第四話 少女の実力?


 寂れた空気、錆びれた空気。ここは廃工場だ。アニメや漫画でもありきたりな不良の集い場。ここがアジトなのだろうか。


 1秒足らずでテレポートを終え目前に広がった景色がこの工場の様な室内である。錆びた機械類は埃を被っており、何者も触れていないことが分かる。

 門前突破を必要とせずに直接内部に潜り込めたのはありがたいが、結果として起きたものが――


 ウィーーーン ウィーーーン ウィーーーン……


 といった警報音である。

「失敗でしたか」

 ノアが無表情で呟く。

「センサーが張ってあるのか」

 悠斗の目に映る大量の赤い発光線。あらゆるジャンルのテレビ番組で見かけるセンサーだ。しかし2人は悠斗の言葉に首を傾げていた。その様子に悠斗も首をやや傾けた。


「えっと、どっち行けばいいんだ?」

 悠斗はノアに確認を取る。選べる選択肢は3つ。道は3つあるがどの道から来たというわけではない為さっぱりだ。


「侵入者だー」

「うおっ、早っ」

 全方向から大勢の人が押し寄せて来る。こちら3人に対し、敵側は何十人といる。多勢に無勢だ。

「あっちですね、道」

 こんな事態でも冷静に一方を指す。当然無表情。どうにかならないのかこの顔は。緊迫した状況の中ぐらい表情の1つや2つ変化してもいいと思うが。


「じゃあさっさと――」

「君たちが侵入者か」

「なんっ――」


 声と同時に押し寄せる衝撃。反射によってその衝撃は全て腕で受け止められる。しかし、勢いを殺す為僅かに後方へ飛び退く。

「いい反射神経をしている。武術を習っているにしても早すぎだ、能力者だな」

 声の主は突如として眼前に現れた男。身長は悠斗より少し高めで、20代後半と推測できる。相対するは悠斗含め3人、周囲は手下の人間が囲んでいる。異世界人全てが能力を使えるというわけではないのか刀や銃を持ったものが大半を占めている。


「さて、私はここで君たち処分するように言い使っているが、面倒くさいから1人だけ相手をしよう」

 処分命令を下すのが早すぎだろう。しかも、面倒くさいから1人だけという謎。こんな人間に任せておいてこの組織は成り立っているのだろうか。これもお約束の油断しきった敵ということか。


「私は、瞬間移動の能力者の相手をしよう」

「えっ!  すごーい! 何で私たちの中にいるって分かるんだろう。ねっ、悠くん! 不思議だね」

 遠足気分で来ているのか、このアホの子は。

「普通に考えれば分かるだろ。侵入者が突然こんな内部で出て来るんだぞ? 能力としか考えられないだろ」

「あ〜、なるほど」

 エリカは、すべてを娯楽のように見ているのだろうか。


 男はエリカと悠斗の会話に一瞬だけ口角を上げたが、それを見ていたのは無表情のノアだけだった。

「それで、誰が私の相手に相応しいのかな?」

 その笑いを戻しいつもと同様と思われる真顔へ。

 その言葉にわずかな緊張を持った悠斗。ノアは無表情、エリカはお気楽で能天気な様子だ。

 ここで悠斗は考える。素直にノアを対峙させるべきか、もしくは自分かエリカにやらせるか、の2択を。

 全員で残ることは時間の無駄であり得策でないため、この二策を提案する。


 しかし、深く考える間もなく、


「私が相手したげるよ〜」


「……ほう?」


 エリカが挙手して前に進み出る。何か秘策があるとは思えない。ただの気紛れに違いない、そう、きっとそうだ。

「悠くん、ノアちゃん連れて先に行きなよ。私がここ止めるから。ねっ!」

 突如として真剣な声音へと変わったかと思うと、最後に振り返ってウィンクを決める。

 悠斗にカッコいいところを見せたいのだろう。そうやって勝手な解釈をする。

「君が私の相手になるのかな?」

 男は愉しげに笑い目を細める。


「なるよ。だってお兄さん、瞬間移動でしょ?」


 流石に、目の前に突然人が現れればエリカでもタネに気付くか、と安心する悠斗。

 だが、『だって』の意味は全くわからなかった。

 あの発言では、相手がテレポートだからこそ勝てると捉えられるが……。一体エリカはどんな力を持っているのだろう。この場に居残って自身の目で確認したいほどだ。

「てことで悠くん、ヨロシク〜」

「わかった、奥で会おう。ノア、悪りぃが抱えるぞ」

 ノアをお姫様抱っこする。

 こんなことをするのは初めてなので、どの辺りに手を添えて、どんなことに気を配って移動すればいいのか、少し戸惑った。が、極力無視して平然と振る舞う。

 ノアは抵抗なく手中に収まると道案内を始めてくれた。

 羞恥心を持たないのか、恥じないノアに逆に悠斗が恥ずかしくなる。

「あの通路を通って下さい」

「あいよ」


 全身の力を足元に集中させる。脚にエネルギーが蓄積される感覚。これが能力強化だ。

 強く踏み込み前方へ飛ぶベクトルへと変換する。

 正面に佇む大勢の人間を吹き飛ばし、通路に入り込む。

 そのまま高速で足を回し俊足で走る。踏み込み一つにも強大なパワーが籠っており一歩でかなりの距離を進めた。だが、アニメみたく簡単にコンクリートが陥没するなんてことはない。

