第三話 初日から


 翌日、悠斗は変わらず登校準備を始める。


 前日の出来事はほぼ吸収を終え不便らしき問題は発生していない。エリカが混浴を望んできたり、布団に潜伏するといった社会的に良くない問題は起きたが、ことごとくを突っぱねてどちらも1人で済まさせた。


「あれ、悠くん早いね何かあるの?」

 眠気眼を擦ってリビングへ姿を見せる。

「学校だ、学校」

「あぁ、そっかぁ。じゃあ私も行くよ〜」

 陽気に話を進める。

「いや、来るな。今日は家で待ってろ」

 即却下。それも当然である。そもそもエリカに戸籍――国籍があるのかすら分からない以上、まだ高校へは行かせられない。入学手続きも必要だ。


「え〜、行きたい行きたい行きたいぃぃぃ〜」

「うっさいわアホ、入りたいなら入学手続きしろ」

 遠回しに、学校への登校を許可する悠斗。ツンデレ属性が入っているのだろうか。

「じゃあちゃんと手続きするから〜」

「でも、手続きは1日で終わるもんじゃねぇから今日は無理な。だからさっきも言ったろ、今日は家にいろ。いいな」

「ぶーー、わかったよー」

「じゃあ行ってくるぞ。大人しくな」


 正直な所悠斗はエリカを学校には連れて行こうと考えていた。エリカを家に放置しておくと何をしでかすか分からない。それならば学校へ一緒に行って監視の目を向けていた方が安全だと考えたのだ。


「いってらっさーい」

「……………………あぁ」

 数年ぶりの言葉に思わず涙腺が緩む。母はよく見送りをしていたが、父は全くであった。そんな昔話が急に現実へと帰ってきたのだ。目の前の少女のおかげで。

 今更だが、両親はどこで働いていたのだろうか?


