知らない方がいいこと
「え、紫ここでも勉強してるの? 偉すぎじゃね」
「あのね……テスト前日なんだから当然でしょ。むしろ浩一こそすべきじゃない?」
テスト前日の火曜日。屋上でお昼ご飯を食べている中、紫は教科書を持ってきて勉強していた。昼ごはんもちゃちゃっと済ませていたし、俺らとは勉強の本気度が違う。
「いやいや、なんとかなるから俺は」
「どこからそんな自信があるんだか……」
「でも紫こそここまで勉強しなくてもいい成績取れるんじゃないか?」
「そ、そうだよ……。林原さん、すごく頭がいいし……」
「……ま、かもね。でもまぁ……なんか、あたしも頑張りたいからさ」
「へぇ。なら俺は応援しないとな。頑張ってる紫偉いと思うし」
「!? ひ、宏樹はあたしのことよりも自分の勉強をした方がいいよ! 浩一みたいに赤点取る羽目になったら嫌でしょ!」
「俺は取る前提なのかよ!」
とまぁ、こんなやりとりをしながら昼休みは過ぎていって。それからいつも通り授業を受けて、放課後が来て……。
「んんっ……れろれろっ……ちゅ、ちゅ、ちゅ……ヒロくん……んむっ……」
いつも通り、俺とユキはキスをした。日曜日のあの日から、俺たちの関係は変わっていない。ユキが俺のことを好きだとわかっても、ユキが俺と付き合うことを嫌だと言っているから……約束を果たすだけの関係に収まってる。
「……んんっ……ヒロくん……好き……大好き……ちゅ、ちゅ、んんっ……」
これだけ近くで好きと言ってくれるのに。どうして恋人になることはできないんだ。一体どうすれば俺は……なんて考えても、答えなんてユキしか知らない。そして、そのユキは答えてくれる気配がない。
「……ちゅ、ちゅぅ……ヒロくん……もっと……気持ちよく……なって……れろれろっ……んむっ……んんっ」
だから俺は、この関係を受け入れて一緒にいるしかなかった。だけど……この関係に、慣れすぎてしまったのかな。音も気にせずに、キスに夢中になってしまったから……。
この光景を、紫に見られてしまったことを……俺たちはまだ知らない。
★★★
「……あ、しまった。屋上に教科書置いてきた」
部活に行く前、私、「林原紫」はカバンの整理をしていると昼休みに持っていった教科書を置いてきてしまったことに気づく。流石にテスト前日だから夜に勉強したいし、取りに行くことにした。
(……にしても、宏樹ってほんとさらっと褒めてくるよね……)
今日昼休みに宏樹に頑張ってて偉いと言われて嬉しくなったことを、ふと思い返す。あいつはああいうお人好しな性格だから……別にそれ以上の意味はないんだろうけど、それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。
思えば、そんなところが好きなんだ。高校に初めて来た時、同じクラスで結構緊張してたあたしに初めて声をかけてくれたのも宏樹だったし……部活に迷ってた時にマネージャーに誘ってくれたのも宏樹。
なんか……あたしの高校生活、宏樹がいなかったらどうなってたんだろうってぐらい依存してるかも。
だから宏樹にもっといいとこ見せたくて勉強頑張ってるなんて……言えないや。宏樹は部活ですごく頑張ってるから、あたしもそれに負けないぐらい頑張れば……いつか思いが結ばれるのかも、なんて思っちゃうし。
(ってあたしは何を考えてるんだ! 宏樹に告白しないと何も始まらないってのに…………!!!?)
屋上に行く階段を上がっていく最中、あたしは思わず身を隠してしまった。だ、だって……だって……。
「んんっ……ヒロくん……ちゅ、ちゅ……大好き……んんっ……れろれろっ……んむっ……」
宏樹と浜地さん、その二人がキスしているところを見てしまったから。
「ちゅ……んむっ……もっと……気持ちよく……なって……んんっ、ちゅ、んむっ……」
音だけ聞いていても……そのキスは、激しくて。浜地さんから……キスしてる……の? で、でも宏樹は中学の頃に振られたって言ってたのに……実は、付き合ってたってこと……? で、でもそれなら……宏樹なら……ちゃんと言ってくれると思うし……。
「んんっ……んむっ……ヒロくん……ちゅ、ちゅ……んむっ……んんっ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅ」
な、なんで……なんでなんでなんでなんで…………。あたし、宏樹のために浜地さんと仲良くなろうとしたのに……宏樹が喜んでくれると思ったから、話しかけたのに……。でも、でも……
宏樹は今、浜地さんとキスしてる。
無駄な努力だったってこと? 結局、あたしは……宏樹と結ばれることなんて、ありえなかったってこと? ……もう、いやだ。何も考えられない……二人のキスの音が、あたしの心臓をザクザクと刺して……息が、苦しくなる。
「んんっ……ぷはぁ…………。そ、そろそろ……部活の……時間だね……」
「………はぁ……はぁ……う、うん」
「……明日も……よろしくね、ヒロくん」
明日も? ………じゃあ、もうなんども……。そう、だよね。明らかに……初めてのキスには、見えないもん。……あ、に、逃げないと……。
二人に見たことをバレるわけにはいかないと思って、あたしは足音を立てないよう階段を降りて……近くのトイレに入る。その中で……。
「……おえっ」
あたしは吐いた。そして、逃げるように部活をサボった。
――――――――――――
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