 サッと振り返ると後方がすでに小さくなり、角を曲がると当然人は見えなくなった。



 その様子を微笑ましげにエリカは見送り、表情と心を改める。戦闘モードに入るために。

「流石悠くん、もう能力を使いこなしてる」

 言葉は改まっておらず、いつもの軽口が出る。

「そんな余裕をかましていていいのかい? おいお前ら! お前たちはあの少年たちの元へ走れ!」

 男の指示に従い、手下どもが声を上げて通路の方へ消えてゆく。


「さてそれでは――私はこの組織の侵入者排除役ってところかな。ロイガー・エルミルという。では、手合わせ願う!」


 直後、男――ロイガーはその場を消えエリカの寸前へとテレポートする。脚を回しエリカに蹴りを打ち込もうとしており、対処を迫られる。

「なにっ!」

 しかし、ロイガーの蹴りは不発。空気を切る無意味な動きへと帰る。

 ロイガーは気配を追い後方へ振り向く。そこには満足そうに胸を張るエリカが堂々と立っていた。

「貴様、テレポートが使えるのか」


 瞬間移動としか思えない状況にロイガーが僅かに怯む。

 彼はてっきりエリカの嘘だと思っていた。

 しかし事実エリカはテレポートを使っている。故に、この戦場が出来上がる。

 2人とも既にロイガーが「私は、瞬間移動の能力者の相手をしよう」と言ったことを忘れている、だろう。

「まあね〜、私は万能だからね。全種使いでもあるから危ないよ〜。お兄さんは大丈夫?」

 意表を突いたエリカの種明かし?はロイガーに響いた。


「全種使いだと⁉︎ 貴様、只者ではないな」

「ふふん」


 目を剥く男に対し鼻高に音を鳴らす少女。その後は似たような交戦が続く一方だ。ロイガーが攻撃を仕掛け、エリカが回避する。

 テレポートの能力者は、テレポートする相手の移動先を一足先に感知することができる。故に、エリカもロイガーも互いの能力の意味を打ち消し合っているのだ。


 だが、その攻防も5分ほど経った頃辺りからロイガーに疲労が見られ始めた。


「くっ、こんな小娘にっ。なぜ攻撃しない」

「だってお兄さんが疲れないと攻撃しても当たんないもん」

 エリカはヘラヘラとしているが先のことを見て行動をとっていた。

「それを言ってしまっては私が警戒し続けることになるぞ。そうすれば当たる確率も下がるが、いいのかな」

「疲れたら一緒だよ〜」

「ふんっ!」

 馬鹿にされた感覚を覚えたロイガーはその屈辱を晴らさんと拳を握り歯軋りする。

 ロイガーが再びエリカに迫る。機械的に避けてきたがここで初めて手を出す。一旦男の数メートル後方へ瞬間移動するとロイガーの後方へと火の弾を放つ。

 明るさかと能力からロイガーもそれを察し、テレポートで別の位置へ飛ぶが更にエリカの追撃が襲う。それは水だ。少量の水がロイガーの目を狙って飛来する。対処しきれないロイガーの目に水が染み、前が暗くなる。


「くそっ! 目が!」

「おぉ、これがバルス!」


 全く訳のわからない事で緊迫した空気を一気に壊す。

 ロイガーの目が潰れていることを確認し、次は冷凍を始める。目を潰し、そのまま固めてしまう算段だ。固よりこの戦法を取る事を決めていたエリカ、難なく目を凍結させてしまう。

「くっ! 初めからこれを!」

 追い詰められて漸くしてから理解が追い付くロイガー。その目は既に固まり、瞼を上げることは不可能な状態だった。


「そそ、テレポートは自分の場所と移動先の地形が分からないと発動できない。自分の位置と移動先を一致させてしまうテレポートは正確に位置を測る必要性がある。しかも近距離なら尚更」


 エリカは一部の能力を調べ上げ、対処法を知っている。

 テレポートは、数多い能力のため事前に研究していた。


「それにお兄さん、私たちにテレポーターの相手をするって言ったよね?」

 エリカが余裕を見せて何かを語り出す。それに、男はどうにか氷を溶かそうと踠きながらも耳を傾ける。


「でもこの世界には魔法石がある。つまりアレはこっち側にテレポートの能力者がいるかの確認だったんだよね?」

「くっ!」

「だから私はお兄さんを油断させるためにテレポーターがいるってバラしたの。丁度センターにはノアちゃんがいたからあの子がそうだと思ったんだよね? テレポーターは真ん中に立たないと魔力の消費が増えるからね」

 全てを分析し、読み切っていたエリカはロイガーを見事に騙し、油断させ、打ち負かすことに成功した。しかもこうもあっさりと。


「その氷は簡単に壊れないし、溶けるまで数分かかるよ。これで詰みが確定だね〜。それじゃあ、おやすみー」


 エリカはロイガーの背後にゆったりと歩み寄り後頭部を強く打つ。華奢な体のどこにそんな力があるのかは知らないが、それなりの威力にロイガーはすぐに意識を絶ち深い眠りに落ちる。


「いや〜、健闘健闘。後で悠くんにご褒美もらわなきゃね」


 あり得ないほど即座に片付いたこの戦いは少女の強さか、青年の弱さか……。

 答えはおそらく前者だろう。



 そうして悠斗たちの消えていった道を進み始めた。

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