re世界を覆せ 黒き勇者

御簾神 ガクル

第1話 怪盗

 全てが燃える。

 学校も、家も、畑も。

 先生も、家族も。友達も。

 全てが、紅蓮に染まって消えていった。

 そして怒りだけが残った。


 月明かりが窓から零れ、部屋を闇からわずかに浮かび上がらす。昼間の太陽なら煌びやかに輝く豪華な装飾が施された家具達も、闇に染められシックに慎んでいる。

 天蓋付きのベットが据えられた広い部屋の床には、シルクの寝間着に身を包んだ中年が縄で縛られ転がされている。猿ぐつわを噛まされ助けも呼べず、涙目で自分の財産が掠め取られていくのを見ている。哀れな男の視線の先、黒装束に全身を包んだ男がいた。黒装束の男は唯一剥き出しになっている目をぎらつかせ、部屋に飾られていた鎧の中に隠された金庫から宝石やら金貨やら鷲掴みにしては皮袋に入れていく。

 株券や書類などには手を付けず、金庫が空になると黒装束の男は床に転がしておいたこの部屋の主の方に、ゆっくりと向いていく。


「さて、目の前で財宝を掠め取られるを見ていた感想はどうかな? 口惜しかったか?」

 俺はマスクで折角の美声が曇った声で問いかけつつブタ野郎の目を見る。

 ついさっきまで奪う側で傲慢の光に満ちていた目が奪われる側に回ったことで浮かべる悔しさとと哀しみのマーブルの闇に染まっていた。

「いい目だ。これで少しは奪われる者の気持ちが分かったかっ」

 湧き上がる怒りのままに勢いを付けて靴のつま先を鳩尾にめり込ませた。

「うぐっ」

 館の主は、一瞬で気絶してしまった。白目を晒すそのマヌケ面にますます苛立ちが集ってくる。こんな、こんな一発で幸せに落ちてしまう根性無しなんかに俺達は・・・。

 その数倍の苦しみと痛みでも歯を食いしばって耐えてきたというのに。

「けっ豚が、床で這い蹲ってろ」

 館の主の顔を踏み付け、ぐりぐり床に擦り付けてやる。このまま踏み潰してしまいたくなるが、そこまでやったら此奴等と同じクソになる。床を磨いてクソ汚れたマヌケ面を見て溜飲を納めた。

「じゃあ、ありがたく頂いていくぜ」

 振り返ること無く俺は部屋から去って行った。


「貴族なんてチョロいもんだ」

 屋敷の裏口から脱出し、裏庭に出ると視線の先を塀が塞ぐ。

 ここは刑務所かと勘違いしそうな高い石垣の塀が張り巡らされ屋敷を外界から完全に隔離されている。おかげで手入れの行き届いた庭園の草の息吹が聞こえる程に静まりかえっている。

 人から簡単に奪い取る奴に限って、自分の財産が奪われるのは兎並みに怖いらしい。それとも積み重なった恨みの山の高さを無意識に感じているのか。

「ケッ」

 振り返り様に壁に蹴りを入れてやったが、見上げるほどに高い石造り3階建ての屋敷はビクともしない。足が痛いだけだ。

 さてと長居は無用、侵入時に使用したトンネルに向かって走り出した。高い壁があるなら下からと壁の下を潜るトンネルを掘り進め、そこから侵入したのだ。少々地味で根気のいる作業だったが、その苦労あって入ってしまえば高い壁に安心しきっていた警備兵など、軽く沈黙出来た。

 仕事の7分まではうまくいった、後は尾行に注意しつつ逃走出来れば塒で盗んだ財宝をゆっくり拝める。

「仕事はシメが肝心」

 自分を戒め足音を殺して地をぶっ叩き、冷たい空気を切り裂いていく。獣に戻れたように爽快、トンネルは使用人達が住む別棟などが並ぶ傍にある。別棟がぐんぐん迫る。トンネルまであと少し。

 ぼうっと燃え上がる音と共に、昼間に迷い込んだように明るく照らし出された。

「何だ!」

 慌てて見渡せば、屋敷を囲む高い塀の上に松明を片手に立つ男達が一斉に立ち並んでいた。男達は揃いの格好、白地の詰め襟の軍服に身を包み帯刀をしている。治安維持を任された警察じゃ無い、どこの部隊だ。

「待ち伏せされただとっ!」

 これだけの人数通報されてから、夜中に動員出来るもんじゃねえ。どこからか情報が漏れたんだ。情報漏れを嫌って、トンネルは一人で掘り進めた。屋敷の情報だって、ダミーを含ませるため複数筋から複数の貴族の情報を入手した。

