第六話 飛んで火に入る
目の前に広がる光景はリアルとしては想像し難い不自然極まりないモノであった。
「やけに燃えてるな。んで、こんだけ焼けてんのに何で隣接してる家に広がらねぇんだ」
ノアの家と思わしき一戸建てが激しく炎上する中、周りに並ぶ家庭への燃え広がりが全く確認できない。
息を飲むと焼けた空気を吸い込み喉がわずかに熱くなった。
「それはあと、広がらないから取り敢えず中の人を」
エリカの指示に従い救助へ向かおうとする。
周りには見物人も多く既に辺り一帯には知れ渡っているようだ。残るは消火、救助活動を行う消防車と救急車といったところだ。
スゥーっと風が吹き抜け、燃え盛る火を一層強化していく。
「私の家の中へ飛びます。そうすれば2人を担いで――」
「それは無理だよ。テレポートは転移先の情報が確実でなければ事故の元となる。この様子だと中も焼けてるから室内の形も変化してるし火の中に転移するかもしれない。そんな中でテレポートして行くのは危険だよ、火災に飲まれる」
ノアの作戦を適切(だと思う)に判断するエリカ。
やはりこういう時無駄……にでもなく頼りになる。
否、ノアも気付いていたはずだ、でなければ悠斗に助けを求めず1人で突入している。却下を承知での提案、既に彼女は手詰まりの様子だ。悠斗のように別の人間が別視点から別角度で別思考で策を編まなければ。
「でもっ、どうやって中にっ……」
テレポートが危険となると使える人材がない……。
エリカが動かないと言うことは、彼女の手にも終えないと言うことか。
「エリカ、俺の能力は自身を自由に強化できるんだよな?」
突飛な発想だが、解決策を見出す。
「うん、そうだけど……どうするの」
「俺が行く。肉体の耐熱性、代謝速度を強化」
エリカの質問を流すように答え知らない人の家に飛び込んでいく。
「あっ、ちょっと! もう」
人の話を聞かずに飛び込んでいった少年にため息をつく。
「あの人……大丈夫でしょうか……」
燃え盛る自宅を見つめ悠斗をノアはひっそりと案じた。
家内で悠斗は奮闘していた。
物が燃える中で鼻や耳は使い物にならない。覇気やオーラを辿ろうにも強い気が感じられなかった。既に命が危ういと思われる。
「クソッ、どこにいんだよ」
大量の汗を拭い初めて見る家を動き回る。
早々に親を見つけて脱出したい、そう願うが事は簡単ではない。壁を豪快に壊しながら進めば家は崩壊する。大声で叫べば恐らく反響で家が崩れる。耐熱性を上げたものの自身の体温は上がり、呼吸や心拍数も上がる。更に、代謝速度が上がれば必然分泌される汗の量も増え下手をすると脱水症状なども起きてしまう。
「ここか……?」
階段を上り奥から2番目に位置する部屋、そこに2人が倒れていた。
概ね逃げ遅れ、そのまま最も被害がマシな場所に残ったんだろう。
「大丈夫ですか!」
「っ……きみ……」
母と思わしき方が目を開き悠斗を認知する。
父と思われる人は倒れて動かない。どうやら息はあるためまだ救助は間に合う。
「すぐに出ましょう」
緊迫した状況なため悠斗は一刻も早くここを離れようと提案する。
「まっ……て……。これ…………ノア……」
その悠斗の服の袖を弱く掴み注意を引くと何かを取り出す。それは長方形の入れ物だった。
重みは無く、重量の殆どが箱の重みであると推測される。
「……分かりました。さぁ、早く」
そのケースを受け取り服のポケットにしまう。幸いピッタリとはまる大きさだった。
しかし、ここで最優先事項としてこれを悠斗に託すと言うことは……覚悟しているのだろう。
グッと奥歯を噛んだ後、男性を背中に背負って女性を抱き上げる。
2人は既に意識を失くしていた。
悠斗はベランダの元へ走りそこから一度下を眺める。
「……っし」
現実的な考えではないが、そもそもこの世界が現実的でない。
自身の身体能力を強化し、衝撃吸収に努める。
「オッラァァ」
叫びと共に飛び上がり地に着地。地面にヒビが入るが3人に傷は付かなかった。その後も火は収まる様子を見せず轟々と唸り燃え盛り続ける。
その情景を佇み見ていたところへ救急車が到着。悠斗はそこへ駆け寄り2人を預け、小さく隊員に礼をした。
「お願いします」
悠斗も乗るよう促されたが、問題はなかったので遠慮しておいた。更に、そこへエリカとノアが駆けつける。
「ちょっと悠く〜ん、1人で突っ込んでいかないでよ〜」
エリカが出会った当初の軽い口調に戻っていた。
エリカのけじめはどうやらここで制御されているらしい。
「悪りぃ悪りぃ、でもまぁ無事だったわけだし」
両手を広げ健全をアピール。
「それは結果論でしょ。運が悪かったら大変なことになってたかもよ」
