10

とうとう11月になった。

すぐに単行本が出る日、すなわち病院の日がやってきた。

「病院終わったら、単行本が並んでる写真撮りに行って良い?」と聞くのでOKした。「どんな感じなんだろ……」

いろんな感情が入り混じった声で言う。病院のことなのか、単行本のことなのか。

病院につくと、すぐにるのさんは診察室に通された。自分のときも長かったので初診の患者は丁寧に話を聞く先生だと知っていた。

スマホをいじって時間を潰していたが、もう45分か。

そろそろ出てくるだろう。

時計の長針が10をすぎる。そろそろ12時だ

るのさんが気が抜けたような表情で出てきて、俺に「私、ADHDでASDだって……」と告げた。俺はるのさんのかわりに診察室に入り「変わりないですが、彼女と暮らし始めました」と告げる。「そう」先生はPCを触り「薬はいつものでいい?」と聞く。「はい」

俺の診察は2分で終わった。


「おなかへったねえ、どこで食べる?」

聞いてくるるのさんがさっさと歩く俺の後ろをついてきて、手を握ってくる。

雑居ビルの地下一階に降りていくと

「つるの屋」という看板のある入口を入る。

それは慶應大学在学中から世話になっている店だ。壁いっぱいに慶応大学のOBのサインや、輝かしいサークルの活動の証、大会で優勝したときのフラッグ写真やらが飾られている。

「え、つるの…?」

るのさんがハッとする。

ああ、そうか。名字が鶴野だった。同じ名前なんだ。

「偶然だね!ここはよく来るの?」

「大学の時からずっと来てる」

「わぁ…」

混雑し始めた店の、入り口近くの小上がりに腰を下ろす。

靴を脱いでるのさんは正面に座った。

「おー!いらっしゃい!!」

細くてシュッとした、店長がやってきた。俺にとっては一ヶ月ぶり。るのさんは初対面だ。

「久しぶりです」

「おーおー、なんだもう一人は」

「ツレです」

そんな会話をしてるうちにるのさんは定食メニューの説明を中華系の店員に聞いている。

俺は慣れているので食べるものは決まっていた

黄金こがねで」

「え、えーとDで」

慌ててるのさんが店員のオススメを頼む。

「こがねってなに?」

水をすすりながらるのさんが聞いてくる。

「ここの定番」

「なによー!先に教えてよ!」

しばらくして飯がやってきた。

Dは豚肉とナスの炒めものだった。

るのさんは食べるのが遅いので、俺はおじさんと話をしていた。

そこにるのさんが割り込んで聞いてくる。

「お店の名前って、名字ですか?」

「んん?」

おじさんはるのさんの方を見る。「いや、先代がつけた名前でね、鶴…縁起がいいからつけたのかな?おれはわかんないや」

「あ、私鶴野っていうんですよ!」

「ぐうぜんだねー」

そんな会話だったと思う。

定食は700円だったが慶應大学生とOBは100円引きになるので600円。

るのさんにも適用されていた。

自分の財布から700円を取り出したるのさんに100円返すおじさんにるのさんは「え?いいんですか…!?す、すいません」

と財布をもう一度だして100円を戻した。

「なんか私も慶応OBのつもりになっちゃうね」

るのさんは上機嫌だった。


そこでゆっくりして、いざ秋葉原…と思い、JRの方に行こうとすると、るのさんが「今日はいい…」という。

初めての単行本が本屋に並べられているところを見に行くのではなかったのか?

「先生に…話ししたら…なんか疲れちゃった…」

(普段はあんなにべらべらしゃべるのにな)

思いながらるのさんの単行本なのだから、好きにしろと思い、家路についた。

例によって駅から15分歩くと、るのさんは布団に突っ伏した

「明日…改めてでいい?平日だし…」

明日は俺も都内に用事があったので一緒にいくことになった。

寝るまでなにか映画を見た気がする。さすがにそこまではおぼえていない。

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