第2話 姫

 20歳前後の青年が、ロープで後ろ手に縛られ床に座らされていた。

 身長は170半くらい、少し日に焼けた体は無駄なく引き締まっている。伸ばした黒髪で荒々しい髪型をして、世界全てを睨み付ける漆黒の目をしている。 

 縛られた青年ことフォックスは、訝しんでいた。


 捕らえられた以上、冷たい地下牢か、そのままギロチン台に乗っていてもおかしくはない。それがなんで縛られているとはいえ。こんな所にいるんだ?

 捕らえられている部屋は50人は入れそうな大部屋だ。床にはふわふわの真っ赤な絨毯が敷かれていて、床に座らされているにも関わらず寒くも無く痛くも無い、家の椅子より座り心地はいいんじゃないか?

 壁は滑らかに磨かれた白亜の大理石に絵画が飾られ、柱には細かい文様が施されている。家の漆喰が剥がれかけた壁を見ているより何倍も心が安らぐ。そして、レースの施された朱色のカーテンが開け放たれた窓からは二度と見れないと思っていた明るい日差しが入り込んできて部屋の中を照らしている。

 囚人を監禁する場所どころか、来賓室にさえ見える。自分は招待された客なのではと錯覚してしまいそうだが、俺をずらりと取り囲んだ騎士や魔術士達の殺伐とした雰囲気がそんな夢想から目を覚まさせてくる。

 取り囲む者達は、殺気というより侮蔑の視線を向けてくる。

 こういう視線は慣れっこだ、街で戦勝国の市民が敗戦国の俺達に良く向けてくる。対応もよく知っている。視線を逸らし俯いてやれば、勝手に優越感に浸って隙を作ってくれる。この場の屈辱なんて屁でも無い、誇りじゃ腹は膨れない。

 俺が俯いてからどのくらい続いたのか、やがて部屋に誰か入室してきた気配を感じ視線を上げた。

 良く訓練された動きで人垣はさっと割れ、開けられた道を通って少女が現れた。

 雪肌に純白のドレスを纏い、滑るように歩いて腰まで真っ直ぐ伸びた青髪が清流のように揺れ輝いている。

 腰はくびれ腹も引き締まってドレスの上から臍のラインがうっすら浮き出ている。引き締まったラインから続く胸は熟れる一歩前の青い果実のようで清純。

 浮き出た鎖骨から美しい指数ラインを描く細い首には、戦う者の意思が形作る顔があった。

 俺の一歩手前で少女はその足を止め、猫のようにクリッとしたサファイヤブルーの瞳で俺を射抜いてきた。

 こんな綺麗な人を俺は初めて見た。素直な気持ちで思ってしまう。しかも綺麗なだけじゃない、少女からは人を従える威厳みたいなものも感じてしまう。この俺が頭を自然と下げそうになる。

