第五話 蘇生


 エリカとロイガーの交戦が始まって数秒経った頃、悠斗は最奥の間へ突入していた。先の部屋とはあまり代わり映えのない一室、そこには1人の女性が佇んでいた。

「君たちかい? 面倒にも侵入してきたってのは。ゆっくりと仕事がしたいのにね」

 初対面開口一番に飛び出したのはやる気のない声だ。

「私はこのチームの首領的なのをしてる。名前は無いね、本当にそのままの意味でね。まぁ、Aさんって事で」

 そう言って女性(ここでもA とする)Aは気怠けだるそうに溜息をつく。


「ここは、人身売買してるって聞いたが。連れ去った人はどこにいる」

 雑談などにかまけている暇はない、単刀直入に用件のようなものを確認する。

「ああ、それならこの奥牢屋だから。でもみんな寝てるよ」

 素直に応える。嘘をついてる様子では無い。恐らくここを通りたかったら私を倒してからよ! みたいなセリフを吐くだろう。

 そう易々と人質を返してはくれない。いや、正式には人質などと言うものではないが。

「その人たち連れて帰っていいか?」

 とりあえず率直に聞く。悠斗的には戦闘経験なんてないため戦いは御免だ。

「はあ? ダメに決まってんでしょ、商品だよ?」

 当然受け入れるはずがない。しかし悠斗は応答そのものではなく、その一部の単語に反応を見せる。


「あ? 商品? 人だぞ」


 怒気を含んだ声色で女性を睨む。

「それぐらい知ってる。でもこっちの業界じゃ人が売り物、物は商品、わかる?」

 そもそも常識の外側で生きる人間に世間の常識なぞ一片たりとも効かない。

 悠斗にも常識はないが、一般常識ぐらいは心得ている。それでも悠斗の目前の女はその一般常識すら持ち得ていない。


「ヒトは命ある生き物だ」


 ノアを地に下ろしAと相対する。悠斗から仕掛ける気はなかったが、あの女の戯言がヤケに癇に触った。


 脳死した人間の臓器を取り出す。それはドナーとして承認しているのなら問題ない。


 2人の人がいて、どちらか片方が必ず死ぬとき、仲間を犠牲にする。それは法律でも認められる行為、生きるために仕方がない。


 犯罪者が裁判の結果死刑を言い渡され、首吊りの刑に処される。その人はそれだけの罪を犯した、故にその末路として受け入れざるを得ない。


 魚や動物を殺して食とする。この世界は弱肉強食、食物連鎖は仕方ない。もし人が、例えば巨人にでも食べられようものならそれは仕方がない。


 でも……それでも、

「金のために人を……私利私欲のために、殺すのは許せない。お前みたいなやつに限って……『死』と言うものを全く知らない」

 まるで悠斗は知っているかのような口振り。

 ――いや、事実、この少年は……理解している。


 ――『死』――と言うものを。


「キミ、その言葉を世界に対して投げかけられるの? 世界では殺人が起き、虐待が起き、ここのように奴隷的拘束も行われている。古来より人の上には人が立っていたの。人は平等じゃない、つまり君の人を傷つけない世界とは妄言、夢物語なの」


 なるほどその通りだ。世界の事実には目を瞑り目の前の現実にだけ怒る。これは筋違いであるかもしれない、が、悠斗には人を助けたい心がある。目の前で、手の届く距離にいる者がこの世から去る事は許されざる事だ。


 全ての人間が、とは言わずとも、2人に1人が目の前の生きた魂に手を差し伸べれば、世界は均衡が保てるのではないか。全ての人間が寿命を迎えられる世に変わるのではないか。悠斗は遥か昔からそう考えるようになった。この考えのもとに悠斗は力を尽くす。


 自分の行った悪事の贖罪として。


「ま、どっちにしろ戦闘でしょう? なら――」


 悠斗の睨みに飽きたのかAが仕掛ける。というのも、攻撃ではなく下準備だ。Aは姿を消し声だけが響く世界へと乗り換えた。


「私の能力は不可視化。ありきたりな能力だけど使い勝手は非常にいいの」


 どこからともなく声が降り注ぐ。

 一瞬動揺した悠斗、しかしすぐに頭を回す。不可視化、という事はこの場には確実に存在している。音はある、つまり匂いやオーラと言った個人特有の差も存在しているはずだ。


 全身に力を込め嗅覚や聴覚、更には反射神経に覇気の察知など人間が持つ潜在能力を強化する。足音が届く、金属質の物体が擦れる音も聞こえる。匂いがする、人を腐らせることのでき人間の枠外にある非人道的な匂いだ。覇気がある、妄言を語り、世界の狭さのみを知る少年に鉄槌を下そうとする心の声が。