「むふふ、ツンデレめ」


 去った悠斗の残像に対してニヤける。

 そのことを知るはずもない少年はいつもの学校生活へと足を進めるのであった。





 今日も長く無意義な学校生活も終わりを遂げる。健祉からの配慮をそこそこに流して、足早に帰宅する。

 8時から16時までの間家を空けていたが、エリカはどんな事態を引き起こしているだろうか。


「変な感覚だな」

 家庭事情?を憂える自分に未だに気が追いつかない。

 そうこう不可思議を考えている間に宅前へ帰着する。

 鍵を回しドアを開け……れない。

「は?」

 一度回した場所をもう一度回し元の状態に戻す。

 そしてオープン。

「…………鍵かけてなかった…………」

 自分の無用心さに呆然とし、落胆しながら家に入る。


「た――」

「おかえり!」

 豪速球でエリカが出迎える。

「まだ『た』しか言ってねぇだろ。最後まで言わせろよ」

 後ろ手で音を抑えるために戸に手を添えてゆっくりと締めながら愚痴を零す。


「おかえり! おかえり! おかえり!」


 エリカの止まないおかえりコール。どうしたいのだろう。

「うっさいアホ!」

 軽く拳骨を落とす。声量に対してかなり威力が無いが、これは女子に対する悠斗なりの配慮だ。


「ねぇ、ただいまは〜? ねぇ〜ねぇ〜?」

「お前マジな方で頭大丈夫か? ただいまって言おうとしたらお前が妨害したんだろ。そのあとも話聞いてねぇし」

 なんというか、面倒くさいやつだ。


「あれ、そうなの? ごめんね、じゃあもう一回」

 やっと声が耳に届いたのか、それとも脳へ届いたのか、とにかく返答が返ってきた。

「はいはい、ただいま」

「ねぇねぇ、何する? 何する?」

 悠斗の周りを跳ね回るエリカ。鬱陶しく暑苦しい。春なのに暑苦しい。きっと冬でも、北海道の過去最低気温を下回ったとしても暑苦しい。


「とりあえず着替えさせろ」

「おぉ、お着替えですか。じゃあ私が脱がせてあげるよ。ほらほら、遠慮せずにぃ〜」

 悠斗の進路を阻み訴えてくる。それでも悠斗の自由意思を尊重するために無理矢理などと強引なことはしない。


「どいてくんない。いや、どけ」

「ぶーー」


 拗ねたように膨れる。むくれっ面?は可愛らしいが邪魔なものは邪魔だ。

 そのままエリカは悠斗を通した後リビングへ戻る。

「何なんだよ一体」

 自室へ入り早々と着替えを済ませエリカの元へ行く。

「それで……何かしたい事あんのか?」

 時刻を確認すると16時22分。ある程度の余裕を確認して、エリカの暇つぶしに付き合おうとする。


「じゃあ夫婦ごっこ」

 謎の遊びが出てくる。幼稚園児のおままごと的な遊戯だろうか、名前を聞くだけでアホらしく、更に恥ずかしくなってくる。

「どんな遊びでどう遊ぶんだ」

「まず婚姻届をもらって、私と悠くんがそれに署名、そしてめでたく結婚する遊び」

 それは結婚といって、遊戯の範疇ではない。そもそも署名できるのは悠斗とエリカの2人限定なのか、それともここでは例えとして2人を挙げたのか。


「それは遊びじゃなくなるから却下な。他には」

「麻雀」

 突然種類が変化する。


「それ2人じゃできない。他」

「スピード」

 どうして突然まともな遊びになるのだろう。

「トランプを早く置いて先に持ち札がなくなったら勝ちってやつか。それならまぁ」

「いや、誰が一番早くリンゴの皮を向けるか競うゲーム」

 まともでなかった。

 何故それにスピードと言う名を与えたのか。確かにスピードを競うのかもしれないが……。

「それは料理?であってゲームではない」

 麻雀のみが現実的な娯楽だが、できないものは仕方ない。

「何も無いならもういいか」

 そう切り上げようとした時――


 ピーン……………………………………ポーン。


 という音がした。

 7秒ほどの空白時間があったことから、その間インターホンを押し続けたことになる。人の家でショーもない遊びをしてくれたものだ。

 もしピンポンダッシュだったら絶対に許さない。


「…………はーい」

 呆れつつも警戒しながら戸を開ける。


「すみません、神本さんのお宅ですか?」


 玄関前にいたのはまたも美少女であった。


「……あっ、えっと……はい」


 言葉を失っていた悠斗が戸惑いながら応える。前日のうちにエリカという外見的には完璧である人と会った上に、更に目の前の少女がまた可愛くあるのだ。動揺するに決まっている。


 目前の少女の良さの局所を探すと1つでは足りない。

 髪は青より薄く空色よりも濃い鮮やかな色合いをしている。背は低く、1つ2つ年下に見える。物静かな雰囲気を持っておりエリカとは対称の位置に置かれそうである。顔立ちも当然の権利のように整っており、口や鼻も小さく愛らしい。


 しかし1つだけ腑に落ちない点がある。人の外見をどうこういうのは問題があるが……。

 ともかく1つとして、赤眼である。赤い目をした人は世界を探せば多いと思える。しかし、眼前の少女にはその眼が非常にミスマッチに思えてならない。悠斗個人の感覚としては蒼から紫にかけた何処かの辺りの方が妥当に思える。

 2度めになるが生まれ持った容姿に文句はよくない。


「で、えっと……何か?」

 数秒相手が口を開かないので悠斗から切り出すことに。

 それでも3秒ほど空気が流れやっと声が出る。

「実は突然な話なのですが、姉を助けて頂きたくて」

 開口一番迷い無く悠斗に申し出る。それとも前の沈黙が迷いだったのか。どちらにせよ確かにそれは唐突だ。


「話長くなるならとりあえず上がってもらっても?」

「はい」

 またも、抵抗、惑いを見せずに承諾し家に上がる。

 リビングまでの廊下、フローリングが軋む。

 少女は招かれるままリビングのテーブルの前で向かい合う形に座る。リビングに待機していたエリカが珍しく気を利かせて湯飲みを一つずつ並べると、彼女も輪に入る。何故か青髪の少女はソファーに座らず机とソファーの間にはまって正座していた。

「えっと、さっきの話の前に名前は……?」

 少し躊躇したが、先までの態度から恐らくあっさり応えるだろう。


「………………………………セラスティン・ノアです」

 恐怖の沈黙が訪れたのは何故だろう。

 5秒の間で悠斗は額に少し汗を浮かべた。

「ノアさん?ちゃん?……はお姉さんがいるのか?」

「はい、それで実は密輸組織に拘束されてしまって……」

 密輸組織。人が密輸組織に囚われる理由は――


「人身売買」

「そうです。それで神本さんの力を借りたく来た次第です」


 訳がわからない。何故そこで俺が出るのかと。


「えっと……何でそこで俺が出てくるんだ?」

「前から名前は知っていましたし、即戦力になると思いまして。それで選びました」

 いつ名前を知ったのだろう。そもそも戦力とは。この子も純系日本人には見えないため、異世界人だと推測できるが……。


「まぁ、人探しを手伝うのはいいが……俺は何もできないぞ。それでいいなら」

「ありがとうございます」


 ……もう話が片付いてしまった。


「まぁ、悠くんもいい経験になるんじゃない?」

 暫く喋っていなかったエリカが喜ばしく笑う。

 何の経験になるというのか。

 それよりも、ノアという少女は無性に気になる。出会ってから数分だが、感情の変化というものが全く見えない。喜怒哀楽のどれという表情も顔に映してくれない。

 心情の変化が顔に出にくいのだろうか。


「能力を上手く使えるように実戦経験はあった方がいいと思うよ」

 そう言う意味で役立つということか。

「まあそれはいいが、どうやって組織の場所へと乗り込むんだ? 俺らは知らないぞ」

 そもそもアジトが異世界にあるとしたら悠斗には分かるはずがない。

「それは大丈夫です。一度下見として見てきました。行き方は私の能力を使います」

 やはりノアも能力者であった。

「私は瞬間移動の能力を持っています。自身と触れた人を、記憶に残る自由な場所へテレポートさせることが可能です」

 それならば話は早い。3人でお手手繋いで飛べばいい。

「では早速よろしいですか。時間が惜しくて」

 立ち上がりノアは座る悠斗を見下ろす。赤い眼が少し怖い。

「ああ、まあ、人助けなら早い方がいいし。能力の使い方は昨日のエリカの1分授業で覚えたし」

 能力の使い方というものが余りにも単純明快すぎて逆に困惑したほどだ。

「エリカも来てくれよ。俺だけは怖い」

「もう、1人が怖いなんて可愛いね〜。どこまでも一緒に付き合ったげる」

「助かるよ」

 昨日のように求愛を受け、それを軽く流す。

 全員で玄関入って靴を履くと施錠を確認して頷き合う。

「それでは手を」

 そう言ってノアは悠斗の手を取る。手も背や顔立ちに似たり寄ったりで小さく可愛らしい。少し緊張する。

 更にエリカとノアが手を繋ぎ能力を供給する。

「飛びます」



 直後室内に人の影は存在していなかった。

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