 一体!一体?どこから漏れたって言うんだ俺は完璧だったはず。

「大人しく投降しろ、怪盗フォックス。貴様は完全に包囲されている」

 塀の上にいる一人が、拡声器で声を張り上げ、呼び掛けてくる。

「はっ」

 俺としたことが少々取り乱しちまったぜ。今はそんなことを詮索している場合じゃ無い。

 フォックス、それは今ヴィザナミ帝国帝都ソピアフォスを騒がせ、貧民層からは英雄視、支配層からは恐れられている怪盗の名であり、俺のことよ。

 それにしても冗談じゃねえぜ。

 市民権もない俺が捕まれば、それは裁判無しの死刑を意味する。大人しく投降する馬鹿がいるか。

「やむなしか」

 ガシャン、堅い物が落下しぶつかる音が響く。

 口惜しいが盗んだ獲物を放棄した。小金に執着して捕まってはしょうがない。

 さて身軽には成ったが、さてどうしたものか? 

 悩んだ時間は数秒。さっと、右手に走り出した。光から逃れるため地面すれすれまで頭を屈めつつ地を疾走していく。

 屋敷の地図は頭に叩き込んである。左手に走れば潜入に使ったトンネルがあるが、素直に諦めよう。これだけのことをする奴だ、出口にも待ち伏せされているだろう。

 右手に行けば別棟と塀に挟まれた狭い間を走ることになるが抜ければ馬小屋がある。うまく使えば脱出の可能性は高まる。前後を塞がれるリスクもあるが、事事に及んではリスクの無い選択肢は無いだろ。

 狭い間に走り込み、走ること数秒俺の視線を塞ぐ鋼鉄の壁が立ち塞がった。

 松明の炎が映り込むプレートメイルで隙間なく武装した重装歩兵達が、横陣隊列を作って道を塞ぐように待ちかまえていたのだ。

「おいおい、ここは街中だぜ。戦争でもするつもりか」

 俺が幾ら帝都に煌めく有名人だと言ったって、それでもたかが怪盗一人の逮捕に出張ってくるような部隊じゃ無い。街中で出てくるとすれば、テロリストやクーデターなど国家規模の犯罪の時ぐらいだ。

 俺は知らぬ間に国家級の英雄になっていたのかな?