 こいつか。

 確信した。この目の前の女こそが俺をこんな目に遭わせた張本人だ。

 俺は視線を少女一人に集中した。

「怪盗フォックス。いえシチハ」

 シチハと呼ばれ、頬をぴくっとしてしまった。

「へえ~よく調べたじゃないか」

 俺の襲撃計画すら察知した奴だ、隠し通してもしょうがあるまい。開き直った態度で嫌みったらしく言い返してやった。

「はい」

 悪意が通じないのか、通じていての意趣返しなのか。少女は大事な人に褒められたようにニッコリと笑顔を返してきた。

「でっ、俺をこんな所に連れてきて何の用だ。それとも地下牢は囚人で一杯か」

 笑顔の意味を計りかねるが、この女の情報を得るためにも更なる皮肉を当て擦り反応を伺う。

「あなたに、お願いがあって来て頂きました」

「はっ、捕まえただろ。それともこれが、ヴィザナミ流の招待の仕方か」

「それはしょうがありませんわ。そうしないとあなたは逃げてしまいますもの」

 にこっと微笑む少女から悪びれた様子は全く感じられない、さも当然そうに言う。

 こいつは相当のタマ、悪魔だな。外見に騙されると、死して魂まで奪われる羽目になる。

 これからは一言一句良く吟味して話さないとな。

「俺は名も知らない奴の頼みなんか、聞く気はないぜ」

 正直に話すとは思えなかったが、出方を伺うため尋ねておく。

「これは失礼しました。

 私はヴィザナミ帝国十二皇子の一人、シーラ・ヒューレアム」

 シーラはドレスの裾を摘み上げ、皇帝にでも挨拶するように優雅に頭を下げた。

「なっ」 

 あまりのビックネームに、不随神経ですら停止する。

 表情も、呼吸も、鼓動も止まって、刹那の時だが死んでしまった。

 ショック死に匹敵するビックネーム十二皇子とは、次期ヴィザナミ帝国皇帝候補として選ばれた12人の王族。次期皇帝は、この12人の内最も功績のあった皇子が選ばれることになっている。

「っに!」

 鼓動が戻った、戻った鼓動と共に全身に憎悪の波が打ち寄せてくる。体が燃えるように熱い。その熱を全て視線に込めて睨む。

「そんな姫さんが、全てを奪われた俺なんぞに、どんな頼み事があるってんだ」

 怒りで震えそうになる声を誤魔化すため伝法調でしゃべる。これで少しは交渉する余地があるように思われるだろ。

 こいつのために指一本動かす気はないが、もう少し時間を稼ぎたい。

「この国を救うため、勇者になってくれませんか」

「はあ?」

 高まり爆発寸前だったボルテージが穴が開いたように抜けていく。

 何言ってんだ、この女? 脳内にお花でも咲いたか?

「俄に信じられないのはしょうがないですが、あなたにはその力があります。今その証拠をお見せします。

 頼みます」

 シーラは、背後に控えていた騎士に目配せをした。

「はっ」

 女?

 いままでシーラに気を取られ気付かなかったが、その女騎士はずっとシーラの傍に影のように控えていたのだ。

 兜こそしてないが白銀のライトアーマーに身を包み、金髪の三つ編みをした素顔を晒している。剣を具現化したような鋭い顔立ちをしていて、お飾りの騎士じゃ無いことを伺わせる。皇子の直属ならマスタークラスでも可笑しくない。

