8

るのさんが「帰って」きた次の日、俺はるのさんの存在を寝床に確かめようとしたがやはりるのさんは先に起きて作業をしていた。


デスクトップPCがセットアップされていた。

こんなこともとにかく早い。

ハード関係も強いるのさんは自作のWindowsマシンを多分抱えてきたのだ。

昨日持って帰ってきた荷物が多分それ、だ。


こんなことも早い。

俺がるのさんを好きな理由のひとつだ。


「さーちゃっちゃとやっちゃお!」というのが隣からよく聞こえてくるひとりごとのひとつだった。


るのさんの顔も好みだった。

るのさんの顔に特徴はない。

そもそも俺は人を顔で判断するような人種ではない。

というのは俺、という美術品は美形であり、白くてほとんど毛の生えない肌、女の子より綺麗で細い髪の毛、人より色素の薄いブラウンの瞳を持っておりハーフ?と聞かれることも多い、客観視しても「美形」だ。

もちろん、ギーク界隈のやつらと付き合って思うのはやはり人間顔形は関係ないということだ。面白いやつは面白い。


俺のものさしからするとるのさんは「中の上」と言ったところで、再会した時の第一印象といえば「男性向けエロ漫画描いてそう」という抽象的なものであった。

第一印象は酔っ払っていたが要するに「胸のデカいなんか好みの女」だったのだと思う。

まあ顔なんて正しい位置に目と鼻と口と耳がついていれば問題ない。


と、はじめてるのさんの耳にピアス、とも言えないような大きい「穴」が空いているのを見つけた。るのさんは黒髪のロングヘアーだったのであまり耳を見たことがない。

座っているるのさんが何気なく髪をかきあげ、るのさんの右側の角に座っていた俺は初めてその「穴」に気付いた。


「るのさん、その耳の穴なに?」


「え?ピアス?」

るのさんが顔をあげた。るのさんはいそがしく何かをタイピングしていた。

ピアスではない。穴、だ。


例によってるのさんが先にしゃべる。

「これねー、最初…18歳くらいだったかなー。キンキンに氷で冷やして感覚なくなった時に安ピンでぶっ刺して…ゲーセン内で流行ってたんだよね…ゲーセンバイトしてて、うちが「集まる場所」になってたから」

ピアスは俺も開けたことがあったが(耳に3つの穴の跡が残っている)リング状のものをはめているとケンカになった時に不利なのと就職に関わるので外してしまった。がまだ穴は通っているだろうと思う。

「んでね」

るのさんが続ける

「穴空いたんだけどみんなが逃げていくの。3人くらい?わー!!って。自分じゃ何だかわかんないから鏡見たら血がすごい出てて。肩口?にしたたってて、ひどくない?」

穴である理由はまだわからない。

タイピングをしたまま(るのさんはマルチタスクのできる人であった。多くの女性はそうなんだよ、と教えてくれた)るのさんはタイピングに戻りながら話を続ける。

「まあ、血くらい拭いてよー!!って 言ったら戻ってきて。夏だったかな?タンクトップは汚れなかったしまあいいかくらいの感じで。安ピンピアスの出来上がり。血も止まった」

