じわじわと、動き出す


 「きゃー柳先輩ー! こっち向いてー!」

 「かっこいいですー!」

 「ハットトリック見たかったですー!」


 試合から翌日。今日の朝練が始まる前から浩一の取り巻きが結構いた。どうやらハットトリックを決めたことが広まったらしい。まあ元々浩一は顔は結構良いし、後輩の女子には人気があるからな。実際同級生の姿は一切ないし。


 「いやー後輩に人気すぎて参っちゃうわー。俺、そんなかっこいいかな?」


 「浩一の悪いところを何も知らないからだろ」


 「るせい! 夢ぐらい見させろや! ……あれ、てか今日紫いなくね?」


 「ああ、なんか今日は保健委員の仕事があるらしいから朝練来ないらしいよ」


 「なるほどな。よし、紫がいないなら誰か声かけちゃおっかなー」


 「馬鹿野郎。さっさと練習始めるぞ」

 

 「ちぇ。ヘイヘーイ」


 とまあ、ちょっといつもと違う朝練だったけど、結局することは一緒なので特に問題なく練習は終わった。まあただ、浩一が練習終わった後に後輩たちに声かけてたけど。全く……。


 なので俺は先に部室に行って着替えを済まし、教室に戻ることにしたのだが……。


 「梅崎先輩、おはようございます」


 「あ、鮎川さん。おはよ」


 その途中眼鏡がよく似合い、少し背の高くてスタイルがよく、なおかつ美人な「鮎川江美里(あゆかわえみり)」とあった。彼女は俺が所属している環境美化委員の後輩だ。


 この時期は環境美化委員の仕事として校庭にある花壇の世話とかをしないといけないんだが、部活の朝練があるため俺は参加できていない。だから他の担当をしていた鮎川さんに仕事を代わってもらっている。見た目通り真面目な人だから、今日も花壇の世話をしてくれてたんだろう。


 「ありがとね、助かってるよほんと」


 「いえいえ、これぐらい大したことじゃありません。先輩も部活動お忙しそうですし。それに……試合で活躍したって聞きましたよ」


 「ああ、まあ……結構調子良かったから。まだまだだけどね」


 「ふふっ、先輩は謙虚ですね。今度私も見に行っていいですか? 先輩のかっこいい姿、見てみたいので」


 「もちろん。……で、でもかっこいいかはわかんないよ」


 「いえ、かっこいいですよ。私、たまに先輩の練習してるとこ見てますから」


 「え、そうなの? ごめん……気づかなかった」


 浩一と違って俺はそこまであたりを見渡したりはしないから、本当に気づかなかった。しまったな……もっと早く気づけばお礼とか言えたのに。


 「私が勝手に見てるだけですから、先輩は何も気にすることないですよ。ああそうだ、一つお聞きしたいことがあるのですが」


 「え? なに?」


 鮎川さんから何か質問されることなんかあったけ? 委員会のことも今は鮎川さんの方が詳しいだろうし……。


 「先輩……今彼女いますか?」


 「…………え?」


 その質問は、はるかに想像を上回っていた。え、これは一体……。鮎川さん、いつもクールな表情なのに……今はなんだか、頰が赤い。


 「……い、いないよ」


 俺は事実を言う。変わった約束で結ばれた幼馴染ならいるけど、それは言えることじゃない。……ど、どう言うことなんだこれ、マジで?


 「そう、なんですね。…………いえ、ただ彼女がいるのか気になっただけですよ。最近、学校でとても可愛い同級生の方と一緒にいるのを……見かけたので」


 「あ、ああユキのこと? ユキとは幼馴染なだけで……最近まで不登校だったから、鮎川さんは知らないか」


 「……そうだったんですね。じゃあその人とは付き合ってないんですね?」


 「……う、うん」


 「……なるほど。す、すみません、変なことを聞いてしまって。じゃ、じゃあ私はここで! 試合、頑張ってください!」


 鮎川さんはピューっと風のように俺の側から去っていった。……あれって、脈があるってこと……なのかな。でも浩一じゃないからそう言うことズバズバ聞いたりできないし、それに……。