 重装歩兵達はズラリと剣を抜き放ち剣林を築く。

「はっ容赦無しっててか。だが国家的英雄を相手にするには足りねえなっ」

 不敵に笑って足を緩めることも反転もしない、更に加速した。

 重装歩兵、陣形を組んだらまさに鉄壁の人垣要塞、それに突っ込むなんて自殺行為に等しい。だが反転してしまえば追撃できない鈍亀。

 ならば答えは決まっている、突撃だ。反転すれば敵の思うつぼ、あの剣は威嚇だ。ここで反転すると読んでいるはず。反転する先にこそ詰めの一手が待ち構えている。

 なら逆にだ、ここを突破できれば意表を突ける。そこに活路あり。

 すれ違いの攻防に命運を賭けた。

 俺は重装備の壁に向かって真っ直ぐ切り込んで行く。

 ぐんぐん視界に占める割合が広がるスクラムを組む鋼鉄の壁。

 今までは一体となった壁と認識していたが、一人一人の個人が識別できるようになる。

 鎧の汚れが見えてきて、息づかいが聞こえてくる。

 剣先をこちらに向けられ、剣の人を突き刺す鋭利に尖った先端が見えてくる。

 十数人分の殺気に押し返されそうになる。

 だが、ここで竦んだらお仕舞い。潰される。進め、竦む足に怯える心臓に鞭を打つ。

 注がれる視線を掻き分け突き進み、識別できる個人の中から一人を見い出す。

 彼奴だけが僅かに剣先が震えている。

 微妙に狙った獲物の方に足を向ける。

 後二歩で剣の間合い。

 はあ、はあ、はあ、すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 乱れた呼吸を整える。

 俺はやれる、磨き上げた怪盗の技がある。

 やれるっ。

 刹那足をふわっと止める。獲物が予想していた俺の数瞬先の場所からは俺は消える。単純なフェイトだが、その僅か数瞬俺を見失った隙に、すっと獲物の意識の死角に潜り込む。

 刹那の時、俺の姿は幻影の如く消える。

 群衆の中、狙った獲物から財布を掏り取る極意。俺は獲物の懐に潜り込んでいた。

 急に懐に潜り込まれた感覚に囚われた獲物は慌てて背丈ほどもある大剣を振り上げようとする。

 馬鹿が。

 剣を振り上げた隙の分だけ更に深く懐に入り込み。剣を振り降ろす手首を掴み取って、体を入れ替え、クルっと回した。

 総重量でどのくらいあるか知らないが、鋼鉄の重装歩兵が空を舞った。

 唖然と、空に浮かぶ同僚を見詰める重装歩兵達。その隙を逃す俺じゃない、塞がれる前に開いた穴を抜け去った。

 俺は重装歩兵を背中に置き去った。こうなれば亀より遅いと揶揄される重装歩兵では絶対に、地を駆ける狐に追いつけない。

「亀が狐に勝てるかっ」

 拍手喝采、勝利を確信したときだった。待ちかまえてましたとばかりに、前方の影から人影が湧き出てきた。

「ちっ」

 舌打ち一つ。

 伏兵だと!? 重装歩兵すら突破すると読まれていたなら、この指揮官は随分と俺の能力を熟知しているじゃ無いか。

 この見えない指揮官の予想の斜め上を超えなければ逃げられない。

「やるじゃねえか、燃えてきたぜ」

 負けん気で燃やした闘志が、新手の姿が完全に晒されると抜けそうになった。

「そこまでやるか」

 怒りを通り越して呆れ果てた。俺を買い被りすぎてないか?

 月光の下に晒した彼らは、槍ほどの長さがあり先端が三日月型になった通称「スピナー」を持ち、美しい金の文様の刺繍が施された純白のローブで身を包んだ者達、魔術士だ。

 魔術士は、重装歩兵以上の虎の子。それが、正面に広がりつつ計五名もいる。一人で通常兵士百人を相手に出来ると言われている魔術師が5人、本気で戦争でもするつもりかと正気を疑う大戦力に皮肉も思いつかない。 

「総員、キューブセット」

 リーダーらしき男のオペラ歌手でもやってろと思う滑舌よく浪々な声が響いた。

 魔術師達は一斉にスピナーの三日月部に、掌サイズで黒曜石のように輝く六面体をセットした。

「スピグネイション」

 魔術師達が朗々と言葉を発すれば、セットされたキューブが回転を始めた。回転が高速になるに連れて、キューブは、次第に球体状グローブに変わっていく。

「まずい」

 呆れている場合じゃなかった。先端で回転するキューブ、あれが完全に球体になったとき、勝ち目はなくなる。その前に突破したいが重装歩兵を振り切るのに、足の余力は使い切っていた。早く進めと命じても気だけが逸り、速度は上がらない。

 キューブがグローブになったとき、魔術師達はスピナーを俺に向け、世界を再構築する言葉を放つ。

「リワールド」

 キューブが、黄金に輝く光の粒子となって飛び散った。光の粒子は、スピナー先端部を中心に、空間に輝く光の魔法陣を描いた。こうなっては、後は魔術師達がイメージを解放するだけで、魔術は発動する。

 輝く魔法陣に天罰の執行を思い浮かべてしまった。だが、直ぐにそんな弱気は捨て去った。

「神なんかいねえ」

 立ち止まってもしょうがない、左右は壁、引いたところで重装歩兵が待ち受けている。チェックメイト。だがこれはゲームじゃ無い。俺は騎士じゃ無い。潔く命をくれてなんかやらない。俺は怪盗。ならばこの命燃え尽きるまで足掻いて足掻いて逃げ切ってやる。

行くぜ、九死に一生を掴むため駈け抜ける。

「うおおおおおお」

 俺は駆け抜ける。足が限界なら腕がある。俺は四つ足になって魔法陣に向かって疾走を始めた。両足で同時に地面を蹴って、両手で地面を同時に掴み取ってる。獣じみてようが構わない。みっともなかろうが、意地汚かろうが、実利があるならいい。

「チェーン」

 それでも一歩及ばなかった、駆け抜ける前に魔術師達が、世界の理に革命を起こす言葉を放つ。

 魔法陣から、光で形成された無数の鎖が生まれ襲いかかってくる。光の鎖は雪崩のごとく迫り、避ける隙間は左右にない。 

 ならば。

 四肢と背筋のバネで、獣の如く天高く飛び上がった。執念の成せる技か、魔術師達が放った光のチェーンの遙か上を飛び越えた。

 このまま鎖を飛び越え、魔術士を踏み付け、踏み台にし、俺は逃げ切る。俺が着地点である魔術士の頭上に見定めたときだった。

「なっ」

 一騎当百と言われる魔術は、そんなに甘くなかった。この世界の理を覆し、新たな理を構築するのが魔術。無数の光の鎖は通常の鎖ならあり得ない動きをした。意志を持った蛇の如く上に逃れた俺に向けて鎌首を上げてきたのだ。もはや空中ではもはやどうしようもない。俺は迫る光の鎖にあっさりと飲み込まれてしまった。

「俺はMじゃねえぜ」

 鎖に締め上げられ肋が軋む音を聞いたのを最後に俺の意識は消えた。


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