分かるよ


 「えっとーカルビとタン塩とハラミとーえっと後はご飯大とー」


 俺が戻った後約束通り四人で焼肉を食べに来た。ちなみに学生に優しい価格の焼肉屋で、それもあってか浩一がバカみたいに頼もうとしていた。


 「どんだけ頼むの浩一!? 食い過ぎはダメに決まってるでしょ!」


 それを制止する紫。まぁ食べ過ぎて一気にコンディション落とすとまずいからもっともな意見だ。


 「るせい! 今日の俺は食うと決めたら食うんだ。宏樹もそうだろ? カルビたらふく食べてぇよなぁ!?」


 「……あ、いや……やめとけ流石に。俺もほどほどにしとくよ」


 そして俺は……監督たちが話していたことがまだ引っかかっていて……あんまり元気じゃなかった。それでもこいつらに情けないところを見せるわけには行かないと思って、なるだけ気丈に振る舞うようにはしてる。


 「ちぇー。ま、しゃーねーか。決勝に勝ったら思っきし食えばいいし。よし、この程度で済ませるか」


 「この程度って……余裕で多いでしょ!」


 「もう頼んじまったからしーらね」


 結局浩一の基準では少ないんだろうけど、結構な量の焼肉を注文していた。それから焼肉がきて、ジュージュー肉を焼き始める。


 「ユキ、これ焼けたよ。あ、紫もこれ。浩一は……もう取ってるし」


 誰かに言われたわけでもなく、俺は来た肉を焼いてみんなに配っていた。なんか、昔から焼肉行くとこうしちゃうんだよな……なんでだろ。


 「ありがとうヒロくん……」


 「サンキュー。宏樹もちゃんと自分の分取りなよ」


 「そうだぞ宏樹。肉を喰らうのは弱肉強食。優しすぎると自分の分の肉がなくなるからな」


 「あんたが宏樹の分も食ってんでしょうが!」


 「え……あ、ほんとだ。すまん宏樹、気づかなかった」


 「お前どんだけ集中して肉食ってんだよ……」


 とまぁ、浩一に俺の分の肉を食われるということもあったが……。


 「こ、これ……あげる、ヒロくん」


 「わ、私も……はいこれ」


 途中ユキと紫が肉を分けてくれたりしたので俺もそれなりに食べることができた。浩一がバカみたいに頼んだからさすがに女子の手に余る量だったってことかな。


 「おい二人とも。俺には分けてくれないのか?」


 「あんたは十分すぎるぐらい食べてるでしょ! はい宏樹、これもあげる」


 「あ、ありがと紫……。紫も食べたい分だけ食べていいんだぞ。俺は気にしなくてもいいから」


 「いーや。宏樹なんか今日一対一で負けたこと気にしてそうだし、肉食って元気になってほしいから。……あ、も、もちろん嫌だったらあたし食べるから……」


 さらっと紫がそんなことを言った。……そっか、紫は俺のことを気にして肉をくれたんだ。なんだか心配かけちゃって申し訳ないな。紫の優しさを受け取るためにも、もらった肉は食べないと。


 ……でも、俺が気にしてるのはそれだけじゃないんだよな……。


 「ありがと紫。じゃあもらうわ」


 「う、うん! どんどん食べて!」


 「俺もどんどん食べるー」


 「浩一は控えろ!」


 それから焼肉をじゃんじゃん食べ続けた。浩一のペースが一向に落ちないなか、俺も結構腹が膨れてもう食べられない状態まできた。てかどんだけ浩一は食べんだよ……。


 「ちょっとトイレ……」


 「オッケー」


 俺は一旦トイレに行く。そこで一息ついて、一旦顔を洗う。……なんか、紫に心配されるぐらいには顔に出てたってことなのかな? まぁ一緒にいる時間も長いし……違和感とか、気づくものなのかもしれない。


 「……」


 俺は濡らした顔をハンカチで拭いて、トイレから出る。


 「……うわぁ!」


 すると、目の前にユキがいた。あ、あれ? 女子トイレはあっちにあるのに……。


 「ご、ごめんね驚かしちゃって。で、でも聞きたいことがあって……。ヒロくん……何かあった?」


 心配そうな顔をして、ユキは俺に問いかける。


 「え? い、いや……紫がさっき言ってた通り、一対一で負けたことが悔しかっただけだよ。ごめんな、ユキにまで心配かけちゃって」


 半分の真実を俺はユキに答えた。これだって間違ってない。ユキに余計な心配をさせたくないし……それに、俺がユキに弱みを見せるのが、嫌だったから。


 だけど。


 「……それだけじゃないよね? お財布を取りに戻ったとき……ヒロくん、誰かに、傷つくことを言われたんじゃ…ないかな? ミスを気にしてるだけなら……ヒロくん、そんなに落ち込まないはずだもん」


 ユキは、わかっていた。俺が落ち込んでいることも、その原因が一対一だけじゃないってことも。


 「ど、どうして……」


 「……分かるよ。だって私は……ずっとヒロくんと……一緒にいたから」


 天使のように穏やかな微笑みを向けて、俺にそう言ってくれるユキは……いつもにも増して俺を癒してくれた。


 「だから……私にできることがあれば…………なんでも言ってね」


 そして、ユキは俺の傷ついた心を包み込むようなことを言って。俺は……その優しさに飛び込んでしまいそうになる。でも……俺は……。


 「……ありがと、ユキ。でも大丈夫だから、次の決勝で勝つからさ」


 そうしなかった。強がって、誤魔化してでも……ユキに弱みを見せたくなかったから。カッコつけたいから? 多分そうだ。好きっていう思いを断ち切ったとはいえ、やっぱり好きだった人に……弱いところなんて、見られたくないから。


 「……じゃあヒロくん……ちょっとだけ、かがんでほしいな」


 「? …………!?」


 かがんだ俺のおでこに、ユキはキスをしてきた。おでこにキスされるのは初めてで……なんだか、いつも唇を重ねていたから少し違和感を感じてしまう。


 「二人にバレちゃダメだから……今日の分のキスは……これぐらいにするね。じゃあ……私、トイレに行くから」


 「あ、ああ。じゃあ」


 ユキはキスをした後、恥ずかしそうな表情をしながら俺にそう言って、トイレに入っていった。


 ……。


 体が何かを渇望していた。多分、あれだと思う。だけど……これはただの約束ごとで、それ以上の意味なんてないから……。だから俺はその思いも無視して、席に戻った。


 ――――――――――――


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