 今の俺は、ユキとの約束があるから。とても誰かと付き合うことなんて、考えられない。


 「あ、おはよ二人とも」


 教室に行くと、そこにはユキと紫の姿があった。二人とも何か話している様子だったけど、俺が来たことに気づくと二人とも俺の方を向いた。


 「おはよー宏樹」


 「お、おはよう……ヒロくん」


 「二人ともなんの話してたの? 小説の話?」


 「ん…………まあ、大したことじゃない。ちょっと質問してただけ。てか浩一は?」


 「後輩ナンパしてる」


 「あのばか……。あたし止めてくるわ、醜態晒してもらっちゃ困るし」


 そういって紫は浩一のところに向かった。


 「……ひ、ヒロくん……き、昨日は……本当にごめんね」


 紫がいなくなると、ユキは改めて昨日のことを謝った。本当に申し訳なさそうにしていて、本人としてもあれはかなりやらかしたと思っているんだろう。


 「……大丈夫だよ、ユキは謝らなくていい。勢いで言っちゃっただけだろ? 気にしなくていいよ」


 「……ありがとう。本当にヒロくんは……優しいね」


 「そんなことないさ。ユキが幸せになってほしいだけだし」


 「……そう言うところが、本当に優しいね」


 ニコッとユキは笑って俺を褒めてくれた。俺はそうやって笑うユキが良いなと思う。


 それから浩一たちが戻ってきて、いつも通りの雰囲気がやってくる。そして退屈で眠い授業を受けて……いつもの昼休みがやってきた。


 「やっぱ飯がうまい! いくらでも食えるな」


 「いつもながらよく食うな……」


 「す、すごい……ね」


 「浜地さん、尊敬しちゃダメだよ」


 「良いだろ紫! 浜地さん、俺を尊敬してくれ!」


 「……そ、尊敬は……できない、かな」


 「ええ!?」


 四人で楽しく屋上でご飯を食べて、笑いあったりして……変わらない日常。だけど……今日は一つだけ、違ったことがあった。


 (……あれ?)


 昼ごはんを食べて帰るとき、今日はユキが俺を引き止めてキスしようと言わなかった。紫たちと一緒に教室に戻っていったのだ。そう何度もしたらまずいって思ったのか? と考えていたら。


 「……ごめんねヒロくん、今日は…………放課後、部活の前に……しても良い?」


 ユキが、俺の耳元でそういった。何かあったのか? ……でも、俺は約束を守る必要があるから。それに部活の前だって時間はある。


 「……わかった」


 だから俺はそれを承諾した。それから…………。


 「んんっ……ちゅぅ……れろ、れろ……んんっ、ちゅ、ちゅ」


 俺たちは放課後、部活が始まる前に……人気のない屋上のドア付近で隠れながら……今日のキスをした。


 「……はむっ……んっ……ご、ごめんね……ちゅっ……忙しい…………んんっ…………のに」


 「……はぁ……はぁ……気にしなくて……いいよ。でも……どうして?」


 「……じ、実は……ね……ちゅっ…ちゅっ……朝、林原さんに…………んんっ、質問……されたの…………ちゅっ……授業……サボった日……んんっ……来訪記録……書いてないって……んんっ」


 ……そうか。紫は保健委員だから……来訪記録を見る機会があったのか。だからそれが気になって質問したってことか。となると……ユキが今日放課後にしたいっていったのは、紫にこれ以上疑いを持たせたくなかったから、といったところだな。この時間なら、部活に時間通りに行きさえすれば問題ないし。


 ……だけど、やらかしたな。俺があの時ちゃんとこれ以上しないって断れば……。


 「ご、ごめんね……ちゅっ、んんっ……れろれろっ……ちゃ、ちゃんと久しぶりの保健室で分からなかったって……誤魔化したけど……ちゅぅ、ちゅ……あのまま……昼休みにしてたら……んんっ、んんっ……バレちゃうかと思って……」


 「……なら、今日から毎日ここで……すれば……いいよ。約束……だから、毎日……するのは」


 別に、キスをしたいわけじゃない。俺は……ユキとの約束を守る必要があるだけだから。だから……キスができないと、困るだけだから……。


 「ちゅ……う、うん……。ありがとう……ヒロくん…………ちゅ、ちゅぅ……れろれろ…………ちゅ……んんっ、んんっ……んむっ……」


 それから、俺らは部活が始まる直前まで……キスを、し続けた。


  ――――――――――――


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