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そのあとるのさんはずっとデスクトップPCと格闘していたので、隣の部屋にいると夜になって泣き声が聞こえてきた。

「HDDひとつ壊れちゃった!」というのである。


「これちゃんと固定してあって外れなかったんだよなあ。めんどくさくて本体と持ってきたのがよくなかったぁ」

るのさんがHDDと何かケーブルと電源を繋ぐと「カッコン、カッコン」と異音がしてるのさんは持ってたケーブルを引き抜いた。

「だめだぁ…これ写真HDDなんだけど、これだけバックアップ取ってないんだよね、なんでかクラウドにもあげてなくて…デジカメで肌色の写真もたくさん撮ったしなあ…」

肩を落として泣きそうになっているるのさんにかける声もない。

「25年ではじめてのでかいデータ損失…HDDって脆いものなのなあ」

がっくり肩を落としてもう一度通電したらしい。「カッコン」やはり同じ音。今度は即座にケーブルを引き抜く。

「まあ査定に出してみるか」

HDDを棚に丁重に置いた。


流石に俺にはかける言葉もなかったが、テーブルに座ると

「なんかたべる?」と聞いてきたので「今日はなに?」と聞くと出来合いのコロッケくらいしかないよ、と言うのでひとつ注文してみた。

「甘くない卵焼き、っていうかだし巻き作れる?」と。

るのさんはしばらく悩んだ後「卵も白だしでも何でもあるけど…フライパンが丸いのしかないや」四角いフライパンはここにはないのだっけ。フライ返しは100均で買った気がする。

四角いフライパンは流しの下にあった。

「おっけ!6分待ってて!」

るのさんが卵を片手でパチンと皿に割り入れた「失敗怖いし2個でいいかな」と言う。これはひとりごとだと判断して返事はしなかった。

カチンともう一度音がしてふと「俺、半熟嫌いなんだ」と伝える背中で「珍しいね」と答えられた。

白だしと醤油で味のつけられたそれはお世辞味も見た目が良い。と言えないものであったが、確かに卵焼きであった。

「俺、朝ごはんなんかはこれでいいよ」という。

「じゃあ練習するね!」とるのさんは張り切って言う。

るのさんはコロッケを食べ、次の日の仕込みと言って電気鍋に野菜や肉を放り込んだ。


次の日るのさんは朝起きたらだし巻きだか卵焼きだか定義はよくわからないが、とりあえず甘くない卵焼きが作られていて、それを「今日のだし巻き!」とTwitterに写真を貼っていた。

昨日よりかなり綺麗になっている。

HDDが梱包されていた。

「さっき電話したら発送してくれっていうので集荷夕方に頼んだ」

俺はご飯とだし巻きにゆずポン酢をかけながらご飯を食べた。

ゆずポン酢を何にでもかける癖はるのさんが嫌がって「ひとくち食べてからにして」というのだが、まあ卵にはかけるというのはもうるのさんもわかっているので何も言わなくなっていた。

「治るといいね」「うん」


るのさんはなんだか体調が悪くて舌の裏に口内炎が4コあるといった。ゾッとした。

喉が痛いというのでAMAZON欲しい物リスト経由で喉の薬をあげた。なんだか今年は寒い気もする。


好きな本を聞かれたので即座にシオドア・スタージョンの「君の血を」と答えたら「こんなに持ってるのに即答できるの?」と驚いた様子だった。



10月もあと10日ほどになった。

「コミケの準備急がなきゃ」

11月の頭のあたりで当落がはっきりするが。ここ15年は落選したことがなく、必ず本を出しているという。


やはり秋はスッと通り過ぎていく気配がしていた。

肌寒い、と言ってるのさんは自分のパーカーの上に「借りていい?」と言って俺のアディダスのジャージを羽織っていた。


あと10月に特記しておかなくてはいけないのは「ブレードランナー2048」か。

川崎のパンダエキスプレスで飯を食って雰囲気いっぱいで行ってみた。

ふたりともレイチェルのこどもが出てきた時点でイヤな顔になり、とにかく長く感じた。

るのさんは猛烈なブレードランナーとバロウズとディックのファンなのでぷりぷり怒っており、さらに長いので、水のシーンからトイレを我慢していたけどやっぱり長いスタッフロールのあと何かがあったら耐えきれないのだろう、かばんを肩にかけ帽子をかぶり中腰になっていた。

トイレの前で再開すると「なんじゃあれは💢」と怒っているので「俺も家族の話は好きじゃない」と返した。

「レプリにこどもができるとかアーミテージサードみなおしてこい、あれも25年前くらいか とにかくこどもできる話きらい」


パンダエキスプレスはジャンクで、どこか未来の警察官が食べていそうだが、結局川崎駅の近くなのでこれ一回しかいけなかった。


るのさんはユニコーンを折ってキーボードに立たせて写真を撮っていた。かなり折り慣れていた。



あと、10月31日に大きくて重い箱が来たので

るのさんが「献本じゃないかな!」と早速開けてみる

20冊のるのさんの単行本と同じ出版社の同じ日にでる単行本が入っていた。

献本20冊は多いらしい。

「はい、いとうくん サインいれる?」

「いや、いいや」

「えー」

うちの本を使った背景に思いっきりモザイクが入れられていた。

るのさんはゲストで描いてくれた豪華なメンバーに本を送る準備をしていた。

多分単行本は最初で最後だから、と ほねほりさいそう、もつ料理、A浪漫我慢、ゴジャア-ス宝屋にゲストを頼んでいた。何度も見てため息をついている。

「すでにいろいろ失敗箇所を見つけてしまったー」

のちにわかることだが漫画のページが1P足らないのがあったくらいだ。

いいじゃないか。部数初版8500部、立派な作家様だ。胸をはって漫画家って言っていい。

俺ものちに本の一冊くらい残したい。というか残すのだ。



スタージョン読み終わったよ、といわれたのは10月最後の日だったと思う。

「いとうくん結構ロマンチストだね」

「うん、でもおもしろかっただろ?」

「あ、そーだ!!やった!私もこれでスタージョンの法則使える!」


付き合い初めていろいろして、6日は精神科と単行本発行。

まだ一ヶ月ちょっとか。と思う。

びっくりするくらいいろいろしたな…と思うけどるのさんのほうが大変そうだった。

結局HDDは重度物理障害で20万かけても治るかわからないとのことで、以前は一眼レフを持っていたくらいカメラ好きのるのさんが「今はもうない廃墟とか、軍艦島とか、巾着田とか行ったデータ、全部なくなっちゃった」と泣いている。俺は「思い出だけでいいじゃん」と慰めたつもりだった(というか本心なのは俺はカメラがあまり好きではないからなのだが)が、でかいデータの損失自体初めてだという。

サイズは小さいがどこかへ置いてあったもの等を拾い上げたりしている背中はやはり悲しそうだった。

「私ログマニアなのにバックアップ全くとってないHDDがあれっておかしいんだよな、後悔しても遅いけど」

何度もブツブツ言っているし20万円払うのも検討しているらしいが、結構あきらめ顔だ。あのHDDはあとから捨てられないもののひとつになってしまったが…。

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