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17日にるのさんより先に「荷物」が届いた。

とにかくでかくて重い段ボールだった。何が入っているのかはよくわからないけれどお互いのことには干渉しないタイプであるので、箱はそのまま置いておいた。

部屋は2部屋余っていたし、一つは完全に荷物置き場になっていて、あと実は倉庫もある。(それがこの家の気に入ったところでもあった)


るのさんから特に連絡はなかった

そういえばお互いTwitterのDMでやりとりしてLINEも知らない状態のままだったな、と思った。


静かになった家で俺はふと、久しぶりの一人ということに気付いた。るのさんの前にもこの余ってる部屋に人を入れたこともあった。

完全な一人暮らしはるのさんと過ごした15日以前に数ヶ月あったもののコクーンにも出入りしていたし、るのさんはしょっちゅう「こっち方面の友達」とあっていたが、「俺」は旧友とも連絡をとっていなかったので、中畑(大学の同期でプログラムで年収1000万くらいの男で映画や哲学の趣味も合うので一番仲が良い)に連絡したり週1で通っていた「SF講座」に行ったりした。(講師は一流でそこからデビューしたやつも多いももののSF人気は下がる一方で初版3000部などが当たり前の世界になっていた)


18日の夜にるのさんが帰ってきた。ゼーゼー言っているので何かと思いきや

何やら黒くてとにかくデカい鞄を持っている。

「これ…だけは…」

るのさんが玄関を通れなくて難儀しているので鞄を持ってみると15キロくらいはあるだろうか、非力なるのさんにはキツイだろう。

ここは3階だから、下で電話してくれればよかったのに。

「わかったから」

引っ張ると鞄がビリリと破れた

「あー!!!」るのさんが叫ぶ。

何かと思ったがともかく家に入れてるのさんの定位置のあたりに置く。


なんとなくゴツゴツしているのでPCではないだろうか?

とは思った。多分当たりだろうと思う。(俺はApple派だし、ノートPCなのでこれはスマートではない、と思っているが仕方ない)

るのさんが「荷物届いてる?」というので昨日届いたよ、と場所を示す。


「はー…疲れ…た…から、とりあえず今日は寝ていい…?」

そりゃ千葉から神奈川まで、こんな荷物運んだら重いだろう。駅から15分も(るのさんの足だと20分近く)かかるのだから。


とりあえず例によって薬を飲んでるのさんは寝た。

もちろん、俺も一緒に薬を飲んで寝た。






朝早くに目が覚めると、るのさんはいつものように先に起きていた。

説明を求めなくてもるのさんの方から話してきた。


「はー、まず相方が帰ってくる前に掃除、これがもう、ね…」

なるほど。急に家を開けたのだからそれは大変だったろう

「休まずに泉さん、あーこれ表紙のデザインの子!に連絡、表紙の手直し、書店特典描いて、あとDrop Boxからファイル送って…」

単行本の発売が迫っているんだったな、と思い出した。

「こっちにとりあえずいる資料を送って…」

それがあの「荷物」か。多分あの重さは本だろうなと思っていた。


「あと校正一気にやったら60時間くらいかかっちゃって…あいだ多分寝てない」

単行本の校正作業か、漫画の単行本でもそんなにかかるものなのか?

「あー、一番イヤだったのが「キチガイ」を「クレイジー」にしてもいいか?」っていう担当さんのー」

さすがに俺も口を挟む「キチガイはだめだろ」

「わかってる!大事なシーンなのよ!元は同人誌だから…、キ●ガイじゃダメですか?って言ってOKもらった」

釣りキチ三平でもダメな時代だし、キチガイが大事なシーンってなんだよ?と俺は思った。


「んで相方帰ってきてー」

ちょっとドキリ、とした。

「説明するのがめんどくさいなあと思ったけど、「なんかそんな予感もしてたよ」って」言われたから


今日から正式におじゃまします!いとうくん!」


歩きがトロトロしてる以外るのさんは何もかもが早かった。躁ならではなのかもしれないが、話すのも早かった。一回しかみたことはないが、スーパーでものを買うのも早かった。タイピングも早かった(初めて見た時は目を疑った)何か決断して迷った時は時計の数字が奇数か偶数かで決めるらしい。

トイレも他の女(なんであんなに遅いんだろう?とは思っていた。るのさんは早かった)より早いし、字を書くのも(筆記用具マニアだとは言ったがるのさんは字も綺麗だった)早かった。だが、すごく字画の多い本名を書くときは嫌がっていて、誰かと結婚願望はないが苗字を変えたい、と言っていた。


それで俺に「籍だけでいいから入れてくれ」と言ったのか。


るのさんが座椅子で(るのさんは「座椅子派でどこにでも手が届くところに置いておきたい」タイプだった)おじぎしてみつゆびをついていた。


俺がなんて返事をしたのか。


覚えてない




多分「うん」とだけ、答えた、と思う。

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