 迫る音、匂い、覇気………………。


「ここだっ!」

 悠斗の回し蹴りが何かを捉える。

「なにっ!」

 声と共に姿を現し壁へと激突。激しく一辺の壁が崩れる。

 かなり強烈な蹴り、これは相当効いただろう。

「ふぅーーーっ」

 大きく息をつき、心を沈める。脱力した肩を軽く回し視線を女からノアへと移すと、彼女は未だに無表情でAを見ていた。


「ノア――」

「野郎っっ! くたばれッッ‼︎」

 ノアに歩み寄ろうと言葉を紡ぎ出したその時、瓦礫を吹き飛ばしたAが、小刀を片手に鬼の形相で迫る。

「なぁっ!」

 悠斗が仰天し、体勢を一瞬崩したが速攻で構えをとる。追撃の用意は完璧、落ち度はない。全ての人間は自分が完璧な状態であると思い続ける。

 姿を消しているAの位置を読む。


「――――っっ! 使えない! まずい!」


 この僅かな間、悠斗の身体に異変が起きた。

 この修羅場において能力が使えないと言う謎の恐怖現象。

 考察の暇なく、時は無情に流れて行く。



「うぐっっぅ……………………」



 悠斗に強い衝撃と強風が押し寄せた。風など吹かないこの屋内で。


「なっ……」


 少女は刃物で刺され傷を負うのであった。


「ははっ、クソ……たれ……が……ぁ…………」

 刺した当人Aは力尽き気を失う。


 刺された当人――ノアは血を吹きその場に倒れ込む。


 目撃し、全てを守りたいと願った当人――悠斗は絶望の表情で2人に歩み寄り、へたり込むのであった。


「そんな…………ぐっ!」

 ナイフの刺さった位置は心臓。死を呼ぶべくして突き立てられたモノである。

 悠斗はナイフを抜き少女を抱える。本来は刺しっぱなしにするべきだが、テンパった状況でまともに思考は巡らない。


「止まれ! 止まれよ! クソっ! 何で……何で!」


 涙腺が決壊し涙が溢れる。頬を伝う涙が肌に染みる。

「俺はいつもそうだっ! 何で! 止まれよっ!」

 この場にタイミング良く現るはエリカ。瞬時に状況を解析、2人の傍へ駆け寄り声を掛ける。


「悠くん、落ち着いて――」

「落ち着けるかッッ! 急がねぇとノアが……! 早くなんとか……くそ……」


 止まらない、血が、涙が、怒りが…………そして嗤いが。

 馬鹿らしい。人を救いたいと願った自分を嘲笑っている。

 この感情は初めてではない、それどころか懐かしく感じるほどだ。やはりヒトを助けることなど――



「だから! 能力があるでしょ!」



 ピクッ、と悠斗の肩が跳ねる。

 エリカの言葉に強い反応を示した。本能が理解した。エリカが悠斗の祈りを初めて叶えてくれると。

 そうだ、確かに聞いた、能力が、ある。

 流すように聞いていたが、強化魔法と蘇生回復だと言っていた。

 体に活力が戻り涙を拭う。

「そう……そうだ! えっと、どう、どうすればいいエリカッ!」

 すでにノアは息を引き取っている。悠斗は血が回らす気がついていないが、エリカは即理解した。蘇生はエリカにとっても未知数、扱いなど知らない。


「落ち着いて‼︎ 救う側がそんなんじゃ何も拾えないでしょ‼︎」


 初めてエリカが怒鳴る。

 衝撃によって涙が止まり多少心拍が下がる。

「……でも、でも……どうすれば……。俺はどうして――」

「悠くんはいっぱい人を救えるから、目の前の状況で一喜一憂しないでね…………。やり方は私にもわからないけど、気持ちさえあれば大丈夫!」


 宥めてくれるエリカの言葉に心が動く。あんな変な性格でも頼りになる。頼もしい。説明は相変わらずだが。

 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着くんだ……。



 心で叫び、平常心を保とうと深呼吸する。

 その目には、涙こそ浮かんでいたが、赤らんだ眼には力強い信念が窺えた。


「…………分かった」


 気持ちなら負けない。ずっと願い、祈り、夢見てきたことなのだから。心だけは負けたくない。

 ノアの傷口に両手をかざし願い、念じる。どうか、罪なき命がこの世に生き続けられますように、と。

 発光?……発光! 発光だ。ノアの身体が、全身が淡い緑の光で包まれる。優しく全てを癒してくれるような美しい光だ。


 数秒で傷口が閉じて出血が収まる。そして呼吸が戻り――


「――うん、息を返してるよ」


 無罪の少女の、ノアの生が、この世に引き返してきた。


「――――――よかったっ! 本当に」


 そして立て続けに今度はノアが目を覚ます。


「んぅっ……ぅう……えーと……」

「ノア‼︎ 良かったッッ‼︎ 良かったッッ‼︎」

「ふぇっ! えっ、あのっ、そのっ、ええっっ⁉︎」


 激しく抱擁する悠斗に対し、顔を赤らめ動揺するノア。自分が一度死んだことを含め、理解が及んでいない。

「良かった! 良かった! 良かった!」

「悠くん、待って」

 締め付けるように抱きつく悠斗をノアから引き剥がして落ち着かせる。確かに落ち着き始めると自分がどれほど気持ち悪い存在かが理解できてきた。


「なんだ、エリカ」

「……ノアちゃん、何か聞きたい事は?」


 不意にそんな質問をする。否、不意にと感じたのは悠斗のみだ。



「えっと、色々あるのですが……まずお二人は……誰……ですか?」



「……え?」

「ここは何処なんでしょうか。それと……何があったのですか?……そちらの方が……その……飛びついてこられて」

「何を……言ってんだ……」


 最後は少々躊躇いがちに赤面しながら疑問を列挙する。

 悠斗と出会って以降の記憶が全て残っていない。そう暗示するように質問を重ねてくるのだ。恐怖のあまりその目を見つめ悠斗はそれに勝る恐怖を感じ、背筋がゾッとし、鳥肌が立った。


「その目……いつから蒼いんだ……? それに、表情も豊かなのは一体…………」


 ノアと会った時から眼は赤かった上、表情は変化しなかった。それが、ここを境に激変。

 照れて火照った仄赤い頰に、時折目をすれ違う定まらない視点、そして照れと同時に困惑の色をチラつかせる感情の籠もった表情。


「今考えるとあの赤い眼…………服従能力かもしれないね」

「服……従……?」

 疑問符を浮かべる悠斗にエリカが補足説明する。

「その名の通り人を服従させて自由に操れる能力だよ」

「…………」


 言葉通りの能力に悠斗は気付かないはずがない、ならば何故悠斗は理解できなかったのか、拒絶したからだ。

 ノアとは初対面で出会って30分ほどだが、その時点で既に侵食されていた。つまり、出会いは何者かの意図により行われ、ノアはそれ以前より支配されていた事となる。それは果たしてどれほどの期間なのか、そんな思考を脳から弾き出そうと躍起になっていた。だから、気付けない。


「服従…………っ! 思い出しました、確か私変な人に声を掛けられて、そしたら突然意識が無くなって……」

 どうやらノアが思い出したらしい。

「つまりその時からか。それはいつだ」

 悠斗が先を推測し問う。

「昨日……だと思います。正直記憶が曖昧なので……」


 不安げに目を伏せるノア。もし何日も監禁紛いのことをされていたのなら、その期間に自分の身に何が起こったかもわからない。

 気味が悪いのか、怯えているのか、小さな震えに体が小刻みに揺れている。


「あ、え、えっと……取り敢えず家に行ってもいいですか? 何日家を開けたか分かりませんが、親が心配していると思うので」

 ノアが身震いを誤魔化し話を切って申し出る。

「ん? あぁ、そうだな。でも場所は……テレポートか」

「えっ? はい」

 この場から行けるか?という質問をしようとしたがすぐに合点がいく。快く悠斗は笑い送り出す。

 ノアは一瞬、自分の能力を知られていることに驚いたがすぐに返事をする。


「んじゃな」

「あの、よく分かりませんがありがとうございました」


 悠斗の軽い挨拶に対し、ノアはペコリとお辞儀して行儀良く挨拶する。

 次の瞬間ノアはその場から消えていた。




 5秒ほど静寂が続いた。が、やがてエリカが喋り出す。

「ねぇ、この人どうするの? あと、奥に人監禁してるみたいだけど」

 エリカの一言にハッとする悠斗。

「そういえばノアの姉ちゃんって結局いないんだよな?」

 そう、ノアが服従によって悠斗の元へ来たのならば必然目的そのものも無に帰る。

 そもそも本当に姉がいればその話を持ち出すに違いない。

「取り敢えずこの人から鍵見つけたから奥の錠外してくる」

 エリカは奥の牢屋の方へ駆けて行く。

 その背を見送り悠斗はその場で仰向けに転ぶ。


「ふぅーー…………流石に疲れた……」


 初めての異能対決。練習なども皆無の状態としては上出来な自分に心の中で賛辞を送る。


「…………完璧じゃ……ないだろ…………」


 勝手に上出来と称し自己満足に浸ろうとする、そんな自身に嫌気が差す。


「たった1人の少女すら………………」


 片腕で視界を封じ闇の中へ潜る。己と1対1で話すために。


「…………………………」


 突如――バタッという転倒の音が室内に響く。人が倒れたような鈍くも共鳴する音だった。

「おわっ! 何だ。ってノア」

 跳ね起きた悠斗の目に映るのは顔や服などに黒いすすを付けたノアだった。そう、まるで火災の中へ飛び込んだように。


「い、家が! 私の家が燃えてます!」


 悠斗に泣きついてくるノア。

 その服からは確かに物の焼けた少し焦げ臭い匂いが漂ってきた。動揺からも嘘ではない。

「何ッ⁉︎ 中に人は」

「父と母がっ、お願いです、助けて下さいっ」

 涙を抑えながら悠斗にがっつく。

 助けを呼べる人が思いつかなかったのか悠斗に頼る。今度こそは本心だろう。

 今回こそ彼女の心からのお願い、無下にできようものか。


「分かった。おい! エリカ! こっちこい!」


 希望を持たせるために大きく一度首肯し、奥にいるはずのエリカを呼びつけて事態の旨を説明し同行を求めると、にこやかに了承が返ってきた。

 錠も外し終わったらしく奥からは歓喜の声が聞こえる。

「本当にすみません、飛びます」

 再びノアのテレポートにより、場所を移動したのだった。


 今度は涙を浮かべた少女と共に。


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