第二話 表裏


「とりあえず私のことは、エリカって呼んでくれたら嬉しいかな〜」


 緊張感の薄れる声でそう言う。

 しけし、何故エリカなのだろう。エリキャスから取ったのは想像に難くないがカは一体何故なにゆえきたのだろう。こんなところに何気ない伏線でもあるのだろうか。


「えっとじゃあ、エリカ……さん……?」

「呼び捨てでい〜よ〜」

 悠斗的には初対面である為、エリカの非常に軽いノリは無性にムズムズする。少し気持ち悪く照れながらも観念したように口を再度開く。

「なら……エリカ……? さっきの3つの質問に対してもう少し詳細を聞かせてくれないか?」


 悠斗はこの状況を受け入れつつある自分を気味悪く思いながら尋ねた。

 何故、悠斗はここまで不審すぎる少女の話に取り合っているのか、不思議で不思議で堪らない。

 しかし、そんなことは考えて分かるものではない。恐らく人間の勘というものに近いだろう。勘には理由がなく気分や本能でおきるものだ。


「えっとね〜、名前はもういいから鍵だね〜。其の鍵は私が7才だったかな〜?……まあ、その時ぐらいに悠くんがくれたもの……かな? エリカって名前もその時悠くんがくれた名前だよ?」


 懐かしむようで楽しそうなその表情は、とても穏やかな顔つきで悠斗に笑みを向けている。天真爛漫、能天気な雰囲気の人かと思ったが、その中には強い信念や知性が有るようにも感じられる。即ち、ただ単にアホの子、と言うわけではない。


「そんな昔に俺は君のような人に出会った覚えはない」

 アニメや漫画などの定番である記憶喪失、というわけではないはずだ。悠斗の記憶には一片の隙間なく過去の出来事が詰め込まれている。その記憶のどの片鱗にも目の前の少女の姿形や面影は浮上してこない。

 とは言え、本当に記憶喪失ならそんなことを考えても何も出てくるはずないが。


「そうだろうね〜。でも、これ以上はいえないかな〜」

 エリカは、未来の自分の姿を想像し、口元が歪む。


 意味不明だ。

 コレで納得しろは流石に無理がある。

 しかし、彼女に話す意思がなければどうしようもない。


「あとひとつ質問を加えたい。能力ってなんだ」

 人差し指を立てて悠斗は付け足す。

 悠斗に近づいた際、エリカが絶句の音の中に含んだ一言には、確かにその単語が含まれていた。スルーを決め込むつもりだったが、おそらく自身と関係がある故、誘われるものには誘われるべきだと判断した。


「うんうん、さすが悠くんそれも聞こえてたよね。私は異世界人で固有の能力を持ってるの。そして、悠くんにもそれは備わっているよ」


 こうして質問は無限の階段を上り続けるのだろうか。

 異世界という単語は捨てられない。更には、能力というものが自分にも宿っている。そう聞かされ、荒ずとも平常ではいられない。

 だが、悠斗はとにかく平常を装い、一見冷静に見える表情で流すように話を聞く。


「まあ異世界の方は今は気にしないでいいよ。大事なのは能力かな。えっと…………あったあった。これあげる! 能力使用を補助するベルトだよ。悠くんの能力は肉体強化と蘇生回復だよ」


 気にするなと言われても異世界を気にしないなど不可能だ。だが、まずは目先のものに惹かれてみる。


 そして、手渡される一般的に見えるベルト。バッグも持たず一体どこから取り出したのだろうか。これがいわゆる魔法という不思議パワーなのか。なんの変哲もなく、これ1つで能力とやらが使えるようになるなら面白いと思いつつ、装着する。


「これで何が起きると? どう変化するんだ?」

 エリカはポケットをまさぐり、掌で包めぬほどの岩石を取り出す。

「なぁに、初歩的なことだよワトソンくん」

 誰がワトソンだ。そもそも一般市民にとっては全く初歩的でない。


「手に力込めて見て。魔力を貯めるように」

「なんだその厨二感溢れる言い方は……こうか、うおっ! マジか」

 ガチャッという粉砕音とともに砕けた粉がフローリングに散る。床の汚れは後でエリカに掃除させることを決め自分の起こした非現実な現実と向き合う。


「今の感覚で身体のあらゆる部位を強化する能力が悠くんの能力だよ〜。もう1つは回復だから、怪我した時に今みたいに力を込めれば多分できるよ〜」

 多分とはなんとも曖昧である。

「英語で言うとambiguousだね」

「心読まんでいい…………それがお前の能力か?」

 不意にそんな感覚が悠斗を襲う。これもまた直感というべき人間の本能だ。


「……?……いや、私はもっと別のすごいやつ」


 もっと語彙を増やしてもいいと思うが……。そもそも自身のことを凄いという自画自賛を平然と言ってのけるというのもまた変わっている。


「……」


 ここで悠斗は、ハッとする。その理由は、相対する少女、エリカと分け隔てなく、まるで、友人のような、若しくは更に高級の、そう、親友のような、会話の流れ方に対してだ。

 人と話すことに喜びを感じ始めている。

 いけない。

 自分は、人と関わるべきではないのに。


 それなのに……それなのに……楽しくて、嬉しくて。


「どうやら能力、異世界そして私が悠くん大好きって事は納得したみたいでよかったよ〜」

 僅かな静寂に割って入ったエリカはにこやかに悠斗に歩み寄る。

 彼女は軽くひらひらと手を揺らし、ついでに頭の上の癖毛もゆらゆらと揺らす。


「そうだな、最後の以外理解した。アニメや漫画でよく、唐突に出てきた人と仲良くしたりしてて、繋がりもなく訳分かんねぇ、とか思ってたけど…………こういう心情なんだろうな」