話は止まらない

「んー、そのあと反対側にも3つ入れたんだけど、一つ拡張してたら耳芽、わかる?」

るのさんが急に顔を上げて俺の手を取った。自分の(るのさんから見ると左)耳を触らせる

「コリコリしてない?」

確かに肉芽というのが(ジョジョか?と思った)そういうものだということはわかった。

ピアスを適当に真っ直ぐに入れないで近くに入れたりすると血行が悪くなって固まり、骨のように硬くなることがあるの、とるのさんは説明した。

ただ、20年たってほとんど目立たなくはなっているというようにぱっと見はわからない程度で、触ってみて初めてわかった。


「左の3つはそれで外して、あ、いとうくんも左に3つピアスあるよね、あれ、まだ繋がってる?」

俺の方は良くひざまくらで耳掃除をしてもらっていただけあって、耳のことは把握されていた。


「いとうくんは きれいな耳してるよね、福耳だね」

そう言ってるのさんは綿棒を取ると入り口より以前に耳のシワの隙間から掃除し始めた。

「きたない!!!」

るのさんはなげいて綿棒をコンビニ袋に入れて新しいものを6、7本取った。

俺は人に耳掃除をしてもらったなんてはじめての体験だったが、なかなかに気持ちが良かったのでゆだねた。

「いとうくんは飴耳だねえ」

「あめみみ?」

「耳アカがベトベト系の人。うちは私と母をのぞいてあめ耳。カサカサしてるのが粉耳、飴耳は家とか地方とか?で言い方違うけどうちではそう呼んでたねぇ」

るのさんがあやつる綿棒が耳の入り口を探っていた。

「私は粉耳。一時期耳かきでやりすぎて血が出たりしてたけどそういえば最近耳かきしてないなあ」

気持ちよさに眠ってしまいたかったが、眠ることなどできなかった。るのさんが一本綿棒を捨て、もう一本を奥まで入れる。

「ちょ!どんだけ掃除してないの!?」

るのさんはまた2、3本綿棒を引き抜いた(多分。俺からは見えなかったが)

計7本の綿棒を使って片側の耳掃除が終わると「次!反対!」とるのさんが言うのにしたがい、今度はうつ伏せになってるのさんの太ももに顔を埋める形になる。

「んー、やりにくい!私が移動する!」というので元に戻り、るのさんが反対側に移動した。

同じく6、7本の綿棒を使い、耳のふちから中まで一通りきれいにした。


「そいでねえ、乳首にも開けてたんだけどこっちは入院したときレントゲン撮るたびに技師の人に「乳ピ開けてるんだー」って言われて、嫌いじゃなかったけど!その人!それで取って一穴主義になって 拡張はじめてね、今1cm!!」


るのさんは俺が手を引っ込めたあともう一度右耳にかかった髪をかき上げた。

アイレットというものだそうだ。説明は難しいが鳩目(ファイルを閉じるときなどに穴を開けて紐で通すときに開ける穴だ)のようなもので、俺たち(俺は6月19日生まれ双子座、るのさんは6月4日生まれの双子座だった)の星座である双子座のマークを思い描いてもらうとわかるだろうか。♊


片方が見たところわからないがネジになっているらしい。るのさんはネジを外しにかかっていたので「別に外さなくてもいいよ!」と慌てて言うと、

「そういえば匂うからちょっとついでに掃除するわ」とウエットティッシュと乳液を手にした。

アイレットが外れると生々しい赤黒い皮膚の縦に裂けた空間が出てきた。空間から向こう側の髪の毛が見える。

るのさんは慣れた手つきでアイレットをアルコールの入ったウェットティッシュで拭くと、同じティッシュでピアスを拭いて元の位置に戻した。

「ずっとはめてると臭くなっちゃうんだよね」


るのさんの耳の形もきれいだった。やはり福耳で、俺より耳たぶが大きく、全体的にも大きくて外に張っているけれどもバランスが悪いほどではなく、上に少し尖りきみになっていて、エルフとまではいかないがハーフエルフのようであった。


その耳に穴が空いているのだ。

「これ、00G、ジーはゲージのGで、注射の針も同じ単位なんだけど00Gが1cm。採血に使う注射針は29…は今はないかな27とか。ファッションピアスは20Gとか。いとうくんは?」

「俺は医者行って入れてもらったから。あのパチンってする道具で」

ホチキスのような穴を開けるものとピアスがセットになった(要するにピアス自体で穴を開けてそのまま入れるのだ。安全ピンより痛くない)ものが2000円程度で売っており、それに入れてくれる病院の紙片も入っていたのだ。俺は位置も自分では難しいし正直失敗が嫌で医者に開けてもらった。

「あれさえも高くて買えなかったけど、拡張するのにお金かかった!10Gの時川崎のピアス屋さんにペンチでしか開けられないやつつけてて!不便だったー 8Gにして捨てちゃった」


るのさんの話はお終いらしい、と思いきやちょっと間を開けて

「ピアス…といえば玉置勉学さんだなあ、19ん時かあれ」

と言うので俺は

「玉置勉学って恋人・プレイの!?」

と聞いた。

玉置勉学の「恋人・プレイ」は俺が好きな漫画だ。

大学生の主人公男がギターがうまくSMクラブで仕事として弾いていたら大学のゼミのクラスメート女と出会い即セックスするが、心はすれちがっていき、少し歪んではいるがとても不器用で真っ正直な物語だ。

「うん、たまおきせんせーとはかなり長いおともだちだよー」

という。


交友関係が本当に広いのはなんとなくわかってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る