悠斗に詰め寄り指を立てる。どうやらかなり心配させてしまったらしい。悠斗も少し反省しつつ流す。
「悪かったって」
その悠斗を不安げに見つめるノアの視線が気になり目を向けると視線が交わった。
すると、一層不安が色濃くなり彼女の心中の淀みを察することができた。
「…………あの、お父さんとお母さんは…………?」
やはりそうくるだろう。第一に家族を心配するのは当然である。悠斗も同じだった。
「……わからねぇな。いい状態じゃない。もしかすると……あり得るかもしれない……」
敢えて直接表現を避ける。
これは検査をしたわけではないため、悠斗なりの見解だ。だが自身でもこの見解はほぼ的中していると感じている。それはノアやエリカも同じだ。2人に触れた時点で生命力がほぼ無かったからだ。
「そう……ですか……」
ノアの顔は終始すぐれない。こんな事態ばかり続くと笑えないが……もっと元気であってほしいと思う。勿論、喜怒哀楽を示すのが人間であり『哀』も重要な要素だ。
「病院……行ってみるか」
親族は家族の生死の危機に駆けつけるべきだ。
いち早く医者から情報をもらい、先のことを検討、決定する権利がある。持った権利は正しく使うべきだ。
「はい……ではテレポー………………」
再度3人で手を繋ぎ三度目の瞬間移動、と思った途端――ノアが意識を失くし背後へ大きく倒れてしまった。
「お、おいっ! ノア!」
体を揺すり覚醒を促すが目を開かない。呼吸はしているし脈もある、大きな疲労などが原因と考えられる。
死でないことに胸を撫で下ろすが楽観視はできない。
ここから急激に状態が悪化、そのまま……。と言うケースも大いにある。
「すみません、この人も乗せていって下さい」
ノアを抱え、先の救急隊員の元へ寄る。
付き添いとして車内に同席させてもらい、そのまま病院へ向かったのだった。
異世界の中で。
至って普通だ。普遍的でありきたりな施設である。
同乗して到着した病院は日本のそれと類似もしくは一致しており不安感無く利用できる。
両親は検査所へ担ぎ込まれ、ノアは別の個室へ運ばれた。
ノアが運ばれた一室はよく分からない内装をしていた。恐らく異世界の超不可思議的な何かを検査したりする機械たちだ。
その部屋とは違う診察室で悠斗は医者の診断結果を待機しているところだった。
エリカは悠斗のことを理解しているのかしていないのか、一人で待合席で待つと言って居残った。
「これは……珍しいな」
診察結果を待ち受けている悠斗の耳に眼前に座る医者の一言が飛び込んでくる。何やら変わった事象を発見してしまったらしい。
「この
「っ……」
医者の問いかけに悠斗の息が詰まる。当然絶句だ。技術というより魔法の力を使っていると考えられるが、そこまで分かることが衝撃だった。
「……はい」
「そうですか……この事例を見るのは私も初めてで」
「え、そうなんですか?」
悠斗は意外な事実に思わず声が出る。
「はい、蘇生魔法というものが存在する事は知っていましたが……見るのはこれが」
ここは病院であり異世界、日常的に使用されているものだと勘違いをしていた。
「それで、ノアの症状は」
悠斗が進展を促すと、医師は一度首を振り話し始める。
「この娘は体力が足りていません。簡単に言えば栄養失調のような状態です。恐らくは蘇生が原因でしょう。蘇生は一度死んだ肉体に再度魂を挿入する事で成功します。よって、その肉体が活動を行うためには『コア』と呼ばれるエネルギーの塊が必要不可欠となってきます。そのコアを使い切ると再び魂入し……という風に永遠に行い続けなければその魂は天へと帰ってしまう……と論文では書かれていたのですが」
最後をあえて曖昧にする。恐らく実証例が激しく少ないのだろう。雰囲気からして無い可能性すらある。
「つまり、今のノアにはそのコアが足りてないと?」
話の吸収速度が早い悠斗は要所だけを絞って尋ねる。
「そうです、そしてそれを与えられるのは蘇生を施せる者のみです。普通ならば3日に一度ほどで良いはずですが、この娘はいつお亡くなりに?」
「……今日の夕方です」
研究結果と現実の差に震えながら悠斗が応える。
「なんと! 数時間しか持っていないとは」
「……俺が……俺が、その能力者です。どう、すれば良いんでしょうか」
歯痒い思いゆえに悠斗は今すぐことを片付けようとする。
唇を震わせて懸命に蘇生方法を模索する。
「申し訳ありませんが、私にもよく分かりません。取り敢えずあの娘のところへ行きますか?」
その質問に即首肯し、ノアの寝る部屋へ移動する。
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