 悠斗は妙な感覚を覚え、なんとか自分の思いを表現しようとするが、とても難しい。しかし、自分でも分からない感情に戸惑いつつもエリカの目を真っ直ぐ見て答えた。

 今、この瞬間、まるで何者かによって感情を動かされたように、複雑なのに、純粋な心で。


「それは同意だよね! いいってことだよね! それでは遠慮なく――」

「待て。最後の以外っつったろ。アレはどういうことだ」


 飛び掛かってくるエリカの額を平手で受け止める。

 頬を掻き、視線を逸らしながら尋ねる。

 愛の言葉を口にするエリカよりも、その言葉を受ける悠斗の方が緊張していて実に面白い状況だった。


「どうって、そのままの意で好きってことだけど」

「……いつから」

「10年前」

 ――? 10年、前? 本当に、全く、一寸も、一ミリも、果てには一マイクロも、やはり記憶にない。一体エリカの10年前に俺はどんな影響と厄災を与えて来たわけだと、自身に愚痴を零す悠斗。

「ま、まあ、この話はいいや。重要なこと聞いてなかったな」

 悠斗は露骨に視線と話を逸らす。話しても分からない、この場合は意味ないこと、を話していても拉致が開かない。

 そして、話していたら恥ずかしい。


「何しにここへ来たんだ?」

 最重要事項をやっとの思いで質問へと変換する。

 ここに来た理由をまだ聞いていなかった。


「へ? 移住だけど?」

「は?」

 堂々と言い放った内容に、流石の悠斗も素っ頓狂な声が漏れる。


「悠くんがおいでって言ったじゃん」


 ここで再び過去の話が浮上する。この話はいつか放っておけない事態に発展すると、悠斗は容易に予期できた。

 しかしながらも、その事象を無視し、目の前の問題に焦点を向けて無関係を装う。


「本当だよ〜。鍵を渡す時にこっちにおいでって言ったよ」

 確かにさっきも悠斗が鍵を託した、なんて御託を並べていた。

 10年前に自身が起こした所業が分からぬ故、悠斗には承諾の道を選ぶ他ない。言い換えるなら、エリカの提示した事実を信ずる他ないということだ。

 それに、鍵を渡している時点で家に招待する気満々なことは理解できる。


「分かったよ。でも鬱陶しかったりしたら投げ出すからな」

 勿論、口先だけで女子に容易く手は出さないが。

「もう、私の愛が鬱陶しいなんてあり得ないでしょ〜」

「よし、投げ飛ばそう――」

「あぁん、なんで、待ってよ〜」


 エリカが悠斗の脅しに泣きつく。

 しかし、やはり投げ飛ばすことなどできるはずもない。

 ふと部屋の隅を見ると荷物が積んであった。

 どうやら本気で居候するらしい。


「まあ……もし俺がエリカを呼んだのなら、俺にも管理の責任があるしな。好きにしなよ」

 妥協点もクソもない。

 知らぬ自分の知らぬ約束を何故悠斗が果たさなければならないのか、少し気分が悪いが仕方がない。

 ここまで準備されていてはすぐさま退居なんてさせられない。

「ふっふーん。これでひとつ屋根の下で愛と子供を育めるね。では早速――」

「喧しいわ! やっぱり投げ出してやろうか⁉︎」

 ドスの利いた声で吠える。しかし、エリカはヘラヘラしている。

「あはは、冗談だって。かわいいね〜」

 とても冗談の分かりにくい人であった。

 どこが可愛いのか悠斗にはわからずジト目でエリカを睨んだ。


「何より。――――宜しくね、悠くん」

 左手を差し出してくる。左利きなのだろうか。悠斗はエリカに合わせて左手を出す。

「――ああ、宜しくな、エリカ」


 ここに2人の始まりの何かを結んだ。幸福であれることを願って、2人で。




         *****




 2人の何かが結ばれたことを盗聴する者がいた。

「姫さん、やりました。2人は無事に繋がりました」

 そう切り出す男。向かう相手は電話の先。

『そう、ありがとうな〜。お二人さんの健闘のおかげやね。『感情操作』と『千里器官』は中々おらんし、2人は特殊なコンビやからね。まあそれはええわ、ことが済んだら早よ帰っといで〜。待っとるで〜』

「はい、姫さんの好きなお土産をお持ちします」

『そら楽しみやね、ほな』

「はい」

 通話が切れる。

「なーなー、ホントにあの2人が重要なのかー? ミスってたりしねー?」

「おいパーシー、クリス様の占いはほぼ必中なんだぞ、そんな失礼なこと言うなよ…………まぁ、正直俺も今のあの2人には何も感じないけどな」

「やっぱ、リュウもそうかぁ。まぁいっかぁ」

 2人組は悠斗の家から遠く離れた地で意見を言い合っていた。


 クリスの予言――


 それは、数年前に預言者であるクリスによって予言された世界の大変貌。

 その渦中にいたのが神本悠斗。


 世界が変わる、大戦争のその日までに、誰もが自身の利益のために行動をする。

 この組織も、そのうちの一つに過ぎないが、悠斗とエリカを結んだという意味では、影ながら功労者であると言えるだろう。


「と言うかパーシーお前遊び過ぎだぞ。あの兄ちゃんの感情ぐちゃぐちゃにしてコロコロ入れ替えて……ないと思うがバレたら困るだろ」

「あはははは、やっぱ分かってたかー、ゴメンなちょっと楽しかったんだー」

 ヘラヘラする相方にため息をつき帰宅を促す。

「まあいい、とにかく帰るぞ、姫さんも待ってるし次の指示を仰がねぇと」

「あぁ、そうだなー」

 夕暮れを、2人の青年と少年が駆け抜けていく光景は、なんとも…………。


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