な迫力がある。レイシーは、びくっと肩を震わせた。
「レイシー! 誰なんだ、その男は!?!?」
「あ――ヴィルさん……」
「キミは! キミは先日、僕の求婚を断ったくせに! どうしてそんな平気な顔で、違う男とデートができるんだ!?」
ヴィルと呼ばれた青年は、テラス席に座る俺達に向かって顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
「キミには……! キミには意中の人がいるからと! だから僕は諦めたのに! なぜ!!」
そうして、ヴィルは『まさかお前が……?』という顔で俺を見た。
すぐさま手を振り、ハンドサインで否定する。
「俺はレイシーの師匠だ。魔法の師匠。親代わりの」
「ああ、貴方がそうでしたか。たびたび村を助けてくださる、魔法使いの……」
こくりと頷くと、ヴィルは『お世話になっています』と頭を下げた。悪い奴ではないようだ。だが、すぐさま下げた頭をガバッ!と上げる。
「そんなわけがないだろう!?!? 騙そうったって、そうはいかないぞ!?」
「は?」
「だって、レイシーのお師匠様は彼女よりも十四は年上で……! 貴方はどう見たって二十代前半じゃないか!?」
「ああ、いや、まぁ……」
こういうときは、なんて誤魔化せばいいんだ?
相手は一般人、ここはテキトーに……とか思っていた矢先。
「レイシーは年上が好きなのか!? だったら僕だって年上だ! ふたつだけだけど!」
「えぇ……だって、ヴィルさんは、中身が……」
「子どもだっていうのか!?!?」
「俺にしてみりゃ、どっちも子どもだがな」
「~~~~っ!!」
ふたりして小バカにしたのが良くなかったようだ。
ヴィルはみるみるうちに赤くなり、遂にキレた。
「ぼっ、僕を誰だと思ってる!? 王より騎士の位を拝命せし、この村を治める領主、アントハイム家の次期当主だぞ!?」
王様?
だからどうした――と思っていると……
「だったら、何?」
レイシーが、ずばりと言ったのだ。
「ヴィルさん、あなたはただの次期当主。実際に村を治めているわけではないでしょう? それのどこが偉いの?」
「それは――」
「そういうの、七光りっていうのよ? それに、ここ最近魔物がこの村を襲うようになって被害が出ているのを知っている? それとも、知っていて放置しているの? だとしたら、そんな領主様のおうちに嫁ぐつもりは毛頭ありません」
「なっ――!」
「大体、私は貴方みたいな子どもでなくて、もっと大人が好きなのよ。ごめんなさいね?」
しれっと、豚を見るような眼差しで、レイシーは言い切った。
うん、うん。言いたいことをきちんと言えるようになったんだな、偉いぞ!
と、思っていたら、数人の男たちに囲まれた。
どうやらヴィルお坊ちゃんのボディガードらしい。
坊ちゃんを抜いても七対二。多勢に無勢もいいところだ。
これが当主のすることか? 圧政も甚だしい。
つーか、坊ちゃん甘やかされすぎじゃね? 十六の男だろ? 自分の身くらい自分で守らせろって。
領主の奴は相当親バカ……俺もひとのこと言えた義理じゃねぇけど。
「侮辱罪だ! お前たち! やってしまえ!」
「「「おおおっ……!」」」
一斉に拳を掲げて迫る男たち。レイシーは咄嗟にポケットから杖を出そうとするが、防衛魔法はまだ習得途中だ。
「はぁ……」
俺は椅子から立ち上がった。
(たまには、師匠らしいところを見せるか……)
「レイシー、下がっていろ」
「でも! これは私が起こしたことです! 私が責任をもって対処します! 私が、私の言葉は間違っていないって、証明します……!」
(……!)
大きく、なりやがって……
「それが理解できているなら、もう十分だ。前にも言っただろう? 自分の信じた望みは、言葉は、誰にも踏みにじらせるな。そして、その為の力は俺がくれてやると」
「お師匠様……!」
「今回はまだ、その力を教え切れていない。だから下がりなさい。そして見ていろ。正しい力の使い方を――」
(絶対に。勇者みたいな、力をひけらかす奴になるんじゃないぞ……)
あいつは、そういう『勇者最強!』みたいな。プロパガンダだけは巧かった……
でも、そうじゃないだろう?
「魔法は、自然と共に在る。人と共に在る。そして、誰かを守るために在る――」
頭の中で、風が渦を巻くイメージを膨らませる。
くるくると、木枯らしよりは大きくて、竜巻よりは小さいような、この場を制するだけの力を。
【――
脳内で詠唱すると、一瞬、凄まじい風がその場を吹き抜けた。
「「「うわぁああっ……!」」」
まるで枯れ葉が散るように。
ヴィルのお供は吹き飛ばされて、離れの肥溜めに落下した。
俺は、ひとり尻餅をついて後ずさるヴィル坊ちゃんに告げる。
「次はお前の番だ」
「ひっ……!」
「これに懲りたら、レイシーから手を引け。残念なことだが、お前にウチの娘はもったいない」
「な、なんだなんだ! 魔術師風情が何なんだ!! お父様に言いつけて――」
「やってみろ。そうなれば俺は、今後一切村のことには手を出さない。日照りが続いても無視するし、村人の手に負えない魔物が来たって追い払わない。お前の祖父を数年ぶりに立ち上がらせた腰痛の秘薬も作らないし、なんなら、お前ん家の地下にあるいわくつきの美術品について、王都にチクってもいいんだぞ?」
「なっ――!!」
「お前、知らないだろ? お前の父親の趣味である、一風変わった美術品の収集……アレらには邪なモノが憑いている。大方、どこぞの
そこまで言うと、ヴィルは尻尾を巻いて逃げていった。
俺は、いざというときは出ようと背後で杖を構えていたレイシーの肩に手を置く。
「終わったぞ」
肩の震えが止まり、レイシーがわなわなと唇を開いた。
「し、ししょう……」
喧嘩するなんて初めてだ。きっと怖かったんだろう。
そもそも十四歳の少女が、あんな男どもに囲まれて怖くないわけがない。
俺はレイシーの頭に手を置いて、くしゃりと撫でた。
「偉かったな。自分の言いたいことを、きちんと言えて。見ていて清々しかったぞ?」
「……!」
「さすがは、俺の弟子だ」
「お、おししょうさまぁ……! うぇぇええん……!」
◇
しばらくして泣き止んだレイシーと共に歩く帰り道、からかうように聞いてみる。
「にしてもお前、求婚されていたなんて。隅に置けないな?」
「なっ――!」
「レイシーももう十四だ。成人するまであと二年。今のうちに婚約して、唾をつけておこうという算段だったんだろう。で、断ったと。それで? 意中の者がいるというのは本当か?」
「うっ……!」
「何故そんなに嫌そうな顔をする? 十六歳までウチにいるというのなら、恋愛云々に関してはお前の自由だ。好きにしろ。だが、もし紹介する気になったなら連れてきなさい。さっきみたいなクズでないか、俺が確かめてやる」
諭すようにそう言うと、レイシーはかつて見たことのないようなげんなりとした顔をした。
「そんな機会、きっと一生ないと思います……だって、私の好きな人は――」
――目の前にいるんだから。
そう告げる勇気は、まだレイシーには無かった。
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