第3話 魔法使いと魔法の修行
翌日から、俺達は魔法の訓練を開始した。
思った通りと言うべきか、レイシーには魔法使いの素質があった。
まぁ、王城の封印を突破するために必要な血筋を備えているので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「いいか、レイシー。魔法とは、自然と対話することだ」
「はい!」
「万物に流れる元素……マナを感じ取り、反応を起こしたい方向に促す。こんな風に」
空へ向かって、心の中で水の元素に呼びかける。『天高く昇れ』と。
しばらくすると、中庭の一画、花壇の上だけに雨が降りだした。
「さぁ、やってみろ」
「うにゅにゅ……!」
イメージが湧きやすいように適当にこさえた杖。いかにも『魔法使いの必需品!』みたいな見た目の杖を握りしめ、レイシーは唸る。
見たところ、元素はレイシーの呼びかけが聞こえているようだったが、レイシー側がうまく説明できていないのだろう、杖の先端にぷかぷかと水泡が浮かぶにとどまっていた。
「ほら、水の元素がどこへ行けばいいのかわからなくて困ってる。上の方だ、雲がある方。心の中で話をして、教えてあげなさい」
「こ、こんにちは! 水の元素さん!」
「声が出てる。それじゃあ無詠唱にならないだろ? 詠唱はイメージを起こすのに確かに便利だが、いざ戦闘になった際、相手にとってはどんな魔法が来るかが丸わかりだ。だから最終的には、無詠唱をできるようになってもらう」
「うにゅにゅ……! むぐぐ……!」
「まぁいい、はぁ。やっぱり最初から無詠唱は無理か……」
とはいっても、レイシーはイマイチ字が読めない。呪文を読んで覚えるために一から教えるよりも、感覚的に理解させた方が早いと思ったのだが……
「……期待しすぎたか?」
ちらりと見やると、レイシーは一生懸命宙に向かって話しかけていた。
『あっちだよ!』とか『お空へお行き!』とか。
己の意図を元素に伝えるというスタンス自体は間違っていないので、センスはある。
こういった、他人から見たら『何してんだこいつ? 頭イカレてんのか?』みたいな行動を恥ずかしげもなく全力でできるところが、だ。
学のある身分の高い奴に魔法を教えようとしても、奴らの場合余計なプライドが邪魔をして、こうはいかないからな。
無詠唱に必要なのは、イメージと素直さだ。
レイシーの呼びかけに応じて周囲に集まる水の元素。
それができているのなら、あとは上空の雲に水分や氷を含ませて落下させるだけなのだが……まずは雨が降るメカニズムを理解するところからか。
「レイシー。今日から沢山本を読め」
「でも旦那様……私、字が……」
「はぁ、やっぱりそこからか。雨が降る仕組みさえわかれば、あとはパーッとやってサッとする。それだけなんだがな?」
「???」
俺に、教師の才能は無かった。
感覚的にやっていることを人に教えるのは難しい。
師匠として、俺にも勉強が必要なようだ。
「字が読めるように、できるかぎり協力はする。わからない単語が出てきたらすぐに聞くように。だが魔法は、イメージとメカニズムを修練の際に都度教え、感覚的にやった方が早い。俺の持つ感覚を理解できるよう、なるべく一緒にいなさい」
「はい!!」
こうして、俺達は共に暮らしながら魔法の訓練をしていった。
晴れが続いたら雨を降らせ、料理の際は火を起こし、雪が積もれば風で吹き飛ばす。
そして、気がつくとあっと言う間に一年が経過していた。
◇
ある晴れた朝。
春の日差しが心地いい寝室で目を覚ますと、隣にレイシーがいなかった。
「レイシー? どこだ?」
朝食を用意しているのかと炊事場を覗くが、姿がない。
(まさか、人攫いに……?)
