第4話 女達
帝都の衛星都市の一つアーグラの賑やかな繁華街をセミロングに伸ばした栗色の髪を風に輝かせ少女が歩いていく。口元は朗らかで親しみ安さを感じさせてくれる少女は、ミニスカートタイプの青色のワンピースを着ていて、胸に施された白地に赤のワンポイントが施されたマークからヴィーヴェレ教のシスターであることが分かる。
少女はあまり流行ってなさそうな店の前に立つとシスター服の乱れを直した。
「よし」
気を引き締め、少女はドアを開けて店内に入ると、カランカランと鈴が鳴った。
店内の棚には、干物や干し肉などの保存食が並べられている。その為にだろうか店内にはあまり日が入らないように配慮してか窓は曇りガラスになっていて、どこか薄暗い。奥まったとところにあるカウンターには客が無く暇そうにしていた中年の店主が船を漕いでいたが、鈴の音で起きたようで少女に挨拶してきた。
「いらっしゃい、ソネーレちゃん」
「やだな~。もうレディーを捕まえて、ちゃんは辞めて下さいよ」
「はは、そりゃすまないね」
店内の薄暗さのわりには、気さくそうな店主である。
ソネーレが笑いながら近寄ると、店主は立ち上がってカウンターの後ろにある棚から包みを取るとソネーレに渡した。
「これ頼まれていた保存食」
「はい、これ領収書」
ソネーレは中身を素早く確認すると店主に銅貨一枚と封がされた手紙を渡す。
「確かに」
いつものやり取りなのか店主は貰った手紙についての何かを聞くことは無い。
「ねえ、何か手紙とか無かった?」
「ないな、それだけだ」
店主は素っ気なく言う。
「そう」
ソネーレはちょっとだけ寂しそうな顔をしたが、直ぐに笑顔に戻した。
「じゃあ、またね」
「またな」
ソネーレはフレンドリーな態度とは裏腹に長居は無用とばかりにさっさと出て行く。
下手にお茶でも出されて飲んだら大変、気が付いたら娼館で客を取っていたなんてことになっていてもおかしくない。例え慣れ親しんでもマフィアなどに絶対に気を許してはいけないのだ。
「ふう~っ」
店外に出たソネーレは、空を見上げて溜息一つ。
私も立派な犯罪者だな~こりゃ。でも神様だって許してくれる、だってヴィーヴェレ教の教義は「生きろ」だもん。
だから、私はいいからシチハちゃんだけは許して上げてね。
天に祈りを捧げ、ソネーレは歩き出した。
怪盗フォックスの逮捕、魔族の襲来などと立て続けに事件が起きたにも関わらず、帝都に住む人々は、いつもと変わらず朝を迎えて働き出す。
それはヴィザナミ帝国の中枢ポラーレ宮でも変わらない。皇族が役人が貴族が国を動かす為、働きだしている。
ポラーレ宮は、上から見ると星形をしている宮殿で、皇帝直轄の宮で皇帝が執務を取る宮である。そのポラーレ宮を時計の文字盤見たく囲む十二の宮がある。総称エクリティカ宮は、宮それぞれが特徴的な屋敷をしていて、それぞれに十二皇子が住み各自が独自のプロジェクトを遂行している。エクリティカ宮と総称はされているが、各十二宮は帝都第三城壁の外縁に設置されていて距離的にかなり離れているので、一つ一つの宮が独立しているようなものである。これは昔の帝都が第三城壁までしかなく、十二皇子は最前線で戦うべしとした名残である。
だが今独立独歩の十二皇子達は、ポラーレ宮中央円卓室に全て揃っていた。
内訳は男子7、女子5、帝位を継ぐのに男女の区別なく、生まれの後先関係なく、ただその能力のみを求められる。
十二皇子意外には宰相、元帥、大臣など国の根幹を司る者達が集っている。錚錚たるメンバーが集まりこれから一ヶ月に一度行われる、十二皇子会議が開かれる。ここで各皇子達はそれぞれが推進している国家プロジェクトの成果を発表する。あまりに成果がないと、十二皇子から落とされ新たな皇子を迎えられることもある。
今はまだ皇帝は来てないようで、十二皇子達は互いを牽制し腹を探り合う談笑をしている。
「シーラ姉様」
「なにかしら、ルチアさん」
金髪をツインテールにまとめた12歳くらいの少女が、シーラに話しかける。幼く可愛い外見に油断しては行けない、彼女もまた十二皇子に選ばれるエリートなのだ。