 女騎士は氷の表情のまま剣を引き抜き、正面に寄ってくる。

 間に合わないか。ちっ、なんでえ頼みってのは斬首ショーを見せろってことか。

 そういえば遊び半分で仲間を殺してくれた貴族様もいたっけな。

 ちきしょう、絶対に諦めてたまるか。足掻く。足掻き切ってみせる。それが生き残ってしまった俺の義務。

 心を静め頭上に振り上げられた剣を静かに見詰めた。

 不思議と殺気を感じない。俺を人と思ってないか、殺す気が無いか。

 俺は一瞬だけ剣士の目を覗き見る。

 その瞬間振り下ろされた。

 自分の左胸目掛けて、振り下ろされていくる剣の軌跡を瞬き一つしないで見届ける。見つめる剣閃は服の前だけを切り裂く。

 ぱらりと服ははだけ晒される胸、そこにあるXに切り裂かれた傷跡も晒される。

 シーラは俺の前に屈むと、宝でも見つけたように傷に触れてきた。絹のように滑らかな肌が胸を包み込み、こんな時でもなければ、その感触を味わいたくなる。

 だが今は怒りしか沸いてこない。この傷こそヴィザナミに刻み込まれた屈辱の証であり、俺の反逆の証。それにヴィザナミの皇子が触れているとは、許せねえ。

 だが今は我慢だ。怒りを沈めろ。

「これこそ世界を救う力を授かった勇者の証、聖痕なのです」

 シーラに冗談を言っている様子は感じられない。いや、神託を告げる聖女のような厳かさえ、シーラから受ける。

「俺が勇者だと」

「はい。正確には勇者になる可能性がある勇者候補ですが、あなたならきっと私の期待に応えて勇者になってくれると信じています」

 初めて会った奴に信じていると言われててもね~。は~そうですかくらいの感想しか出ない。

「この国を救うって?」

「300年前に封じた魔王が間もなく復活します」

 シーラは魔王という不吉なる言葉を放った。

 伝説にこうある。

 500年前、魔王は突如この世界に現れ繁栄の絶頂にあった人類に戦いを挑んできた。魔王が従える魔物達の異界の理「魔法」の前に、瞬く間に人類の1/3が死滅した。

 残りの人類は結束して抵抗、人類の叡智の力と魔法との戦いは凄まじく、大陸が砕かれ、海が蒸発し、大地が隆起するほどだった。

 個で強い魔族と数で強い人類、徐々にその数を減らしていく人類は緩慢な滅びへの道を進んでいった。

 だが300年前天より勇者が使わされ戦況は一変した。その力一騎一軍に匹敵し、人類は勇者の下最後の反抗を試み、ついに魔王を封印したという伝説が伝わっている。

 そして、伝説の最後には再び魔王が蘇るとき、勇者も再び現れると予言されている。

 まあ、お伽噺だな。

 こちとら生まれたときから魔物がいる世界にいるんだ、逆に魔物がいなかった世界の方が想像できない。

「魔王ね」

 宗教によっては魔王は慈悲深い神が封印したという話しもあれば、世界は最初からこんな世界で勇者や魔王は神話に過ぎないという説を唱える学者もいる。

 つまり勇者や魔王なんてそれだけ眉唾って事で、子供くらいしか信じない勇者伝説を本気で信じるのか?

「そうなれば、この国も戦果に巻き込まれ多くの人が死にます。ですからあなたには勇者になって頂いて、この国を救って欲しいのです」

 シーラは自分の真意を伝えるように湖水のように澄んだ瞳を、俺の目に合わせてくる。

「俺が勇者だかなんだかで、俺が戦わないとこの国の多くの人が死ぬと」

「そうです」

 淀みなく言い切ったシーラの瞳から天の啓示の如き衝撃が全身を駆け巡り、思わず俯き肩が震えだした。

「重圧は分かりますが、我々も協力は惜しみません。一緒に魔王を倒しましょう」

 シーラは俺の肩に自分の気持ちを伝えるように優しく、それでいて力強く手を置いてきた。その手から共に戦おうという真意が伝わってくる。

 こいつ、本気だ。本気なんだ。

「ぶわははははははははっ」

 怒りが笑いとなって狂気が吐き出されるのを自分でも止められない。

「きゃっ」

 突然高笑いをし出した俺にシーラは腰が引き気味に成り目を丸くした。

「馬鹿かてめえ」

 吸い込めば死にそうになるほど毒々しく言葉を吐き捨てた。

「やはり、信じられないのですか」

 シーラは困惑した表情を浮かべ、ズレたことを言う。

「そんなこっちゃねえ。

 お前俺のこと調べたんだろうが。だったら、この国が滅び何百万人のこの国の人間が死に絶えても、俺が喜びこそすれ悲しまないことは分かっているだろうが」

「やはり」

 シーラは俺の言葉に驚くより、どこか納得した顔をする。

「そうさ、俺は7年前にお前達に滅ぼされたアルヴァディーレの民だ。

 お前達が過去俺達に何をし、今何をしているか、知らないとは言わせないぞ」

「知っています」

 シーラは逃げることも誤魔化すこともせず答えた。

「なら分かっているはずだ。仮に俺が勇者だとしても、絶対に戦わない。この国が滅ぶ様を高みの見物させて貰う。

 うひゃははははっは、滅べ滅べ。ヴィザナミ人なんか一人残らず死に絶えるがいいさ」

 それは呪詛の言葉、狂ったように笑い声を部屋中に染みこませていく。

 狂気に尻込みしたシーラだったが、意を決した俺の頬に優しく触れてきた。その手から温もりが伝わってくる。

「シチハ。過去の憎しみは捨て去り、未来のために戦おうとは思いませんか」

 シーラは俺と目線の高さを同じにして、訴えてくる。

 その光景は、聖女が罪人に光をもたらす宗教画のように美しく、周りにいる騎士達は心打たれたのか感涙している者すらいる。

「おまえ」

 俺の笑いは止まった。心の底からシーラを優しく見詰め返す。

「真の馬鹿だな」

 俺を縛っていたはずの縄が解け床に落ち、気付く間すら与えずシーラを羽交い締めにした。ちきしょう、柔らかい感触が俺の腕に胸に返ってきて甘い匂いが立ちこめてくる。こんな時で無ければゆっくり味わいたいぜ。

 羽交い締めから流れるようにシーラの腕を後ろ手にねじり上げる。

「あら不思議、さっきと立場逆転俺が可哀想な姫さんを虜囚の身になってしまいました」

「姫!」

 俺の入れ替わり手品ショーにあっけに取られ、ぽかんとマヌケ面をさらす騎士達の中、女騎士がいち早く我に返り動こうとした。

「おっと動くな。こんな細い首一瞬で折れるぜ」

 シーラの細い首を鷲掴みして、動こうとした女騎士を牽制した。

「俺が逃げ切るまでの間、動かないで貰おうか。そうすりゃ殺しはしないさ」

 俺は女騎士を刺激しないように、ゆっくりとシーラと共に立ち上がった。

「そんな言葉、信じられるか」

 女騎士が、摺り足でジリジリ寄ってくる。

「不可侵条約を破って殺戮を開始したお前等と一緒にするな。

 俺は誇り高きアルヴァディーレ人、約束は守る」

 神聖な言葉、アルヴァディーレと名乗った時だけ気持ちが厳かになる。

 何を感じたか女騎士達が静まったのを見て、その気持ちも霧散しちまった。

「俺はさあ~、折角この国が滅びるなんておもしろイベントがあるんなら、地下牢でなく特等席で見学したいだけなんだよ」

 まあこの頭お花畑のお姫様の言うことが本当ならなんだが、今は憎いお姫様の言葉でも信じたい気分だ。

 いや信じよう。

 なぜならその方が楽しいから。

「くっくっくくわっくわっっかっか」

 もうすぐ開幕する殺戮劇場を楽しみに自然と笑い声が湧き上がってしまう。

 その狂気に周りの者達は圧倒され呑まれた。

「それが無理だってんなら、ここでこの姫さんだけでも道連れにしたっていいんだぜ」

「貴様、姫様がこの世界にとってどれだけ大事な人なのか分かっているかっ」

「だったら! そう思うなら、大人しく道を空けろっ」

 俺の一喝で潮が引くように騎士や魔術士達が左右に割れていく中、一人の魔術師だけがその場を動かず俺の前に立ち塞がった。フードで隠され顔は見えないが、魔術士からは全くどく気配が感じられない。

 ハッタリと思われたか。

「おんや~大事な姫がどうなってもいいのかな」

 片眉を吊り上げ憎たらしげに言うだけでなく、シーラの首を掴む腕にも力を込めた。

「くっ」

 シーラが眉を八の字に顰め苦悶の吐息が漏れる。

 細く柔らかい女の首、その絹のような柔肌にに食い込んでいく感触が心地いい。思わずこのまま力を際限なく込めそうになるが、肌が青白くなり歪むシーラの顔に正気に戻った。

 ちっ、何をしてやがるんだ、俺を快楽殺人者に目覚めさせるつもりかよ。

「貴様何をしている。今は姫様の安全を優先しろ」

 歪むシーラの表情に女騎士が慌て魔術士を叱責する。

「勇者よ、お前はこの国が滅ぶ様を見たいと言ったな」

 魔術士は女騎士の言葉など聞こえなかったように無視して俺に問いかけてくる。

「ああっ」

 やばい。本能が囁く、こいつは危険だ。

 咄嗟に荒々しくシーラを盾にして身構えた。これで何かされても一回くらいは防げるだろ。仮に防げなくてもシーラを死での旅立ちの駄賃に出来る。

「その願い、我等が叶えてやろう」

 魔術士が、スピナーとローブを投げ捨てた。そう魔術師が魔術師たらしめるものスピナーを投げ捨てたのだ。

「魔人っ」

 誰かが悲鳴を漏らし、広間にいる誰もが、フードが無くなり晒された顔に凝視した。

 晒される素顔の額には、禍々しい角が生えていたのだ。

 巌のような顔をし、小麦色の筋肉を見せつける為か腕輪と首飾りだけで上半身裸の格好、ここまでは人間と変わらない、だが額から生えている角が彼が魔族であることを示している。ズボンの中に隠しているのだろうが、多分尻尾も生えている。

