第40話 祐樹の成長

「遅くなった。」


勇者と放課後会う約束をしてしまったが、なんとか逃げることができ、祐樹の元へ向かった。祐樹はさっきまでと同じ場所で勇者の次の人のバトルを見ていた。


「もう少し早ければ勇者のバトルが観れたのに、勿体無いな。」


「勇者のバトルか。どうだった?」


「凄かったよ。俺には何年かかってもできないようなことをしていた。」


祐樹の表情は何処か暗いそんな感じがし、焦りが感じられた気がした。


何年経っても辿り着けない場所。それを見せられたらそう思ってしまうのも仕方ないのか。


「そうか。まあ、俺たちは勇者にならなければいけないわけじゃない。俺たちのできることを少しずつ増やして強くなればいいんだよ。」


なんとなく励ますようなことを言ったが祐樹は頷き、


「そうだな。俺は勇者になりたいわけではない。自分なりに強くなればいいよな。」


といつも通りの表情に戻っていく。


「それと、これ祐樹の分。」


そう言ってさっき買った水を渡す。


「ありがとな。」


これで気持ちを切り替えてもらえるかな。買っていてよかった。


「まだ、終礼まで時間あるけどこの後どうする?」


「やることないな。」


「なら、バトルシステムをやってみるのはどうだ? ちゃんと魔法が使えるようになってからはまだやってなかっただろ?」


丁度いいタイミングだ。勇者とは違う自分の実力を知ることで更に成長できるし、この数週間での成長を知ることで少しでも自信を持てるだろう。


しかし、祐樹はやりたくなさそうだった。


「無理にやれとは言わない。嫌々やったところでいい結果なんて残せないからな。」


祐樹は黙り考え込む。決意は固まっていないようだったため少しだけ付け加える。


「まあ、そう深く考えることはないさ。一体も倒せなかった時よりは良くなるし、それに一番下には俺がいる。」


それを聞いた祐樹は一度頷いて刹那の目を見て


「刹那、俺、やるよ。」


そう言った。決意はちゃんと固まったようだった。


「なら、行ってこい。」


祐樹の肩をポンと叩くとそのままバトルシステムに向かって歩いて行く。


一人になった刹那はあまり人の目に触れることのない部屋の隅に移動して祐樹がバトルが始まるのを待つ。勇者のバトルが終わってから、勇者に付いていく人が多く部屋からはどんどん減っていってあまり人はいない。それでも緊張や不安があるのは変わりない。どれだけの力を出せるかは祐樹次第だ。


前の人が終わり、祐樹の番になる。祐樹がバトルシステムの中央に立つ。その姿はやはり緊張でぎこちなく見える。それでも俺との練習の時のように魔力を調整させる。そして、バトルが始まった。


一体目が祐樹の目の前に現れて祐樹は少し焦り魔力の調整が雑になる。


それでも魔法は撃てる状態だ。


邪神から距離を取り、火の玉を放つ。祐樹の放った安定した魔法は邪神に命中したもののまだ倒れることはない。少しだけ後ろに仰け反った邪神に向かって火の玉で追撃をする。連続で放たれた火の玉を避けることができずに吹き飛ばされる。


後は、邪神の回復速度が追いつかないくらいの魔法を撃つだけで勝てるな。


祐樹も同じことを考えたのか、祐樹はトドメを刺そうといつもよりも多い魔力を火の玉に込める。


「不味いな。」


一度に調整しようとする魔力が多ければ多いほど扱うのは難しくなる。


緊張感、そして少し前まで暴走していた量の魔力を込めた火の玉を初めて扱うことなどによる不安によって祐樹は魔法の制御が効かなくなる。


焦ったことが裏目に出てしまったのだ。


制御できなくなった火の玉を放ち、その威力に耐えられなかったのか放った勢いで後ろに飛ばされる。幸い、魔法は目の前に放たれ邪神は炎に包まれ消えていったがそれを見ることはなく倒れた祐樹の近くに新たな邪神が現れ祐樹めがけて飛んで行く。


祐樹はゆっくり立ち上がり周りを確認する。迫り来る邪神にギリギリで気づき回避するが魔法の暴走と突然すぎる邪神の攻撃に動揺していて、冷静な判断はできていない。


「ここまでか。」


刹那がそう呟くと同時に邪神の攻撃を全身で食ってバトルは終わった。刹那は戦闘が終了したのを見て祐樹の元へ歩いていく。バトルシステムの前に着いた時には祐樹はそこにいた。


「おつかれ様。」


祐樹から何も返事は帰ってこない。


「最初の方は悪くなかったぞ。」


自信になればいいと思ったが裏目に出てしまったか。最後が悪かっただけだ。もう少しやればもっと良くなる。


「でも、俺は一体も倒せなかった。」


突然、祐樹から放たれた言葉はそれだった。


その言葉から落ち込んでいる理由があれだけ練習してもまだ一体も倒せないというものであったことに安心する。


「えっと、倒してたぞ。一体。」


祐樹は信じられないようだった。


「慰めなんていらない。」


「今回の成績見てないのか? なら早く見ろよ。」


祐樹は刹那に言われて成績を見る。それを見た祐樹は驚きを隠せていない。


「順位が上がってる。それに討伐数が1だ。」


祐樹はかなり嬉しそうだ。バトルシステム、やって良かった。


「それが祐樹の成長だ。」


後で反省会するとして、祐樹の精神的な面ではもう大丈夫だろう。そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る