最近になって、国に平和が訪れたことで職を失った騎士たちが盗賊なんぞに落ちぶれているという話をよく聞くようになった。
王である元勇者は、その辺の社会保障や職の斡旋にまで気が回る奴ではないし、俺に言わせれば、そもそも国を運営することに興味があるのか甚だ疑問だ。
だってあいつは、いつも『誰かを倒し、何かを得ること』しか考えていないから。
魔王を倒して国と地位、富と名誉、酒と女を手に入れられれば、それでいいんだろう。
(ほんっと、クズ……早く死ねばいいのに……)
いや、できるなら俺がこの手で殺したい。
俺の味わった孤独と苦痛、全ての痛みを、味わわせた後で――
「――ハッ……!」
勇者を憎むあまり、大切なことを忘れそうになった。
「そうだ、レイシー……」
たしかに勇者は憎い。だが、そうする前に、レイシーは自分の身は自分で守れるくらいにしてやらないと。
一年前までは希望に満ちていた国も、ここ半年は雲行が怪しいと聞く。
だから、余計に心配だ。
「レイシー? どこに行った?」
返事が返ってこないことに、胸の鼓動が早くなる。
それくらい、俺はレイシーに心を許していた。
(まったく、何処へ行ったんだ? まだ満足に攻撃、防衛魔法が使えるわけでもないのに……)
時間をかけ過ぎた、いや、かかり過ぎた。
いくら復讐を誓った身であっても、一年も一緒に暮らしていればそれなりに情が移るものだ。当たり前だ。
今はこんな復讐のことばかり考えているようなクズ野郎の俺でも、昔はまっとうに生きていたんだ。むしろ、正義感は強い方だったと思う。
故郷の村が魔族に襲われ、人と魔族の争いの絶えないこの世を憂いて、冒険者になった。そして、仲間と共に魔王を倒しに旅に出たりもしたのだ。
それが今では――
「うわぁあああ~ん……!」
「何だ!?」
屋敷内にまで響き渡る轟音に、慌てて庭へ飛び出す。すると、レイシーがじょうろを片手に泣いていた。
見たところ怪我などをしている様子はないが、相変わらずくしゃくしゃで、ひどい泣き顔だ。
「ぐすっ。ひっぐ……」
「おいおい、泣いてないで説明をしろ。泣いていては何も変わらんし、わからんぞ」
「お花が……お花がぁ……」
「花?」
見ると、レイシーが甲斐甲斐しく世話をしていた花壇の花が枯れていた。
つい先日咲いたばかりで、昨日まで鮮やかに春風に揺れていたのに。
紫や薄紅の花弁は萎れ、ぐったりと地にへばりついている。
「なんだ、花か……」
「どうしましょう、旦那様……!」
正直、レイシーが無事なら花なんぞどうなったって構わないのだが、レイシーにとってはとても大切にしていた花だ。
俺は、花に手を添えて生命の元素を確認する。
「ふむ……まだ息はあるな。だが、水の元素が異常に多い。根腐れしているのか? レイシー、この花にはどれくらいの頻度で水をあげていた?」
「ええと……雨の降らない日は、毎日……」
「はぁ……やり過ぎだな。何かを愛でるのはいいことだが、可愛がり過ぎて、ダメにするタイプだったか」
俺も、ひとのことは言えないが。
「そんなぁ!」
ぐしゅぐしゅと涙を拭いながら、花に向かって『ごめんねぇ……』と繰り返すレイシー。俺は、咄嗟に助言した。
「土、水、風に、呼びかけてみなさい。活力を与え、水気を飛ばし、あたたかな風で包むようにと」
「ふぇ?」
「そうして最後に、邪なるモノに『去れ』と、命じてみなさい」
生死を操る魔法。
本来であれば常人に理解できる感覚ではないし、その秘訣を他者に教えていいものでもない。
だが、俺も大概、愛でる対象をダメにするタイプの人間だった。
「ほら、手を添えて。『今再び、ここに在れ』と――」
「は、はい。お願い……死なないで……!」
――【
そう、心の中で唱えたのだと思う。
祈りと共に、無意識に。
レイシーはこの日初めて、無詠唱を習得したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます