第八話 落下
「昨日はいろいろ大変だった」
食卓を囲みそう切り出す悠斗、それに相槌を打つ少女が2人。2日前の景色とはまるで違う。
「ホントだよ〜、帰った後悠くんが『一緒にお風呂入ろう』なんて言うから〜」
「夢と現実をリンクさせんな」
エリカのふざけた妄想を否定し食を進める。
「……私のせいで迷惑をかけてしまって……」
自分の責任と受け止め数度目となる謝罪を重ねて言う。
朝食の汁物を啜った後悠斗が言う。
「いや、責任なら黒幕がいるだろ、そいつを見つけたら謝罪させるさ。だから気にすんな」
「ありがとうございます、お兄ちゃん」
「……ん……あぁ……。なんて言うか……慣れないな……妹も弟もいなかったし」
照れ隠しで頬を掻きながら視線を逸らす悠斗。
『お兄ちゃん』と言う呼び名は昨日のうちにできた物だ。
病院にあったテレポートの装置を使って帰宅した3人は話もそこそこに食事等を済ませて眠りへついた。
その中でノアが何気なく発した言葉が「悠斗さんは兄みたいですね」と言う物だ。自分で言って恥じらいながらお兄ちゃんと呼んでもいいかと尋ねてきたのだった。
それを渋々許可し現在に至るが、呼ばれて不快感を感じるどころか妙に嬉しく思える。
だが、わざわざそう呼ぶメリットはない。
「もう、2人のイチャイチャ禁止! 悠くんは渡さないからね〜」
「わ、私だってお兄ちゃんは譲れません!」
残念なことにノアがお兄ちゃんと呼ぶことになって以降、2人の関係は悪化したように思えるが……。
ずっと気になっていたが何故エリカは服がパジャマのままなのだろうか。どうでも良いことだが。
「そんなことよりお前ら住民票と中学卒業証明書あるか?」
不意の質問に2人はシンクロ率100%で首を傾げる。その仕草が可愛いと言うことは今はどうでもいいことだ。
「ん〜、わたしはどっちもあるよ〜」
「私もありますよ」
あるんかい……。てっきり無いと思っていた悠斗が意表を突かれて逆に驚く。とは言え異世界のものであると困るのだが……そこはなんとかなるだろうか……。
「じゃあ今日俺が学校に行ってる間に用意しておいてくれ。そしたら2人の入学の手続きしてくるから」
その発言に2人の目が輝く。
「「おおぉーー」」
またもハモる2人。本当は仲がいいのだろうか。
「悠くんと青春の一コマ一コマを描写できるんだね〜。早く明日にならないかな〜」
「お兄ちゃんと一緒に登下校、帰り道では寄り道して恋人らしいショッピングをするんですね」
考えることまで同じとくると奇跡としか考えられない。きっとどこかで血が繋がっているのだろう。
……という伏線を恐れすぐに奥底へと封印する。
「うっし、ごちそうさま」
早々と完食し身支度を済ませる悠斗。
「んじゃ頼んだぞ、行ってくる」
「行ってらっさーい」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
1人増えたが昨日と似たように送られる。
慣れない感情を持ちながら悠斗は足早に学校へ向かった。
当然学校生活を満喫するはずもなく、いつものように窮屈な時間を過ごした悠斗、下校時間になり毎度同じく健祉が寄ってくる。
「悠斗……なんかあったか? 随分と上機嫌だけど」
その質問に悠斗は明らかに嫌そうな態度を取る。
「はあ? 俺が? 別になんもねーけど、楽しそうか?」
あり得ないといった様子で問い返すが健祉には分かるらしい。
「いつもと違うな。なんか楽しみができたのかと思ったよ。まあとにかく帰ろう」
帰宅を促す健祉に待ったをかける。
「悪いが職員室に用があるんだ。先帰っといてくれ」
「んや、なら待つよ」
正直帰ってもらいたかったが……仕方ない。
健祉を待機させ職員室で所用を済ませた後帰宅路へ着く。
と言うか、健祉は陸上部に所属しているはずだが……部活動は参加しないのか……?
