貴女のこと、見ていないから


 宏樹がトイレに行ったあと、あたしと鮎川さん、そして浜地さんの三人だけになった。……元々、宏樹をこの席から外すってのは鮎川さんの計画通り。あのパフェを全部一人で食べたのは……想定外だったけど。


 ……一緒に、食べたかったな。


 「ひ、ヒロくん大丈夫かな……」


 「あれ全部食べたからねー……。でもなんだかんだ大丈夫なんじゃない。それでさ、浜地さん。あたしね、浜地さんに聞きたいことがあるの」


 「え……?」


 質問なんてされると思ってなかったんだろう。浜地さんはきょとんとした顔を見せる。……その顔は、とても可愛くて。ああ、憎い。心の底から憎いから、これからすることに……罪悪感なんて、感じられなかった。


 「浜地さん、ほんとは宏樹と付き合ってるんでしょ?」


 これを浜地さんに言った時、あたしはきっと性根の腐った悪い顔をしていたんだろう。


 「え……ど、どうして……?」


 「えーだって、宏樹と喋ってる時いつも楽しそうだし、この前は一緒に登校してたし……それに最近、よく一緒に帰ってるみたいじゃん。ね、鮎川さん」


 最近、宏樹があたしたちと帰らずにいたから……ついこの前あとをつけてみてみたら……その光景をみてしまったから。きっとキスをするに違いない、そう思って……それを見たくなかったから、最後までついていくことはしなかったけど。


 「ええ。私も梅崎先輩と浜地先輩がご一緒に帰っているところを一回みました」


 「そ、それは……家が近所だから……たまたま……帰ってるだけで……」


 もっともな言い訳。あたしがキスのことを知らなければ、それを信じていたかもしれない。だけど……。


 「えー。ならわざわざ待つ必要とはないじゃん。ほんとは一緒に帰って……キスとか、してるんじゃないの?」


 あたしは知ってるから。直接知ってることを言わず、追い詰める形で浜地さんに追求するなんて……自分がやられたら、相当嫌だろうな。ほんと、自分でもここまで性格が腐ってたなんて……知らなかったなぁ。


 きっとそうなっちゃったのも、宏樹が絡んでいるから。自分がここまで宏樹に執着してたことも……知らなかった。


 「……してないよ。私、ヒロくんとは……付き合ってないから」


 それでも浜地さんは否定してくる。宏樹を守るため? それとも自分を守るため? ……どのみち、このままほんとのことを言ってくれるようには見えない。さえあれば……もっと奥まで追求できるのに。


 「私なんかじゃ……ヒロくんに釣り合わないもん」


 「いやいやーそんなことないでしょ」


 「ううん。……だって私、林原さんとヒロくんこそ……お似合いだと思ってるから」


 「…………は?」


 何それ? 宏樹とあんなキスしてるくせに、あたしと宏樹がお似合いだって言うの? 心の中で、怒りが今すぐにでも破裂しそうになる。だけど……こらえないといけない。ここで怒ったって、ただ鬱憤を発散するだけになってしまうから。


 「林原さん、とっても明るくて……人当たりもよくて……私なんかとは、比べ物にならないぐらいいい人で……」


 浜地さんは、ひたすら私を褒め出した。嘘を並べているだけかと思ったけど……不思議と、その言葉に薄っぺらさは感じられなくて。本当に、あたしのことを褒めてくれているようだった。


 「そ、それにね……今日初めて会ったけど、鮎川さんも……とってもしっかりしてて……美人さんで、私なんかとは比べものにならないぐらい、すごい人だと思うよ」


 「……どうも」


 あたしだけでなく、今日あった鮎川さんも褒め出した。いったいこれって……なんなの? 笑顔で褒めてくれて、気分は悪くないけど……同時に、底知れない不気味さがあって……。


 「だからね。二人のどっちかがヒロくんと付き合ってくれたら……きっとヒロくん、すごく幸せになると思うの。私じゃ……ヒロくんを幸せにするなんて、無理だから」


 あたしたちをあげて、自身を下げた。……多分これ、謙遜とかじゃなくて本当に思ってるのかも。だったら尚更……なんであんなキスをしてるの? ああ、憎い。憎くて……憎悪の炎が、またメラメラと燃え上がって……怒りが吹き出しそうになる。


 だけど。


 「でもね。ヒロくんは……二人のこと、見ていないから。だから、幸せには……気づけないのが、残念……」


 申し訳なさそうに、だけどどこか余裕を感じるその一言は、あたしの怒りを破裂させた。でも同時に……その言葉はあたしの喉元をガシッと掴むように、怒りをぶつける言葉を、吐き出させない。


 言われたくなかった。宏樹があたしを見てないことなんて知ってるから、でも認めたくないから。それをこんな直接……しかも、一番言われたくない……宏樹が、一番見ている人に言われるなんて……。


 怒りを通し越して、なんだか絶望を感じた。


 「……私……トイレ行ってくるね」


 言い逃げるように、浜地さんはトイレに行った。今のあたしには、止める気力なんてなくて……。鮎川さんは、何か考え事をしてて……。


 陥れるつもりが結局、自分がバカみただけじゃん。


 ――――――――――――


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