死化粧
枯葉野 晴日
永遠
永遠なんて信じられない。かつてそう言った君に、永遠をあげると言ったのは私だった。
他人に化粧を施すことを芸術とする君は、私の唇に鮮やかな紅をひいてくれた。
「永遠をくれるって、そう言ったのに。貴女まで私を裏切るの?」
鋭い視線を投げつけられる。昨日までとは違う瞳。きっと太陽とはこういうものなのだろう――そう思っていた目が、今は見馴れた夜の月だ。
「黙ってないで、何か言ってよ。この嘘つき」
嘘つきとなじられる。そう言われれば、その通りだろう。私は君に嘘をついた。結果としてはそうなったのだから。
「嘘をつくつもりは、なかった」
「じゃあ、どうして」
なぜ、人間は永遠不変を美しいと言うのだろう。ありとあらゆる生命の中で、人間だけ。人間だけが永遠を求める。
「私は君を、美しいと思った」
「それを手元に置きたくはないの?」
私はただ、首を横に振ることしか出来なかった。
最初は、この永遠の旅につがいが欲しかった。放っておけば残りわずかな命の君が、そのきらめきを他人に使うことを美しいと思ったから。
だが、それは間違いだった。人間は――君は変わっていくからこそ、美しかった。変化こそが、人間の美しさだったのだ。
それに比べ我が身の、永遠不変なこの呪われた命の、なんと醜いことか。
限りある命を全うすることが美なら、限りない命をただ貪るのは醜だ。
「君はまもなく死ぬだろう。しかし、私はそれこそを美しいと思ってしまった」
「何、それ。そんなの、自分が死なないから言えるんでしょう?」
君は喉を引き裂くような声で、私を呪った。
「消えてなくなることの怖さが、貴女に分かるの? 私のことなんて、すぐに忘れられる。私は生きてこそ、これからも綺麗なものを生み出していける」
泣き崩れる君に、私は何も出来なかった。君を抱きしめる資格は、もう私にはないのだ。
「永遠をくれないのなら」
冷たく光るそれを、私は受け入れた。
深々と突き刺さる感覚。
足から力が抜けて倒れる私に、君はのしかかるように重なった。
「……なんで?」
心臓に突き立てられた銀の杭。君は私を見下ろして、ひとつふたつ涙をこぼした。
「なんで笑ってるの?」
私は、初めて笑えたらしい。
「化粧を、して欲しい」
初めて出会ったあの夜のように。
この身体が、灰と消える前に。
死化粧 枯葉野 晴日 @karehano_hareka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます