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その日の夜、俺はるのさんが薬を飲んで寝付くのを観察した。

るのさんはすーすーと寝息を立てていた。

「毎日夢を見るし、数年前寝る前に蜂蜜を舐めるようになるまでは8割型悪夢だった」という。

るのさんが手を上にあげようとする。が、うちのベッドはそこで行き止まりだ。コツンとあたって手をそのまま頭のあたりに残す。

そして寝返りを何度もする。寝相は悪いわけではないが、さかんに動き、一回体がビクッとした。

少しでも音を立てたら目覚めてしまいそうでドキドキしながら見守った。

3時間と少ししてるのさんは目覚めた。

俺の顔を見て「何かまだ高校行ってる夢みてた…」という。

俺からしてみたらるのさんは睡眠を取れてないのと同じようなものだった。

早く精神科の予約日が来るといいのに、今までこんな睡眠で良く生きてきたものだ。

俺は寝てる時間はそう長くはなく、ほぼ6時間睡眠だが、何をしても起きないくらい深く寝ているし夢をみない。


るのさんは「生まれつきなの」というが、眠ったことのない人間なのだ、と

かわいそうに感じた。

「早く死ぬんじゃないかと思ってはいたよ」

「でも早く死なないねえ、39歳の時いきなり死ぬ予定だったんだ」

るのさんは笑った。


るのさんがここに来て3日目、タブレットパソコンで作業をしている彼女が「ご飯はどうしているの?」と聞いてきた。

るのさんはタブレットパソコンで絵を描いていた。

筆記用具もとにかくたくさん持っていた。「文房具マニア」だという。

俺の知らない不合理なマニアだった。

ボールペンなんて「書ければ」いい。うちにはボールペンはメモ用の一本しかなく、それも使うことはほとんどなかった。

絵を描く際に必要だという、それが高じて「文房具マニア」になったという。

コクーンからも異常にでかい筆入れを持ってきており、20本以上の筆記具が入っていた。

紙に描くこともあったが、基本的にタブレットパソコンがあれば仕事はできる、とるのさんは言った。


俺は生協から宅食(毎日朝玄関の前の保冷剤が入った小箱に置いて行ってくれてる弁当)を取って食べていた。

注文した時、生協の人でさえ「まずいですよ」というくらいまずかったが味はどうでもよかった。毎日洗い物も出ないし、栄養が取れる、それだけでよかった。米さえ炊かなかったし、電子レンジもほとんど使わなかった。コンロに至っては置いてさえいなかった。


るのさんが実際に生協に来た飯を見て

「うわ、留置場のメシよりひどい」と言った。

留置場?

聞くとるのさんは覚醒剤で相方がドジを踏んで捕まり、留置場に入ったことがあるらしい。20日間勾留されて、しかし無罪で出てきたとのことだ。


実際に生協の飯をつまんで、るのさんは決心したらしい

「明日から私がご飯作るよ!」


るのさんは双極性障害の明らかな「躁」状態に入っており、やたらとうちに来てから多弁になり、自分の41年の歴史を俺に伝えようとしていたが、他人に興味のない俺はだいたい聞き飛ばしていたし、少しうるさい以外は無害だったので放置していた。


「えーっとまず、カセットコンロを買おう」

うちの中を検分する。


シェアハウスを解散した時に大体のものを俺が引き取ったので、冷蔵庫も炊飯器も電子レンジも良いものが揃っていた。食器やコップなども一人暮らしにはありあまるほどあり、ないのはコンロだけだった。


いわゆる引きこもりであるるのさんが「今から買いに行こう!」という。

駅前のスーパーまでは往復30分かかるが、俺はそれに付き合った。


そして驚くべき速さで2つあるスーパーを往復した。

「よし!」

るのさんはカセットコンロとボンベ、無洗米、肉や野菜などをカゴに入れた。

合計5000円ほどになり、俺は「割り勘ね」といった。

るのさんは懐から3000円出した。

荷物は重かった。けどるのさんは引きこもりで非力だったので俺が荷物を持った。


家に帰ると早速米を炊き、フライパンで簡単な炒め物を作った。

「もう生協なんてやめちゃいなよ!」

俺は、すごく久しぶりに「手料理」を食べた。

正直、生協の飯より全然おいしかった。

「これからさ、私がご飯作る。私もいちいちコンビニ行くのめんどくさいし、お互いその方が何より「安い」」


そして、次の日にはGoogleマップで駅前のスーパーではなく徒歩20分もかかるスーパーに行き「高すぎて買うのもがなかった」と嘆いていた。


俺はかなりめんどくさい生協の宅食を止める手続きを始めた。

それと同時に、俺が行っている精神科の予約をした。11月6日に予約が取れた。


るのさんは、俺が睡眠薬が効いて6時間眠っている間、2時間しか眠れないのでダブルベッドから這い出してとなりの台所のある小部屋で必死にタブレットパソコンで作業をしているようだった。なんでも初めて単行本が出るらしい。

るのさんは同人作家としてはめずらしくいわゆる「二次創作」ではなく「オジリナル」の同人誌を出していた。商業誌に連載していたこともあるらしいが、るのさんが描く雑誌描く雑誌廃刊になってしまうという。

それをまとめて一冊の「単行本」になるらしい。

喜ばしいことだ。


と、ともに俺は少し焦りを感じていた。

俺には脚本やシナリオで食う、と言う夢があった。

俺の読んだ膨大な本、見た膨大な映画から、それは絶対に叶う夢だとは思っていた。

いまだに送られてきている実家からの30万円で俺は生きていたし、不自由はなかった。

が、得られないものがあった。


そして、俺といえば統合失調症独特の症状らしいが、夜いくら強い薬を飲んで寝てもスッキリせず、大体1日をベッドの上で映画でも流しながらだらだらと過ごしていた。俺は映画も好きで、高校生の時に自主制作映画を作ったほどだ。一年に700本観た年もあるし、文芸坐などにも足を運んでいた。一度に3本はみる。オールナイトにもよく行った。何本も映画を見るのは不眠であることを喜びに変えてくれたことにも(結果的にだが)なった。


るのさんの映画の趣味を聞くと「ブレードランナーがとにかく好き」という。

薬物の知識からバロウズに手を出し、原書でまで読んでいて、ディックもほとんど読んでいた。ただ、その程度であった。

俺もディックは好きで、ほぼ読んでいる。

「「ブレードランナー」ってタイトルはバロウズから取られてるんだよね、でも原作はディックでしょ?もう興奮しちゃって、何十回も見てる。字幕なしで見られる」

「へえ、あと好きな映画は?」

「薔薇の名前」

原作はウンベルト・エーコの分厚い本だ。原作を読んでいるのかと聞くと「前日島」は買ったんだけど難しくて、読めなかった」という。俺はもちろん全部読んでいた。

「あとは?」

「裸のランチ!クローネンバーグも好きだし、バロウズの自伝的作品でしょ?すっごいよくわかっちゃった」

俺もクローネンバーグは好きで全部見ている。

「んじゃクラッシュは見た?」と聞く

「んー、クローネンバーグ好きなんだけど「スパイダー」を楽しみにDVDで見たらつまんなくて、それ以来さかのぼることもしてなくて、あ「ミディアン」ならクローネンバーグ本人が出てるよ!」

どうやら映画の趣味は「合う」ようであった。

俺は大体の人と映画の趣味を「合わせられる」なぜなら見た量が段違いだからだ。でも本当に好きなブレードランナーやクローネンバーグに共通点を見ていた。


るのさんはその日の夜は「川崎駅近くに住んでいて新丸子は職場との通過点」である古い友人と飲みに行っていた。


単なる同人作家の引きこもりであると思っていたるのさんのFacebookページを見ると異常に友達が多かった。もちろん全然知らんやつから、俺の先輩にあたるAV監督の仁村公、翻訳家で殺人狂マニアの柳下貴一郎、俳句で有名な穂村一人、好きなAV女優、知っているライターも数人いた。共通の知り合いは、と探してみるとギーク界隈のやつらだけだった。

どうせ知り合いじゃなくてフォローしまくってるだけだろ。

俺はそう思った。



「コクーン」での「スキャンダル」については勝手な予想が深ま3日ほど経った今はギークホーム界隈の隅々まで伝わり、俺にくだらないあだ名をつけたやつもいた。

るのさんは自分のことのように怒ってそいつにTwitterでケンカをふっかけていた。

なんだかとても負けず嫌いなんだな、なんていう感じにその時は思っていた。

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