 魔人、魔王に従い人間を滅ぼさんと欲する魔物の中で、高い知能と魔力を持つ種族で人類の天敵とも言える。

 それが証拠に真正面からの力押しでなく、どうやったかは知らないが騒ぎを起こすこと無くここに紛れ込んで様子を伺っていた。此奴らがマヌケなのを差し引いても、そんなこと知恵の無い魔物には出来ない芸当だ。

「おのれ、汚らわしい魔人が」

 勇気があるのか蛮勇なのか、一人の騎士が他の者が止める間もなく魔人に斬りかかっていった。

「五月蠅い」

 ぺしゃっ、あっさりと顔を掴まれ、そのまま押し畳まれてしまった。

 あっさりと蚊でも潰すように一人の命が潰されてしまった。

 ちっ。

 それにしても魔人の筋力は最低で常人の10倍はあるという噂は本当だったのか。

「このように人間は全て殺す。だから、安心して死ぬがいい」

 魔人は手刀を振り上げ俺に襲いかかってきた。

「ちっい」

 シーラを左に放り投げ、俺は右手に飛んだ。寸での所で魔人の手刀は空を切り、するっと背後に回り込み蹴りを叩き込む。

「なかなか、素早い」

 全く効いた風もなく魔人は俺の方に振り返ってくる。

「おいおい、話を聞いてなかったのか。俺はこいつ等には協力しないんだぜ。俺なんか無視して、勝手にこいつ等滅ぼしてくれよ」

 魔人は頭が悪いんじゃねえか。そんなことさえ思ったが、それは流石に黙っておく。

「前回の戦いで学んだんでな。将来躓きそうになる物は、小石だろうと排除しておく」

「あんまり心配性だと禿げるぜ」

 魔人に気圧され、ジリジリと下がってしまう。

 素手じゃまずいと視線を左右に素早く旋回させる。

 剣を構えて戦況を伺う騎士に、慌ててスピナーにキューブをセットしようとしている魔術士。

「はっ」

 右手に飛んで、とろい魔術士に殴りかかる。まさか、この状況で俺が攻撃してくるとは思ってなかったマヌケな魔術士をあっさりと殴り倒し、スピナーを奪わった。

「足掻くな」

 背後の殺気が膨れ上がった、襲いかかってくる気配が丸わかりだ。

「とろい」

 読み通り。振り返ると同時に拳をスピナーで受け、そこを起点にスピナーを旋回させる。カウンターで回されたスピナーの柄が魔人の腹を打ち付けた。

「ぐはっ」

 流石に今度は効いたようだ。魔族が身を屈めたその隙に、パッと飛び退いた。跳んだ勢いのままにクルっと一回転、360°回る視界で騎士達の動き、魔術師達の配置、シーラの位置に部屋のレイアウトを見ると同時に運命を分ける情報分析を一瞬で済ませ動く。

「南無三っ」

 窓に向かって全力で走って、走り抜いて、窓を突き破った。

 一瞬の浮遊感を感じつつ、下を見れば、高さ的に2階。ちゃんと着地すれば足は痛まないで済む高さ。

 賭に勝った。

 あの場で踏ん張れば、その内応援が駆けつけ如何に魔人とはいえ一人では撃退されただろうが当然俺は再度捕まる。

 ならリスクがあろうともチャンスに賭けるのが男ってもんだろ。

 膝のダンパーの如く機能させて着地すると同時に地面に転がる。転がり立ち上がると、幸い足は痛めてなかった。ならば、後は後ろを見ずに走り出すのみよ。


「待てっ」

 魔人は慌ててシチハの追撃をするべく、窓から飛び出していく。

 現場には、戸惑うばかりの者達と、シーラが残された。

「何をしていますフェデルタ。直ぐにシチハを追いなさい」

 自分を守るように立っている女騎士フェデルタに、シーラは厳しく命令した。

「しっしかし」

「勇者の確保が絶対優先事項です」

 戸惑うフェデルタの視線をシーラは弾き返し、フェデルタの目を射抜いた。

「分かりました。五人残り、後は私に続け」

 致命的なタイムラグを抱え、フェデルタ達もシチハの追撃を開始する。

「頼みましたよ。フェデルタ」

 シーラは、部屋のドアから出て行くフェデルタの背中を、祈るように見送るのであった。


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