「んで、何の用だった?」
その質問を受けるは必然だがまだ言えない。
「ちょっとな」
悠斗の雰囲気を見て追及を止める。
その後は珍しく健祉も話題を出そうとせず分かれ道へ到着する。所々で悠斗の様子を伺いながら嬉しそうにする健祉に不審感を覚えたが無視した。
「じゃあ」
「んじゃ」
お互いに振り返り手を挙げて別れを告げる。
健祉と別れ足早に自宅へ向かう。
やはり何が起きているか不安である。ノアはまだしもエリカがどんな問題を起こしていても不思議はない。
いつか家に帰ると家が無くなっているかもしれない……。
……考え得ると僅かに身震いする悠斗。
昨日と同じく戸を開く。
「た――」
「「おかえり」」
何故だろう、デジャブを感じる。
「だからまだ『た』しか言ってないだろ」
またしても昨日と同様の状態に持ちこまれ頭がクラクラする。2人を交互に見て倦怠感を露わにする。
「はぁ、ノアはもっとマシなやつかと思ってたのに……」
頭を抱えながらため息をつく。学校帰りにこの仕打ち、疲労がいつもの2倍、いや3倍ほどはある。
その悠斗の発言に2人が他種の落ち込み方を見せる。
「そんな、私はお兄ちゃんが喜ぶと思って笑顔で迎えただけなのに」
「もぉ〜、それだと私がコレと同じみたいじゃん」
ノアの気遣いは有り難いがここまでは求めていない。
「エリカ、ノア……お前らはおんなじアホだ」
2人の肩に手をポンとおいてがっかりした風に告げる。
「「えっ!!」
ここでもシンクロして驚倒する。やはり2人はほぼ同一の存在だと確信する悠斗。
いつか2人の仲について詳しく分析してみるべきだろう。
「私はノアちゃんよりも役に立つよ、ほら荷物持ったげる」
エリカが悠斗の目前に寄る。
「わ、私の方が良いですよ、ほら妹役ですし。私が荷物持ちますよ」
ノアがエリカを押し退けて前へ出る。
妹役だといいという感覚は間違っていると思うが確かに妹キャラを好むものも多い。
悠斗の前で押し合いが始まる。
「…………道……開けてくんない?」
しかし、一向に避けてくれず更には2人でバチバチと火花を散らし始めたため間を割って廊下を通った。
それでもやり合っているので無視して外出準備を進める。
支度を済ませ玄関へ戻ってくると2人が悠斗の装いを見て不思議そうな顔をする。
「悠くんどこ行くの?」
「買い物」
食材や日用品、他諸々を買いに最寄りのやや大型店へ行かなくてはならない。2人の登場など予定に入っていたはずもなく食料などが底を尽きそうであった。
「私も行く」
「私も行きます」
だろうな……。
「はいはい、でも騒ぐなよ」
許可が降りたことに歓喜する2人。
「じゃあ私着替えてくるねー」
「ん? 着替え?」
そして悠斗は今頃気づく、
「お前! いつまでパジャマなんだよ!」
怒鳴り声が無意味に響いた。
1分後には着替えが終わりすぐに店へ向かう。
デートだの何だのときゃいきゃい騒ぐ2人を置き去りにする勢いで店を目指した。
「2人は何が食べたい」
店内でカートを押し進めながら後方へと声を掛ける。
「悠くんの手料理」
「そのつもりだが……」
「美味しいもの」
「努力する……」
「あっ、見て、この天ぷら美味しそう。コレにしよっ!」
「……お前さっき手料理っつったよな?」
エリカの頭の中はどんな構造なのだろうか。人の話を聞かないどころか自分の思考もまとまっていない。
「もう、エリカさん。お兄ちゃんに迷惑かけないで下さい」
やはりノアの方がしっかりしていると感心する。まるでお母さんのようだ。背はノアの方が低い上敬語を使うため変な感覚がするが……。
「あーあ、私悠くんと2人で来たかったな〜」
その発言にノアがピクッと反応するが悠斗も反応を見せ、エリカに本心のような冗談をぶつける。
「何ですかその言い草は」
「あー、それは俺がやだわ」
悠斗の否定にエリカが「ええっ!」とくずおれる。この光景を見てさっさと帰ろうと決心する悠斗。変な行為や行動は周りのお客様のご迷惑となる。事実無駄に目立っている。食料品や生活必需品を購入して店を後にする。荷物がかなり多いが能力のおかげで全く重みを感じない、こんな所でも役立つとは思っても見なかった。
「お前ら……来る必要性皆無だったな……」
荷物は全て自身で持っている、夕食も自己判断で決定、2人は何のお役にも立てていない。以後は1人で来ることを決意する。
「そんな事ないよ〜。私はノアちゃんと違うからね――わっとっとっとっ、悠くんどうかした?」
前方不注意で歩いていたエリカが悠斗の不動に気付かずにぶつかりそうになる。悠斗は静かに真っ直ぐと天を見上げていた。
「……アレ……落ちてこないか……?……」
2人は悠斗の視線の先を追う。
「……何も見えませんけど……」
「……あー、アレカー、ホントウダー」
「お前見えてないだろ」
嘘がド下手であった。悠斗は真剣だというのに何をふざけているのだろうか。
しかし、この2人に認識できないとなると何とも言えない。本来見えないものを見ていると言う事はコレも能力取得の結果だろうか。
2人は目を凝らして必死に捉えようとするがまだ光が届かない。
数秒後やがて2人も見えたらしい。
「本当だ……隕石?」
空からの落下物と言えばそうだろう。但し、それは一般常識の範囲内の話だが。
「ありゃ…………人だな……」
「すごいっ⁉︎ 分かるの⁉︎」
悠斗の言葉に二つの理由から驚嘆するエリカ。
この能力を手に入れてからと言うもの直感が当たり易くなってしまった。
これは直感ではなくオーラや気配を探って確信しているわけだが。
「何となくな、気配みたいなのがある。多分1人だ」
人間の体からは常に匂いやオーラが放出されている、それを辿れば必然人間へ行き着くのだ。
「落下地点の予測はできますか?」
ノアの質問に悠斗は首を振る。
「もっと近づかねぇと分かんねぇな」
そのまま直立不動を保つこと数秒――
「こっちに向かって来る!」
この流れからそれ以外ない気がしたがその通りだった。
「荷物頼む!」
「あっ、ちょっ重っ!」
「お兄ちゃん!」
大量の荷物を全てエリカに押し付けて走り出す。荷物の重みにエリカが悲鳴を上げ、更にノアにも静止を催促されるが構わず猛ダッシュする。
向かうは近くの公園。予想では約この辺りに落下する。
一般道路で能力を行使することは危険なため平常運転で目的地を目指す。しかし相手は落下物、自由落下、万有引力の法則に従い超速で激突へ向かう。
能力を駆使せずしては間に合わぬと感じた悠斗は肉体を強化するが既に手遅れ、公園の入り口に到着と同時――爆風が悠斗と辺り一帯を襲った。
「くっっ!!」
影響は悠斗だけに及ばず、辺り一帯の家の窓が激しく揺れ、公園の樹木も倒れそうなほどに動いていた。
10秒程強風に煽られたが次第に威力が弱まる。それを確認して悠斗は落下物へと駆け寄った。
舞っていた砂煙も時間と共に薄れ公園の中央に人の影が見える。
「っ! 大丈夫か⁉︎」
2人が倒れている影が目に映った。公園で遊んでいた人が巻き込まれた可能性を鑑みながら声を掛ける。
「――――ん!――――ん!――ちゃん!」
その影から声が聞こえ始める、意識があるらしい。全ての煙が取り払われ目の前に現れたのは2人の少女だった。
どうやら少女運が果てしなくいいらしい。
更に近づくと「お姉ちゃん!」という、叫びが正確に悠斗へ届く。すなわち、2人は姉妹である。
「大丈夫か」
悠斗の声に肩を跳ねさせる1人の少女。その少女はノアほどの身長に短髪以上長髪以下の銀髪を持っていた。傍らには気絶した黒髪長髪の少女がいた。
2人の服や体は一見しただけでもボロボロで、顔や手には切り傷や砂、微量の血まで付着していた。
「……何ですか……寄らないで下さい!」
険悪な表情で牙を剥く少女。傍らの1人を庇うように手を回す。様子から察するに――逃亡中。
その相手が善か悪かは定かではない。が、こんな二人をみすみす見逃してはならない。
「大丈夫だ、悪いやつじゃない」
そんな気休めの言葉が響くはずがなく、少女は一層警戒心を強める。
何をされようとも容体確認のために少しずつ近寄る。
「君もその状態でいるのは危ない、とにかく――がっ!」
言葉に気を逸らしながらジリジリと接近する算段だったが見えぬ防壁に弾かれる。
衝撃に酔った頭を抱えて上体を起こすと少女が眼を真っ赤に血走らせて威嚇していた。
「それ以上近寄らないで下さい。これ以じょ……うっ…………ごふっ……ゲホっゴホっ!……うぅ……」
牽制を始めたがすぐに吐血して倒れる。
無理矢理体を立たせていたようで口元は動かした手を悠斗へ向けようとしたがプルプルと振動するだけで何もできない。
「お、おいっ」
弾かれたことすら忘れ1人の身を案じて再度駆け寄る。
「うぐっ……それ……い…………じょ…………ぅぅ……」
次は吹き飛ばされることもなく少女に接近できた。しかしそこで力尽き静かに倒れる音が響く。
失礼ながら首筋に手を当て頸動脈の心拍を調べる。即死は有り得ないだろうが魔法とは超不思議的なものであるため念のための確認だ。
「お兄ちゃんっ!」
その元へノアが到着する。振り返り手を挙げた後少し怒ったように膨れていた事に気がついた。何やら物申したいことがあるらしい。
「もう、場所を言えば飛べたんですよ」
この時初めてノアの能力が頭に浮かぶ。テレポートさえあれば容易に間に合っただろう。
自身で成し遂げなければと言う意味不明な感情に急き立てられていた。
「悪い。そんでエリカは」
「……エリカさんはまだです」
ノアは短く嘆息した後応える。悠斗は理解できないため息を見て首を軽く捻る。
「えっと……悪いんだがこの2人を家に連れて帰ってくれないか。ここは目立つしかなり重症だ、治療してやろうと思う。俺はエリカと荷物持ってすぐ帰るから」
「…………」
ノアがその悠斗の目をジト目で暫く見つめる。
「……分かりました」
結局承諾しすぐにその場から消える。
1人になった悠斗は落下地点を見て驚愕の表情を浮かべた。
「これは…………!」
脳内で推測を立て持てる知識の全てを巡らせる。
やがて到着したエリカの文句を浴びながら悠斗は帰宅した。
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