「シーラ姉様の宮殿に魔族が侵入したって噂、本当ですか~」
シーラは、密偵には十分に気を付けてあるにも関わらずこれだと内心驚きながらも表面上は一切驚きはしない。物理的証拠でも見せつけられない限り、平然と白を切る。あっても、言い逃れる。
「あら、どこでそんな流言聞いたのかしら?」
シーラは、箱入り娘のように驚いてみせる。
「あらそうなのですか。もしそれが本当なら、勇者なんて夢物語じゃない、実際に頼りになる騎士を貸してあげようかと思いましたのに」
「それは大丈夫よ、ルチアちゃん。私にも頼りになる騎士はいますし、勇者も実在しますから」
ちゃんづけに眉を跳ね上げたルチアだが、何か言い返す前に衛兵の声が響いてきた。
「皇帝陛下到着」
会議室にいる者達は一斉に口を噤み、皇帝を迎えるため立ち上がる。
やがて、筋骨隆々の偉丈夫が無駄なく力強い足音を響かせて入室してきた。円卓室の空気がピリッと引き締まる。
ヴィザナミ帝国皇帝インヴァズ、彼は在位中に帝国の領土を倍にしたみせた侵略王。彼は額に刀傷が刻まれた顔で、十二皇子を一睨みすると席に着いた。
「着席しろ、会議を始める」
インヴァズ皇帝は、肩に掛かる重力を倍にする声で会議の開始を告げた。
会議は、十二皇子にそれぞれが順にプロジェクトの進行具合を発表し、それに対して十二皇子並び皇帝が質問していくことで進められていく。
「私が組織しました、対魔王戦用魔術騎士団は、第一期計画はほぼ終了し…」
今発表しているのはルードビッヒという青年で、20才後半くらいでオールバックを決めた切れ者を伺わせる男で、エクリティカ宮が一つビランチャ宮を担当している。卓越した頭脳と政治手腕を誇り奇抜なことをすること無く真っ直ぐ正道で皇帝への道を邁進している。
ルードビッヒは魔術騎士団の編成具合、訓練具合、それにかかる費用などを、淀みなく説明していく。
「勇者などという夢物語に頼ることなく。我が魔術騎士団が魔族など討ち滅ぼして見せましょう」
最後にルードビッヒはそう述べて説明を終わらせた。
「シーラ、お前の勇者探索はどうなっておる」
名が出たついでとばかりにインヴァズは、シーラに説明を求めた。
十二皇子全員の視線が突き刺さるが、そんな痛み感じないのかシーラは優雅に立ち上がると皇帝だけを見詰めて口を開いた。
「ご安心下さい、皇帝陛下。既に勇者候補の一人は見つかりました」
「ほうっ」
皇帝の表情が僅かに動いた。
「嘘だろ」
「ハッタリだ」
円卓にざわめきが走る。3ヶ月前にシーラからこのプロジェクトが提案されたとき、誰もが失脚寸前の自暴自棄になった賭だと思っていた。なのに今、それがいると断言したのだ。
「ほんとうに勇者候補なのか、そこらのマスタークラスを連れてきただけじゃ無いのか」
十二皇子の誰かが揶揄してきた。
マスターとは、人として技を達人レベルまでに極めた者に贈られる称号。確かに強いがそれは人としての枠内でのことで、伝説の勇者は求められる次元が違う。
「ご心配なく。勇者と伝説に残るだけの力の片鱗があることは、確認してあります。彼ならばきっと勇者として覚醒してくれるでしょう。
もちろん、勇者だけで魔王に勝てるとは言いませんが、その存在はこの度の戦いをかなり有利にすると確信します」
シーラは、実際には断られ逃げられたのだが、そんなこと些細なこととばかりにものの見事に自分に都合のいい真実だけを述べる。下手な嘘を言ってないだけに、その言葉には自信と信憑性が溢れ他の十二皇子を唸らせる。
「ならば、一度その力、我々の前で披露して貰いたいな」
ルードビッヒが提案してくる。その口調に揶揄など無い、真剣。彼はシーラの力を認めている。だから直ぐに勇者候補はいるものと認め、その力を一度確かめようとする。場合によっては、自分の陣営に引き込もうとする強かささえ伺える。
それでもルードビッヒは、表に出すだけやり取りが出来る方である。他の十二皇子など何を考えているかシーラにも全く読めない者が多々いる。
「今は、まだその時ではありません」
もったい付けるが肝心の勇者候補の協力は得られてないのだ、ルードビッヒの魂胆に関係なく見せられる訳がない。
「なぜだ」
インヴァズが直々に尋ねてきた。
皇帝ですら興味を持ってくれた。シーラは手応えを感じるが、それだけにここは誰もが納得する理由を述べて断らなくては場が収まらなくなる。最悪、隠した事実を暴かれてしまう。
「切り札である勇者候補はギリギリまで秘匿するべきです。勇者候補といえど人間に変わりなく、日常において油断しているときなら暗殺が可能です。魔族などの良からぬ事を考える者達がいる以上、危険は出来るだけ避けるべきです」
敵は直接戦う魔族だけじゃない、ライバルを蹴落とすため十二皇子の誰かが勇者に毒を盛る可能性もある。そこいらのニアンスをシーラは「魔族」と断言せず「魔族など」に込めておいたが、皇帝はどう受け取ってくれたか。
シーラは判決を受ける受刑者の気分で、皇帝の言葉を待った。
「うむ。その慎重さ皇帝になる資質と認めよう。だが、いよいよとなったら披露して貰うぞ」
皇帝はシーラの慎重さを良しとしてくれた、シーラは内心ガッツポーズを取るが、表面上は平静のまま当然とばかりに澄ましている。
「はい、心得ています」
何とか乗り切れたシーラは、他の皇子のプロジェクトなど上の空で、どうすればシチハを味方に引き入れられるか、会議中ずっと考えていた。
エクリティカ宮のうちシーラが担当するのはジェーメリ宮、シチハが捕らわれていたのもここである。十二皇子会議が終わり、シーラはジェーメリ宮内の自室に帰ってきていた。
シーラは、鏡の前に立ちドレスを脱ぎ捨て街娘が着るような服装に着替えていく。その背後にも鏡を置いてあるのか、もう一人のシーラが立っている。
「本当にやるのですか、シーラお姉様」
鏡ではなかった、シーラとそっくりな娘は心配そうにシーラの美しい髪を三つ編みに編んでいく。
「ええ、もう決めました。シチハは私達の親がやったことで心を固く閉ざしています。その心を開くには、十二皇子である私が全力でぶつかるしかないのです」
シーラは実際に会ってシチハが金や地位に釣られることはないと悟った。そんな男に幾ら部下を派遣しても首を縦に振らせることは不可能だろう。最悪人質という手もあるかもしれないが、それは一歩間違えれば完全に敵に回してしまう鬼手であり、世界を救う勇者はやはり自発的で無ければ困難を乗り越えることは出来ないとシーラは考える。
「なら私が・・・」
「私の我が儘かもしれないけど、自分の手で為したいのお願い」
「分かりました、お姉様」
シーラの気性を知っているのか、それ以上の反対を口にすることなく、少女は諦めたように了承してくれた。
「私がいない間は、頼みましたよセーラ」
セーラはシーラの双子の妹でその存在は公式にはない。
彼女は、シーラの影武者であって影武者じゃない、もう一人の自分。今まで、シーラは自分が二人いる利点を生かし幾度となく危機を乗り切ってきた。
シーラは生地は厚手で野暮ったい感じがするが、少々のことでは破れない町娘が着るような丈夫な白のブラウスと紺のスカートに着替え終えた。
「よし」
シーラは鏡の前で服装を整え、セーラに振り返った。
「もし万が一私が帰らなかったときには、あなたがシーラとなって私の夢を引き継いで下さい」
「姉さん」
シーラは今、そのもう一人の自分に後事を託すと必需品の入った茶色の旅行鞄と片方は三日月状もう片方は薙ぎ払う刃になっている、愛用のバトルスピナーを持つ。
その姿を今生の別れのように見詰めるセーラは、再会を祈って告げる。
「御武運祈ってます」
双子の姉妹は、もう一度一つに戻りたいとばかりに熱く強く抱き合う。だが、それは時を戻せない以上無理な話、一時すると包容を離し、シーラは秘密通路を使い宮から抜け出ていくのであった。
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